2-3『主の名はゲネシス』

 ──王都スフリンク。転送の際、大地と一体になるような感覚を経て魔法陣から

魔法陣へ、地方の魔道駅から王都の魔道駅へ一瞬で移動する。


 魔力を発動した魔法陣は沈黙し、目映まばゆく輝いた大魔石もまた光を失っている。

 休眠状態だ。そして、再び発動する為の魔力を静かに吸い上げ始める──


「……転送明けはだるいというか、眠くて困るな」


 ゴートも頷いて同意した。他にも転送に際して船酔いのような症状を起こす者も

いるという。


「さて……お前は王城、俺は下宿先。先に王城だと待ってる間に不審者扱いされる

かもしれん。宿の方を案内してくれ。……遠いのか?」


「ここから途中までは一緒。まぁ、道のりの半分くらいかな……そこから道は

分かれるけど、距離的には別に大差ないよ」


「そうか。まぁ、そんなものか。じゃ、先に宿で頼む」

「いいよ、分かった」


 二人が駅から出ると、まずは都会では見慣れた光景が目に飛び込んできた。

 おそらくは国の各地から飛んできたであろう人と荷車、荷馬車が駅をぐるりと

囲むようにあちこちで停車し、即席の露店を開いている。


 ──ぞくに言う、朝市あさいちである。


 売られているものは野菜など生鮮食品、次いで薪や炭など生活必需品が多く、

その他には個人作の雑貨なども見られるが特筆するような珍しい物は売られて

いない。


 ……大抵の国では駅周辺部に限り、商売するのに特別な免許はいらない。

 駅員に当日の場所代を払えばよい。その気楽さ故、まれの冒険者などが

掘り出し物を出品する事もあるのだ。


(……しかし、そう簡単には魔力を込められた道具なんぞ魔道駅の朝市で

見かける事はないよな)


 いつも通りの活況かっきょうていする朝市を眺めながら、ジュリアスはそんな事を思う。


 物見もそこそこにして、二人は駅近くの街路より大通りを目指した。

 持ち込まれた物を買い取る輸入雑貨屋、余所よそより大きな石窯が自慢の

パン屋、黒猫が看板娘らしい大衆食堂──


 そして、大通りに差し掛かろうとした時、不意に何の変哲もない教会が

二人の目に留まった。


 主神ゲネシスまつる教会だ。


 建物自体新しい訳ではないがそこまで古くもない。大きくもない。

 出入口である両開き戸の片方が開いている。ゴートが見る限り、特に不審な

点はないが……


「妙な感じだな、あの教会……少し覗いてみるか」

「え……?」


 ジュリアスは呟くと誘われるように教会へ向かう。彼を放っておく訳にも

いかず、いぶかしみながらゴートもその後に続いた。


 道を渡り、教会前。周りに人はいない。外から中を除く。

 ……見える限りではやはり無人だ。


「入ってみるか」


 まずはジュリアスが、その後ろにゴートが続く。


「扉は閉めるなよ、開けたままでいい」

「わかった」


 改めて教会内部を見る。奥に祭壇があり、左右に長椅子が等間隔に置かれている。

 入口から祭壇まで薄く赤い絨毯が敷かれており、一見はまさに普通の……普通の

教会、である。


 二人の注意が前方へ逸れた隙に後方で大きな音がした。

 強風に煽られてドアが独りでに閉まるように、


「なっ……!?」

「待て。動くなよ」


『動くな。それと、此処を出るまで喋るなよ。絶対に口を挟むな』


 ジュリアスがこちらを見ていた。二言目は肉声ではなく、頭の中に直接語り掛けて

きたような──いや。実際、そうなのだろう。そんな魔法があるというのは知って

いた、使われたのは今が初めてだが、


 ジ ュ リ ア ス = ハ イ ン ラ イ ン に 告 ぐ


 その時、天井から声が響いた──!

