7-3『意志のエーテル、想念のマナ』

 

 ──夏の朝早く。


 太陽が水平線から半分ほど顔を出し、東の空が朝焼けに染まっている。

 そんな頃、何処とも知れぬ無人島の砂浜にジュリアスとドーガはいた。


 この時間帯の潮風と波の音はとても心地よい気分にさせる……が、

これから行うのは決闘にも似た勝負である。


 勝負に際して人目につかない所を神様に希望し、ガイアスが選定して

此処に転送されたのだ。


 ちなみに、この場にいるのは二人きりではない。


 他に立会人としてルー=スゥが、審判として猫の神様が。最後に助手と

してガイアスも無人島に留まっていた。


『さて。僕が審判を務めるのはいいとして、どのような決着を望む?  別に

命のやり取りをするのではないだろう?』


「単に魔法で力比べをするだけさ。あいつが仕掛けて、俺が凌ぐ。そうして

あいつの打つ手がなくなったら降参。それだけだ。……で、一つ提案がある

んだが」


『……提案?』


「"絶対昇華ぜったいしょうか"は無しって話なら、俺の"絶対凍結ぜったいとうけつ"も無しってだけさ。あれが

あったらつまらんからな」


『ふむ。ドーガはそれでいいかい?』


「構わない。残念だが、あれを使われたらどうにかする自信はないしな……」


 ドーガの表情が一瞬くもる。対して、ジュリアスは提案が受け入れられて

心中では安堵していた。


 可能ならば二度と見せたくないし、使いたくはないのだ。

 ……絶対昇華に対して、絶対凍結を。


 そもそも"絶対凍結"とは、ジュリアスが絶対昇華に対抗する為に編み出した

彼にしか使いこなせない荒業あらわざである。


 一切の呪文を必要とせず、使用された魔術そのものをもとにして凍結させ、

停止させる──


 特性としては絶対昇華と似通っているはず。いや、これは対象を魔術に限定した

ジュリアス流の"絶対昇華"──


 ……故にジュリアスは"絶対凍結"などと名付けた。


 しかし、この"絶対凍結"は"絶対昇華"と違って完璧ではない。

 欠点もある。その中でも、


 "凍結させ→『 』←停止させる"


 ここに付け入る隙があるとジュリアスは踏んでいた。

 この一瞬のこそ致命的だろう、と。


 ……あの時のジュリアスは、真に魔術師として頂点たる存在だった。


 加えて数々の修羅場を生き抜き、良くも悪くも戦い慣れしていたジュリアスで

ある。彼とは対照的に争いごとはなるべく避け、穏当に生きてきたドーガとは

戦闘経験は比較にならない。文字通り、桁が違う。


 事実、初見で"絶対凍結"に面食らったドーガに対し、ジュリアスは心理戦を

仕掛けて有利に立ち回り──終始、圧倒したまま完封してのけたのである。


 完璧だった術ではなく、完璧ではなかった術者の方を攻略した。

 先だって、ルー=スゥが指摘したように……


 だからこそジュリアスは「次は勝ち目がない」と判断し、かつてそのように

言ったのだ。


『……では、話を整理しよう。今回の魔法勝負はドーガが攻め、ジュリアスは

守る。ジュリアスはドーガの攻撃を凌いで手詰まりにさせれば勝利、ドーガは

ジュリアスの手管てくだくぐって手傷を負わせば勝利、というところかな?』


「ええ、それで──」


「それじゃ満足出来ないだろ、お前は」


「えっ?」


『……どういう意味かな?』


「そのままだよ。結局のところ、当人が全力を出してやりきれるかどうかさ。

じゃなきゃ、あの時ああすれば良かった──などとそんな風に後悔しやがる。

そんなのに巻き込まれて、また付き合わされるのはゴメンだ。だからお前は

下手な事を考えず、全力でやりゃいいんだよ」


「……そうかい、分かったよ」


『ふむ……しかし、お互いに絶対昇華と絶対凍結はなし。それは変わらないかい?』


「ああ。使わない」

「ああ。……使わない」


 ドーガは改めて宣言し、ジュリアスもその後に続いた。


『よろしい。それでは、最後の確認だ。……開始の合図は必要かな?』


 ドーガは答えず、ジュリアスの回答を待った。

 ──ジュリアスは少し逡巡した後、


「最初に距離をとって相対する。それでいいだろう。魔法を使おうとすれば

分かるし、それを俺が邪魔する事もない。最初は万全の状態で仕掛けてくる

がいいさ」


「ジュリアスがそれでいいなら異存はない。それでいこう」


『了承した。それでは審判として、二人ともに適切な位置へ移動する事を

指導しよう。さ、進んで』


 ジュリアスとドーガの視線が一瞬だけ交錯する。お互いに無言で、何事も

なかったかのように各々の立ち位置へ向かった。


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