7-4『意志のエーテル、想念のマナ』

 ──これは剣の試合ではない。審判を抱えたガイアスを中間点に、互いに

およそ十歩程の距離を開けて対峙する。


 ……そろそろ始まるとあって、ルー=スゥがガイアス達の傍に寄った。


「ドーガはともかく、ジュリアスはこんな勝負に気乗りしないと思ってた。

意外とやる気なんだね」


『彼の根は真摯しんしで真面目だよ。ふざけたり悪態をついたりするのは演技だと

私は思う。安請け合いをしたくないんじゃないかな。だけど、引き受けた

以上はきちんとやるよ。彼はね』


「ふぅん……しかし、ジュリアスが言い出した事だが万が一、彼の身が危なく

なったらどうするのかな。あくまで彼の意志を尊重して見守る? それとも

勝負に介入してでも人命を優先した方がいいのかな」


『審判としては人命を優先するよ。介入はガイアスに任せる』


 ガイアスは砂浜をじっと見た。


「……生き埋めでいい?」


『構わないよ。それで助かるなら』

「わかりました」


(流砂じゃなく落とし穴だろうな、きっと……)


 おそらくそんな事にはならないだろうが、その光景を想像してルー=スゥは

苦笑する。


 誤魔化すように咳払いを一つすると、視線をドーガに移した。

 ……そのドーガは直立した姿勢で何度も深呼吸をしていた。昂った心を

落ち着かせる為だ。


 初手に繰り出す魔法は決めていた。──当然、あの日からの続きだ。


 両手を胸の前で組む。目を閉じて祈りを捧げるような構えのまま、精神を

集中させる。


 雑念を無くし、夢想を離れ、意志の力で結末を描く──


 それは公式に呪文を必要としない魔法。未熟な魔法使いでも護身用として

十分に機能する切り札。

 無形。術者によって、また状況に応じて多種多様に魔法は変化し、決まった

形を持たない。


 ──を、"無念無想むねんむそう"と言った。


「なんとなく、"あれ"に似ているかな?」

『あれ、とは?』


「"意志の力を、魂を乗せて放つ。我は神に弓引く者なり"──さ。昔に使われた

術でね。特性がそれと似ているならば、あの術はだ。例え術が不完全でも

使い手の魔力、意志の力が随一とあってはね」


 ルー=スゥが昔に使われたと言う"それ"は対象目掛けて不規則に高速飛翔し、

殺意によって必中する魔術の弓と矢であった。


 矢は刺されば爆発して霊体ごと魂を削る。術者の"魂"を組み込んでいるからだ。

 神でも人間でも魂の定量は同じだと彼奴きゃつは言った。同じだけの魂をぶつけて

対消滅ついしょうめつさせれば神殺しは可能だと。


 刺し違える気か? そうではない、魂の補充は可能だ。そして百分の一でも

残るならば、死に至る事はない。


 ──俺はな。お前はどうだ?


 ……苦い思い出である。ジュリアスは炎のドーガに焼かれた火の精霊を

治療した際、それに気付いたのだと。


 絶対昇華に焼かれた火の精霊は頭部以外をまるで炭のように、抱き上げよう

ものならボロボロに崩れてしまう状態まで焼かれていた。そんな彼女を彼奴は

治療したのだという。


 無傷の頭部に近い部分から少しずつ慎重に切り出し、焼けた患部を取り除いて

は自らの体と魂を変換したものを隙間にめ込み、埋めて、置き換えながら定着

させていく。


 その移植作業中に不足する自身の体と魂を補充する為、"土"を喰らったのだと。

 支離滅裂な事を言っている──ルー=スゥは、いや、クル=スは当時そのように

思ったものだ。




 ──ジュリアスは真理を得た。




 世界の全ては主の肉体と精神から成る。ならば自己も他者も、土や水も空気も、

全てが、そう全てが──、と。自らの血肉を魔力によって昇華し、

に変換する。は彼女に結合した時より再び成り下がり、

再生されるのだ。


 主の精神と肉体が変化したものを体内に取り込めば補充も可能だ。その効率が

最もよいものが"土"だった。


 ……彼奴の狂気に支配された一時の経験が、それにより引き起こされた因果が

巡り巡って我が命を断った。


 正確には我が魂が完全に消し飛ばされる前に霊体が崩壊し、冥界に散ったのだが。

 御蔭で復活には長い時を要した。魂は補充出来るという概念がなくば、現在も

ちりのままであったかもしれない。それも因果だろうか。


は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源……だったね』


 物思いにふけっていたルー=スゥの横で猫の神様が呟く。


 ──それは今や、使文言。


 起源はアリスワード=シュルツが

魔術の神秘を暴く為に開示した"魔法のアンロック・合言葉キーワード"だったが、後世、炎のドーガに

関連した者達の情報は全て抹消されてしまったので、現在では出処不明の秘文ひもん

として定着してしまっている。


『魔法(魔術)とは意志と想念、二つが混ざり合って生まれた力……によって

人為的に起こす奇跡の総称だ。そして、遥か昔にさかのぼれば源流は二人の人間に

行き着く。即ち意志のエーテル、想念のマナ。それぞれが神の天啓を得て伝道師

となり、そこから魔術の歴史が始まった』


「……そのエーテル派の究極たる存在、運命として人の寿命を持つ"炎のドーガ"。

しかし、それでも彼の存在は神々には脅威だった」


『……そうだね』


「神々の陳情ちんじょうに主神はドーガと対になる存在、ジュリアス=ハインラインと

その二つを兼ね備えたアリスワード=シュルツを遣わす事で答えていた。さらに

付け加えるなら世界は炎のドーガ誕生以後も変わらず平穏で混迷しているとは

言い難く、何もしなければ何も起こらなかっただろう」


『……結果的に選択が誤りだったとしても、神々の抱いた危惧きぐは正当で責めては

いけないよ』


「では、貴方はどのようにお考えなのですか?」


『……運命の悪戯いたずら、かな』


 そう言って、猫の神様はゆっくりと瞬きした。


「皮肉なものだね。ドーガがいなければ魔術を魔法に発展させたアリスワードも

おらず、今頃は極少数に口伝されるか、失伝すらしていたかもしれない。そして

今や、その魔法が巡り巡ってドーガの生き甲斐となっているとは……もし魔法の

ない世界になっていたら、現在のドーガもどうなっていた事か」


 そして、ルー=スゥ自身の顛末てんまつも様変わりしていただろう。おそらくは

変化のとぼしい、退屈で平和な世界──


(運命の悪戯、か……)


 現状に不満は多々あるが、不確定で不安定な未来というのはそれはそれで

いいものだ。自らの性に合っている気もしている。


(……いずれにせよ、これからだ。ボク達の未来は始まったばかり。輝かしい

未来の為にもボク達に纏わりつく過去の亡霊とは、ここで決着をつけようじゃ

ないか)


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