 

 ……いや、声なのか? これは今し方ジュリアスに使われた魔法に近い。

 言葉は分かるがそれが男なのか女なのか、得体が知れず正体が掴めない。

 ジュリアスも同様らしく、黙って天井を見上げていた。


 炎 の ド ー ガ が よみがえ っ た 捜 し 出 し 再 び 殺 せ

 貴 様 の 体 貴 様 の 命 そ の 為 に あ る と 知 れ 


「断る」


 こ れ は 神 託しんたく で あ る 


「断る!」


 こ れ は 神 託 で あ る


「そもそも俺は自力で復活出来る立場にあった。にも関わらず貴様の早合点で勝手に

甦らせたのだ。それで取引など成立しないと知れ。しかし、無礼者にも機会は恵んで

やる。まずは降臨おりてこい。顔を見せて名を名乗れ。そうすれば交渉の余地はある」


(炎のドーガ? 復活? 一体どういう意味なんだ? 昨日はそんな事情は一言も──

『炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ

炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ

炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ

炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ

炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ

炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ

炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ炎のドーガを捜し出し殺せ』

──言ってなかった)


「な、なんだ今の……!?」


 唐突な思念波に狼狽ろうばいするゴート、すぐに察したようなジュリアス。


「……これも"念話"テレパスだよ」

「テレパス……?」


「そう。念話の中には魔法にける呪文詠唱の高速化、簡略化に使用する技術が

ある。肉声より早く間違えの少ない心の声を使い、思念波として詠唱に使用する。

しかし、一方で思念という事は術者の思考する領域を使う訳で咄嗟とっさには使いづらい

部分もあった。現在でも多対一、もしくは多対多なら使い出がある場合もあるが、

考えなしにこれを詠唱の主体とするには難しい……というのが今の立ち位置でな、」


 ジュリアスは一旦区切ると、


「──で、だ。その技術を突き詰めると魔術や魔法を

発動させる事が出来るようになる。呪文の詠唱を心中だけで完結させて、あたかも

術者以外には省略したかのように見せる。初歩的な魔法だからといって誰もが省略

して使っている、とは限らないんだぜ? 逆に、難しいものを簡単に見せていると

いう駆け引きだってある」


「つまり、今のは……?」


「さっきのはその応用だ。呪文ではなく言葉、短文を複数回繰り返して圧縮した

想念を"念話"という形でぶつけてきた。これは呪術で用いられる手法で相手を

錯誤さくごさせる為に使われる。もっとも、今のは余りに雑で参考にもならないがな……

本来の手法は短文のみで相手に悟らせず、一挙にではなくさりげなく

浸透しんとうさせるよう辛抱強く声掛けし、幻聴げんちょうやせんもうを引き起こさせるんだ。無論、

今のように瞬間的に言葉の洪水を浴びせて無理矢理気を動転させる手法もあるには

ある。だが、それも結局は一対一が原則だし、仕掛けるにしても就寝中とか状態も

吟味ぎんみしなくちゃならん。だから雑なんだ。何より対象が不特定多数の場合、第三者に

よる攻撃と答え合わせが出来てしまうのが一番まずい。呪術の基本は疑心暗鬼だから

な、如何に対象の猜疑心さいぎしんを呼び起こすかにかかっている。それが出来なきゃどれだけ

ささやこうが虫の声、或いは土木工事の騒音に過ぎん。簡単に聞き流せる」


 ……ジュリアスは天井を見上げ、


「本来は俺一人に仕掛けたかったんだろうが無理だったんだろうな。一対一で

使う念話は対象の頭とかに狙いをしぼらなきゃならない。それが太陽※注(天界の

こと。神々の住まう地)からってんなら一苦労だ。例え何某なにがしかの神とはいえ建物

まで範囲を限定するならともかく、それ以上の……ましてや対象の一部位ではな。

ついでに種明かしすると俺はその上、影と実体の位置を入れ替える魔術を使って

いる。それは肉眼であればまばたきする事で簡単に解ける程度の幻術だが──まぁ、

どちらが主原因かはどうでもいいか。……そうそう、

? お前にその気があればいつか教えてやるよ」


 そうして長い説明に一息つけると、彼は出入り口に向かってきびすを返す。


「……と、いう事だ。やるなら人間から学んでもう少し上手くやるべきだったな。

とりあえず交渉の期限は此処を出るまで待ってやるが、反応がなけりゃ打ち切りだ。

顔見せも出来ん相手に協力はしたくないんでね」


 ジュリアスはゴートを促し、先に退去させる。


 その後、背後に気を配りながらゆっくりと歩きだすが、最後の一歩まで来ても

何も起きなかった。振り返り、そして小さな嘆息たんそくと共に教会を出る。


 ……交渉は決裂した。

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