7-9☆『同題 -応酬-』


(切り札、か……)


 ドーガは心中で呟く。当然、"絶対昇華"ではない。"無念無想"も今一度

使う気にはならなかった。


 例え完成度は低くとも、"絶対昇華"に遥かに及ばなくとも。この勝負の

最後を締め括るのは"炎"だとドーガは思った。


「其は想念と意志の力 奇跡を顕現する根源……」


 ──炎を両手に纏う。


 魔力を発生させる、魔力を変質させて炎を形作るという当たり前の手順を

完全にすっ飛ばして炎を操る様はまさに炎のドーガの面目躍如、といった

ところか。


 ジュリアスは笑った。獰猛な笑みだった。


 そして、ジュリアスも呪文に入る。勿論、受けて立つ。

 風なら風、炎なら炎──


 ドーガに一切の言い訳を許さず、完璧に上回って勝利する腹積もりのようだ。


「五冠を頂きし火竜の幻 とく御覧ごらんあれ!」


 神妙に呟いたドーガと対照的に、ジュリアスは大仰に叫ぶ!


「天地開闢かいびゃくより永遠の黒洞あり 太陽に焦がれ 太陽を望む 海底よりも

沈んだ世界……」


「夜空に映える赤色せきしょくの巨星 猛り狂う劫火の化身 あざなう災禍と炎の導き──」


「地獄の門より来たれ、禁断の炎」「おそれよ、しかして恐れるな!」


くらき念 昏き祈り 燃え尽きようとも焼け残る反骨の遺志」


「善良を以って悪霊をはらえ 祝福を与えたもう 緑より出で 赤を越え 蒼を経て 

黒に沈む 究極の白に至りてきらめく──」


叛逆はんぎゃくの一矢よ……!」


 ドーガの呪文が先に終わる、ジュリアスの詠唱はまだ続いている!


仇敵きゅうてきを討ち滅ぼせ!」


 両手の炎が漆黒に染まり、派手に吹き上がる。左手を握り締めると黒炎は

たちまち弓を形作り、それを標的に構えると右手を添え、弓を引くように──




「……そうそう、これは余談だけれど。エーテル派とマナ派、その魔術がどちらの

流れをんでいるかを簡単に見分ける方法は合言葉キーワードの呼び方にあるそうだよ」


『呼び方?』


「うん、そうらしいよ。ただ、時代が流れて流派も多岐にわたったから例外はある

だろうけどね。しかし、はさっきのより似ているなぁ……そっくりだよ」


 そう言って、ルー=スゥが思わず苦笑いする。


『似ている……?』


「ボクがとどめを刺された術にさ。で、あれは地獄の炎を呼び出す術だろうね」

『地獄……?』


「人が想像した異界、いわゆる幻想世界の一つだよ。書物や口伝を介して熟成の

果てに作り上げられた共通認識、集合精神とでも言うか……」


『……よく分からないが、すごい術という事だね』


「ん、そうだね。対するジュリアスは──」


 ジュリアスは正面に炎の塊を召喚していた。それは姿が隠れてしまう程の

大きさだ、まさか呪文を中断して盾にでもしようというのか、


(その炎は燃え尽きる。……いや、黒炎に食われてしまうだろう)


 時に魔術や魔法は術者の精神にも影響を及ぼす。ドーガは冷静でありながらも

破壊衝動をそのままに受け入れ、集中が極限まで高まったところで右手につがえた

矢を放った。


「"極点破きょくてんは"!」


 黒炎が唸りを上げ、一直線に標的に向かってゆく!


 火炎を食らい、胸元を突き刺し、漆黒のほのおに呑まれて消えていく姿を幻視した。

それは残心に似た何かだった。

 ……しかし、現実に呑まれて消えたのは"極点破"の方であった。


 ジュリアスが悠然と呪文を再開する。


「……其は至高たる太陽の子。目映き──」


 ジュリアスは左手の指先を正面の火球に突き刺し、頭上にやる。

 ちょうど、天を指差す恰好だ。その上に火球がある。


「"小太陽リトルフレア"と名付けた。術に覚えがなくとも、記憶には新しいだろう?」


 ジュリアスがドーガに言った。確かに、似たような体験が記憶にある。


「奇しくも、前にお前が言った通りだ。火力で上回ればいいんだ。上回っていれば、

勝手に燃え尽きる。曰く、ってところか」


「……そうだな」


 ドーガが無造作に近付きながら右手をそれにかざした。気が付けば残り火の

炎色が、見慣れた赤いものに変わっている。


 すると、ジュリアスの掲げた火球の表面に新たなる炎が走る傍から焼き尽くし、

奇麗さっぱり消失した。


 あれだけの熱量が、何の前触れもなく──


「もういい。お開きにしよう」


 ドーガは言った。……勝負はついた、これまでだ。



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