7-5☆『同題 -開始-』

 二人の記憶に影を落とすのは、あの悪鬼の如きジュリアス=ハインライン。

 ──しかし、現在のジュリアス=ハインラインとは同一ではない。


 それを確かなものにする為にもこの勝負は必要な通過儀礼なのだと、ルー=スゥは

理解していた。


 ……ドーガはどうだろうか? 似たような理由だろうか、それとも──


『始まるね』


 ドーガが仕掛ける前兆を読み取ったのか、そのように呟く。


 彼の体から溢れ、ほのかに蛍光けいこうする魔力の波は祈るように組んだ両手に注がれ

ている。その水量が目に見えて少なくなり、閉じていた両目が開眼していた。


 それは真っ直ぐジュリアスを見据えていた。


(……来るか)


 ジュリアスが僅かに身構える。ドーガの体に沿って流れている魔力の水流が

ついに止まる──


「……行くぞ!」


 肘を伸ばし、両腕を前に突き出す!

 指の拘束を解き、腕を大きく左右に開いた! 掌の中から出現した光の束、

三日月状の光閃が標的に向かって一直線に飛翔する!


 まともに受ければ人体など真っ二つに両断されそうな光の刃、それが

ジュリアスの目前で突然掻き消える!


 ──余韻よいんは下から上に振り上げた彼の右手にあった。


 五指と掌の一部に魔力の燐光りんこうが残り、風に吹かれて消えてゆく。

 ジュリアスは光の刃が命中する直前に迎撃したのだ。

 ぶらりと下げた右腕を動かし、五指は鉤爪のように曲げ、下から上へ。

魔力の働きは腕振りの始動から停止まで。


 持続を極めて限定的にする事で爆発的な威力を維持したまま、払い抜ける。

 ドーガとジュリアス──互いの放った光と光が衝突し、ジュリアスのそれが

一方的に勝ったのだ。


 "聖母の右手サン・ソード"──


 指の先から肘、二の腕までを魔力で包護し、振り切る事で切断或いは溶断する

ジュリアス独自の魔術である。


 "聖母の右手サン・ソード"、もしくは"神父の左手セント・ブレード"。呪文の詠唱はない。発動に合言葉キーワードもない。

左右で名前は違うが効果は同じ。名称はジュリアスの両親からとった。


「しかし、無念無想か……そういえば、最後に使ったのがそれだったな」


「そうさ。未熟も未熟だったあの時はお前の"風の刃"ウインドカッターで粉々に砕かれた。

これ見よがしに頬も切られて、な」


 指先で頬を擦過する動作をみせる、ドーガ。


「なら、あの時とは雲泥うんでいの差だな。に成長してるぜ」


「……皮肉じゃないと思いたいね」

「手放しに誉めてなきゃ正当な評価さ」


 ジュリアスは言った。口元で小さく笑う。


「さぁ、はこれで終わり。を始めようじゃねぇか。

……かかってこいよ」


 ドーガに向かって左手人差し指を数度動かし、挑発するジュリアス。


「ああ、そうだな……!」


 それを受けて、ドーガも呪文に入る──!


(ジュリアスほどの使い手となれば見てからでも後の先で対処出来る。ならば、

見てからでは対処出来ない速度、つまり……!)


「其は想念と意志の力 奇跡を顕現する根源 我が諸手もろてを黒煙で隠せ 電光を飾り 空とあざむけ 耳をつんざ産声うぶごえ 戦慄の稲妻 いざ空をけよ──」


 両手に蓄えられた魔力が不安定にながら暗く変色するとその中心から光が、

空気の弾ける音と共に生じる。


 そして黒煙の表層に電光が走り始めると両手間で交信を開始。細い物が一本二本、瞬く間に増えて十数本。


 ──ドーガはジュリアスに狙いを定めた、




「"雷光撃ライトニング"!」「"砂礫噴射サンドバルカン"!」




 二人の叫びは同時だった、しかし、発動はジュリアスの方が明らかに早い!

 まるで威嚇するようにジュリアスは大きく一歩、砂浜を踏み抜くとその前方で

砂塵が大量に噴出する!


「くっ!」


 ──練度の差がはっきりと出た瞬間だった。


 発動は同時のように見えてジュリアスは最小限の、ドーガは不慣れな魔法からか

予備動作が傍目に見て取れるほど大きく、さらに両手の魔力収束から雷撃の発射まで

もたついてしまっている。


 遅れて撃たれた稲妻は届かない、砂浜を広範囲に使い、勢いよく噴き出す砂塵の

壁に進路を阻まれてしまっている。舞い上がる砂煙は帯電し、光って

いるが、それだけだ。


 ……出力がまるで足りていない。結局は、その一点に尽きる。


 目前の障害に対して、自身の放つ雷撃のなんと頼りない事か……細い、弱い、

貫通どころか突き刺さりもせず、おそらくは表面をなぞるだけで消えている。

 "雷光撃ライトニング"は長く放電する魔法ではない、事前に蓄えた魔力はあっという間に

枯渇し、力尽きた。


 ──その一方、砂塵の壁は依然として健在である。


 ガイアスは砂煙に隠れたジュリアスの方を見つめながら、さり気なく指を二本

立てて見せていた。


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