エピローグ
EP-A「エピローグ」
──七月も終わり、八月になって幾日か過ぎた。室外の日差しがきつい。
今は自室で机の前に座り、白紙と睨めっこしているところだ。
あれから──
無人島から帰ってきて皆で一緒に朝食を摂った後、ジュリアスとの付き合いは
それっきりだ。以後、縁があるかは分からない。
個人としては別に嫌っている訳ではないが、あちらとしては相互不干渉の方が
都合が良いそうだ。
奴が言うからには、そうなんだろう。向こうにとっても、こちらにとっても。
逆にルー=スゥとは以前も以後も関係は変わらない。
大体、一日の何処かで顔を合わせるが何をしているかは相変わらず不明である。
もっとも、こちらも特に気にしない。それもいつも通りだ。
(……いつも通り、か)
ルー=スゥと……いや、クル=スと昔に交わした契約を思い出す。
それは「神の名に於いて死後の安寧な日々を約束する」──という、文言にすれば
極めて単純なものだった。
その契約に事後承諾という形だがアリスワードは了承し、自分もまた特に不利益も
ないと判断して承諾した。
──死後の安寧な日々、とは何か?
我々三人は生まれ変わり、神々の目を欺き、平和で平穏で何の心配もない
人生を送れる事をクル=スは自身の名に懸けて誓った。
生前の環境、人に監視されながらの軟禁生活が神の
自分にとってはそれだけだ。何の変化もない。
そこに何の問題があろう。三人の中で反発したのはジュリアスだけだった。
もっとも、それは最初から想定していたからこそアリスワードと同様に……
──いや。そうではなかった。奴の性格上、契約に合意するなど有り得ない。
だから急襲してジュリアスの命を奪い、それを以って強制させる算段だったか。
"絶対昇華"で脅して奴の注意を引いた後、隙を見てクル=スが命を奪う──
そんな作戦だった。
誤算だったのは売られた喧嘩は必ず買う、敵に背中を見せる筈のないあの
尻尾を巻いて逃げるとは予想出来なかった事か。
自らの死を恐れるような臆病者でもあるまいし、ジュリアスは必ず向こう見ずな
選択を選んでつまらない意地を張るだろう──だが、そこに罠を張っていた我々を
知ってか知らずか、奴は振り切って逃げる事に成功した。
そして……見事に逆襲されて現在に至る、か。
──しかし、結果的にはこれで良かったのかもしれない。
少なくとも自分は現状には満足している。クル=スは……いや、ルー=スゥは
よくやってくれている。
波乱万丈な人生に憧れる者もいるが、自分は結構だ。例え変化に乏しくとも、
平和なのが一番いい──と、変化といえば直近で一つだけあった。
ジュリアスとのあの勝負以来、一匹の猫が偶に屋敷の何処かに入り込んだり
するようになったのだ。
なんでも都度、体を借りるのはしのびなく、ガイアスに頼んで新しく体を
用意して貰ったらしい。……同じ柄の、猫の体を。
ただ、そこそこの頻度で来客こそあるものの挨拶は積極的にしてくれないので、
出会うには自力で見つけ出さなければならない。過去にはこちらを眺めるだけで
帰ってしまう事もあったのだとか。
なんというか……そこまで猫の生態に近付かなくてもいいのに、と思う。
「……ふぅ」
机に向かってのいつもの作業は完全に煮詰まったので、今日はもう潔く諦めて
ベッドに寝転がる事にする。
……外は真夏の太陽が照り付けて相当な熱気だが、室内は至って快適である。
ジュリアスからの置き土産なのだが、この冷風の魔法はこの季節には重宝
している。冷房石も部屋にはあるが、これも修練の一環だ。
「あいつはこういう何気ない魔法も簡単に創作出来るんだよな……」
自分には魔法使いとしての想像力がまだまだ足りないと思い知らされる。
いや、想像力だけではない。あの時に指摘されたように洞察力もまだまだ
未熟だ。見習いから脱却するにはもっと経験を積む必要があるだろう。
今はまだ……だが、そのうち自習も頭打ちになる気がする。実習か……
中期的な展望として、必要になるか。
ジュリアスとの勝負なくば、これに気付くのも少し遅れていたかもしれない。
「しかし、あいつはどうするんだろうな。これから……」
自分には魔法がある。だが、ジュリアスにはなんというか、そのような
生き甲斐はあるのだろうか……?
そもそも、あいつは俺を抹殺する為にこの世へ呼び戻された。だが、そんな
神々の思惑を拒否して好き勝手に生きるつもりだと奴は言う。
何の目的もなく無軌道に生きるというのか。それでは前世の繰り返しでは
ないか。本当にそれでいいのか……?
頭が悪いと自嘲するが、それは何の免責にもならない。
……ジュリアス、お前は何を考えている?
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