1-4☆『同題 -屍人戦-』

 ……細かくした土を無駄に落とさぬよう注意しながら、ゴート達は作業場へ。


 視界が薄暗いのは周囲に林立した木々のせいか、それとも瘴気とやらのせいか。

 もっと大胆に間伐かんばつすればいいのに──と、魔術師が素人考えで思った矢先、くだん

炭焼き小屋が目に入る。


 ……確かに年季が入っている。


 ただ、完全にほったらかしという風でもなく、言われた通りに保守程度には

最低限、稼働させているらしい。手入れがされている形跡もあった。


 そんな時、首を左右に忙しなく動かして周囲の様子をうかがっていたゴートが

、と威勢よく空中へと土をばら撒いた。


 魔術師は特に感想も無く、成り行きを見守っていた。

 ……土煙は宙を舞うが風も無いのであまり広がらず、そのまま消えてしまった。

 その間、妙な匂いもない、気配もない。音も無く静かなものだ。


 異常はないように見えたが──


「……うん? これ見よがしに穴が開いてやがるな」


 後ろにいた魔術師がそれに気付いて、指をさす。……確かに、やや大きく底は

浅い穴のようなものが開いている。


「あれは……魔孔、なんだろうか?」


「いや、違うな。魔孔じゃない。人為的……いや、作為的に開かれた穴のように

見える。ただ掘られただけの穴だよ。あれ自体に意味がある訳ではない」


「……どういう事ですか?」


 意味深に呟いた魔術師に対して、ゴートは反射的に訊ねる。


「ま、何か嫌な予感がするってだけさ。近付いて調べてみれば分かるんじゃ

ないかね。面倒だがね」


 確かにこのまま、まごついていても仕方がない。ゴートは意を決して開いた

穴に近付いた。


 しかし──


「何もない、な……」


 近付いて観察しても何の変哲もない穴に過ぎなかったのである。ただ土を

取り去って出来た穴。振り返って魔術師の意見を仰ごうとしたが、彼もまた

同じような反応だった──その時だ!


 物音。人影。木陰から何かが近付いてくる、無造作に。複数だ、それも一人

二人じゃない。……現れたのはボロボロの衣服を身に纏った土気色の男達。


「あれは"屍人"リビングデッドだ!」


 魔物モンスターを視認して、ゴートが叫ぶ。


 ……それは生きとし生ける者の敵、世界を冒涜ぼうとくする存在。それが魔物。

 屍人は魂亡き人の姿を借りた許されざる模造コピーである。


 屍人のみならず魔物全般に共通する特徴は眼だ。光のない黒洞。がらんどうの眼。

 その眼を見ると『』と、心の奥底から勇気がみなぎって

くる。


「下手に得物は使うなよ、こいつらの動きは緩慢で連携も考えてない。適当に誘い

出して一匹ずつ突き倒すんだ。土が穢れたものを祓うって、お前さんも言ったろ? 

その通り、こいつらみたいな弱い奴なら転がすだけでも効果はある。何、二回ほど

転がせばそれで動かなくなるだろ」


 数は四体。歩みはたどたどしい……と、後ろから猛烈な風が吹き抜けた! 

 ゴートは思わず振り向くと、


「何、邪魔はしないよ。君には一体任せる。他は俺が相手しよう」


 魔術師は左手を突き出し、掌には球体の──を掴んでいるような。

魔術師は構えている。


 その視線の先、前を向くと既に屍人が二体、吹き飛ばされて地面に倒れていた。


 彼は「邪魔はしない」と言ったが、ゴートは魔術師の邪魔に

ならないだろう屍人へ向き直ると距離があるうちにそれに対して走り出した! 


 こういうのは下手に組み合ったり切った張ったするよりも助走をつけて吹っ飛ばすのがはるかに安全だからだ。ゴートはそのように習っていた。


「はあっ!」


 気合と共に繰り出した飛び蹴りが胸板を捉え、食らった屍人は大して踏ん張る事も出来ずにもんどりうって倒れる。もどかしいような動きで屍人は何度か起き上がろうとするがその度に失敗し、やがて力尽きたか、そのまま突っ伏して動かなくなった。


 ……そうしてゴートが油断なく見守っている間に、残りの三体は魔術師が手早く

片付けてしまっていた。


「お、ご苦労さん。チラッと見てたが対処法としては合格点だな。あれは見た目に

反して体重は軽いから投げるのもアリだが、もしもって事もある。一番ダメなのが

人型の見た目に騙されて打ち合う事だ。打撃なんぞ効かんからな。その剣だって、

非力なら切り裂くのも一苦労だ」 


「……それくらいは分かってますから」

「そうだな。俺と違って、君は真面目に授業を受けてそうだもんな」


 魔術師が笑いながら言った。戦闘に関して随分と上から目線で助言してきたが、

実際その戦闘力はゴートとは比べ物にならないだろう。先程よりは素直な気持ちで

言葉を受け入れる。


「しかし、もう少し歯ごたえがあるかと思ったが随分弱い個体だったな。直に土くれに還るだろうが……こうまで弱いと漁ってもすら出ないだろうな」


 ……通常、魔孔から誕生した魔物は日数を経ると体内に不純物を生成する生態が

あり、それは強力な個体ほど生成や成長が早い。


 そして、生成される物質の中には金銀宝石やその他鉱物、時には純度の高い

も見つかるという。

 すると、それを狙って魔物を専門に狩ろうとする者達が現れた。


 ──『冒険者』である。


 探究者、討伐者など初期から色々な呼び名があったが近年は冒険者と呼称が

統一され、それに伴って細分化していた役割も統合。にされ、魔孔の

探査も重要な業務の一つになった。


 そのせいで、冒険者という職業の評判はあまりかんばしくない。


 何故なら彼ら冒険者はその生業の宿命上、魔物等の拠点である魔孔を目敏めざと

見つける事はあっても地域の人々の為に閉じようとは思わないからだ。むしろ

存在を隠し、あわよくば拡張しようと画策する。


 ──何故、そのような事を? 決まっている、からだ。冒険者達は

慈善事業者ではない。そのような欲の亡者が後を絶たず、それでは世間から

冷ややかな目で見られるのも仕方ない。


 ……だが、そのような輩の横行が目に余るといって白眼視はくがんしするのもまた、

いささか軽率であると言えた。


 何故ならば、使──元来、人類とは世界に

奉仕する為、産み落とされた存在である。努々ゆめゆめ忘れてはならない。

 日々の生活とは、人々の営みとは、神々に許された余暇よかに過ぎない。

 それは本道ではないのだ。


 冒険者本来の役割こそ、人類が担う義務なのである。

 それがままならぬ者達は彼らを後援する事で代替えとする。"地位ある者が

率先して示すべき模範"の一つとしても推奨されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る