7-10『意志のエーテル、想念のマナ』

 再び"絶対昇華"を間近で体感してしまったジュリアス。余裕を繕う笑みは

若干っていた。


「ん、ああ。そうだな……」


 ドーガに言葉では同意しながらも今一度、消された火球の行方を目で追っている。


「……どうかしたか?」

「いや……やっぱりすげぇな、"絶対昇華"ってやつはよ」


「あれはただの八つ当たりだ。すごいとか、そんなんじゃない」

「……そうかね?」


「やぁ、お疲れ。二人とも。……気は済んだかい?」


 そう声をかけてきたのはルー=スゥだ。彼女の後ろにはガイアス達もいる。


「ああ、終わったよ。俺の負けだ。今日のところはな」


『……ふむ。円満に終了したようで何よりだ。私が何もせず終わるのが

一番だからね』


「その通り。ただ、最後のなんかは見ていて少し危うかったけどね」

「……あのくらい、ジュリアスなら平気だろう」


「ま、少し悪影響を受けてるきらいはあったかな。本人に自覚はないようだが」


 ジュリアスも会話に入ってきて、指摘する。


「そうか……?」


「強い魔術、魔法ってのは良くも悪くも精神に作用し、左右されるもんだからな。

だから、修練を重ねて制御出来るように心掛ける。平時でも非常時でも平常心で

使えるようにな。呪文に踊らされるようじゃ半人前もいいとこだ。お前がそうだ、

と言う訳じゃないけどよ」


「む……」


 そう言われれば思い当たる節はあったかもしれない。ドーガは口ごもる。


「ところで、ジュリアス。このままでは有耶無耶うやむやになってしまいそうだから

聞くけど、設問の答え。ドーガのやり方が正しい解ではないだろう?」


「うん? ま、確かに俺の想定していたのとは違っていたけど結果的に脱出

出来たならそれでいいじゃねぇか。あれもまた正しい解だよ」


「それはそれ、これはこれさ。それじゃボクが納得出来ない。すっきりしない

じゃないか」


「……他にやりようがあったと言うなら、俺も後学に知りたいところだ」


 ドーガもルー=スゥに同調する。ジュリアスは一つ嘆息をついた。


「別に大した事でもないんだけどな……まず、あの時に俺が色々と雑談したのは

覚えてるか? 大半は特に関係のない話だが一部に助言というか、それに類する

ものが含まれている」


「ああ、非戦の空間がどうとか……」

「そこは関係ねぇな。ただの雑談だ」


「そうなのか……」


 ……どうも、ドーガは物語性のある部分に興味をそそられると気もになってしまうらしい。当人はまだ、その習性に気付いていないが。


「ま──説明したとは思うが、一応。霧の中では魔力は拡散して吸収されてしまう、

俺はそう説明したよな?」


「言ってたね」

「それは聞いた」


「で、だ……その説明の前に。霧を呼ぶ前だったか、雑談したの覚えてるか? 

連射がどうとかって下りの話だ」


「あぁ……そういえば」

「……そこも助言だった、と?」


「というか、答えを言ってるけどな。使って話だよ」


「あぁ……いや、そんな単純な話だったのかい……?」

「単純な話に決まってるだろ。頭の悪い奴が考えた設問だぞ!?」


「けどね、ジュリアス……大半の魔術師、いや、君のように得手不得手のない

万能な魔術師、魔法使いというのは希少な存在で、世に一握りなんだよ。炎の

ドーガにあの足を使った大地の魔法が真似出来ると思ったのかな……?」


 ルー=スゥが少し困ったような笑みを浮かべて、そう指摘する。


「それに関しては直前に使って見せていた"砂礫噴射サンドバルカン"──あれは精霊魔術だ。

唱えれば使えていた」


「俺は精霊など使役出来ないぞ?」


「現時点で俺も精霊など使役していない。呼び出しているのは今日、審判を務めて

いるそこの神様だ。大魔孔の時もそうであったように。この場のガイアスは決して

贔屓ひいきしない。中立の立場だからな。お前が呼び掛けていれば力を貸してくれたよ」


 ドーガがガイアスを見る。彼女は力強い視線を返して頷いた。


 ──先入観からか、事前の確認を怠ったのが失敗だったというのか……


「しかし──いや、待て。それは破綻しているぞ、ジュリアス。あの魔法は

"沈黙の霧"。声はおろか、念話すらこちらからの呼び掛けは描き消されていた

じゃないか」


「霧の中では無効化される、というのなら霧の中以外なら無効化はされない、と

いう話にもならないか? ──まず、何故俺の念話が届くのか? 俺の念話は空間を

伝ってではなく、地震のように大地を伝って届いていたとしたら? いや、もっと

言うとだな……もし仮にあの場で屈んだりしてたら、おそらくお前は霧の濃淡に

気付いていたと思うよ。濃度は一定ではない、なんなら足元まで霧は及んでない

事を。そして、足の所作で魔法の発動が出来なくとも地面は砂だ。土じゃない。

手を砂に突っ込ませるだけでいいんだ。それで魔法は使えたはずだよ」


「うぅむ……」


 ドーガは唸る。意外にも理屈で返されてしまったので、生半可な反論が

封殺されてしまった。


「あと、呼びかける事さえ出来ればガイアスは大地と繋がっている限り、状況を

つぶさに把握出来てるからな。これはもしかしたら知らないかもしれないが。……と

いうか、初耳の情報はあったか? あれば考慮するが」


「いや……ない、な……どれも断片的に知っていた情報だ。つまり上手く

組み合わされば解けていたって事か」


「すげぇ簡単にな。ま、謎解きなんてものは大概そんなものさ。苛々いらいらするから俺は

大嫌いだがね。もしも、アリスワードなら……こういうのは好きかもしれんがな」


「アリスワード、か……」


 不意に出た名前をドーガは呟く。意図的に隠していた憧れの存在を、ジュリアスは

敢えて口にしたようだった。


 ──そして、老婆心ながら忠告してくる。


「ま、真っ当な魔法使いをやるつもりなら洞察力ってやつは多少気にした方が

いい。もっとも、俺はお前に真っ当な魔法使いの道なんておすすめしないがな。

こういうのは結局、弱者の兵法ってやつだ。"俺達"には合わんよ」


「……そうかな」


 ドーガは曖昧に答えた。同意はしたくない気分だった。


「それじゃ、ぼちぼち引き上げようぜ。感想戦がしたいなら朝飯を食いながらでも

いいだろ?」


 ジュリアスが提案した。反論はなかった。

 そして一行は無人島を後にする──



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