1-5☆『同題 -劣等の合成魔獣-』

「……しかし、妙な話だ。魔孔は見当たらないのに魔物だけは何故かいやがった」


「それは確かに……」

「……あ。念の為に聞くけどよ。もし魔孔があったら閉じてもいいんだよな?」


「そりゃ当たり前──」


「そうかい? 近年……ってほどじゃないが、現在の大国の常識じゃ上質な魔孔は

敢えて封じず、巨大化させて厳重に管理する事で利益を得ようなんて考えが主流

だぜ? その究極的なのがいわゆる『大魔孔だいまこう』ってやつだな。また、其処が近場で

なくとも魔法陣によってあちらからこちらへ、地脈を通じて集団を転送させる事も

出来る。魔道駅まどうえきを造る、なんて大がかりな話じゃなくても簡易的な転送ならすぐ

出来るかもな。そういう事情も考えてだな、それでも当たり前と言えるか?」


「それは……」


 突然、自分の裁量を越える話を振られてゴートは言葉に詰まる。どう答えようか、

しばら逡巡しゅんじゅんした後に、


「それは……そういう理屈というか、利益を優先するのは分かる。けど、見つけたらなんとかするのが役目だし、それに現れたのは屍人程度、魔孔は小さなものだろう

し、その程度なら幾らでもあるし、不安なら確認してからでも……」


 その時、地面が少し揺れた気がする。土砂が滑り落ちる音がした。

 そちらを見る。穴が開いている。先程の穴が。ぽっかりと大きく広がって……!


「────ァァァッ!」


 爆発音のような咆哮が奥底から飛び出すと同時に空気を震わせた。身をすくめたのは恐怖ではない、驚いたからだ。


 何かが飛び出した勢いに巻き上げられた土や砂が時間差で頭や顔にパラパラと

振りかかかる。しかし、ゴートは微動だにせず、瞬きすらしなかった。ただそれを、

四足歩行の魔獣の模造を凝視する。


 そうして目が離せず、目が合った。がらんどうで、深い闇。魔物だ。

 魔物。生きとし生ける者の敵対者。魔獣の模造。圧倒的強者。


 だが、魔物が相手だけに錯乱だけはしなかった──それが幸か不幸か、まだ

分からないが。


「なんだ……どういう……どうなってるんだ、これは……!」


 狼狽うろたえながらも剣に手をかける。抜こうとした腕の肩を誰かに抑えられる。


「お前のせいじゃないさ」


 そう言って、魔術師は自分の前に進み出た。彼が相手をするというのだ。

 その背中を、その後ろ姿をゴートはただ眺めていた……


「物足りずにありきたりな演出で腕試しと来たか。そういう初手から値踏みする

態度をとる奴とは、お友達にはなりたくねぇな」


 魔術師は何かに当て擦るように、独り言にしてははっきりとした肉声で愚痴る。

 そして、目前の魔物を改めて観察する。


 獅子のたてがみ、獅子の顔、獅子の体躯……尾は毛が無く先は尖り、背中には

退行した有翼の名残……のようなものがある。


(いや、退行……というよりは未成熟な爬虫類……違う。竜種だな、あれは)


 となれば、模造コピーされた魔物の正体オリジナルはおそらく、


"劣等の合成魔獣"レッサーキマイラだな。かつて邪悪な魔道士やら魔術師に生み出された人造生物

だろう。数多いるだろう人造生物の失敗作の一つ、というところだろうな」


「それがなんでこんな所に!?」


「場所は関係ない。魔物である以上、魔孔から生み出されたものだしな。どっかから転送されたんだろう。それに一点ものだろうが土に還れば存在は記憶される。知って

の通り、魔孔から生み出される魔物とは生物の模造だ。無から生み出せる訳では

ない。言わば魔物の設計図は大地に眠った記憶から引用している……いや、盗み見て

いると考えられている」


 魔術師は続けた。


「……つまりだ。例え出自が一点ものの実験生物だろうが神話からの生物だろうが

死んで土にかえってしまったら、魔孔から幾らでもあふれてしまう可能性がある訳だ。

だから、大きくなる前に閉じなくちゃいけない訳だな」


 そう言った後、芝居がかったように大仰に──左手の掌を胸の前へ突き出しながら不可視の何かを纏わせた。


「オーラ、オーブ、真理の瞳。或いは賢者の口、等々……呼び方や形状、使用法は

魔術の流派、宗派によって様々だが基本的には同じものだ。その実態は術者の想念の

発露、"これ"はなどと言い換えられる精神の形。"それ"から生み出し、もしくは

"それ"そのものを変化させて、神の奇跡の模倣を行う。それこそが魔術……一般には

『魔法』と呼ばれるものの正体だ」


 解説の最中にも目前の魔物は動く素振りを見せなかった。がらんどうの瞳は

何を考えているのか分からない。


「では、見せようか」


 魔術師の掌から放たれた衝撃弾が魔物の足元でぜた!  衝動的に飛び掛かって

くる魔物を第二射で弾き飛ばす!


 その威力に悲鳴もあげられずもんどりうって転がるがすぐに態勢を立て直し、

その四肢で踏ん張りながら下から睨めつける恰好で威嚇いかくする。


拳弩けんど"風の痛打"ウインドブラスト"疾風拳"エアブラスト……流派によって呼び方は色々とあるが、どれも

本質的には同じものだ。先の魔力の集まり、魔法の発動体の呼称と同じだな。ま、

個々の味付けは違うがね。さて……」


 これが猛獣であったなら痛めつけられた段階でそそくさと逃げ帰っていただろう。それが野生というものだ。


 ……しかし、魔物は違う。


 彼らには自身が感知した生物に対しての破壊衝動しかなく野生による本能や営みを

元来持たない。けれど、模倣した生物が強い個体であった場合、それを精緻せいちに再現しようとすればするほど知性や精神も比例して高度なものとなり……時として相反する

精神がぶつかり、非常時には二律背反に陥る事もある。


 有体に言えば発作的に混乱、或いは錯乱する事があるのだ。目前の魔物のように。


"風の刃"ウインドカッター


 その声音に哀れみはなく、淡々としたものだった。無慈悲に告げると無数の

風の刃が魔物の両脚、胴体、首と次々に切断していく。


 こうしてゴートより格段に強い筈の魔物が、実にあっけなく倒されてしまった。


"風の刃"ウインドカッター。或いは"疾風衝"エアスラスト、"風輪ふうりん"等々などなど……有名なだけに呼び名はそれこそ

流派の数だけあろう。初歩にして基礎、普遍ふへん的な攻撃魔法の一つだ。使い方も

多岐たきわたる。例えば刃を狭めて撃てば貫通力と射程に優れ、逆に起点から

波紋のように放射すれば広範囲にぐ事も出来る。射程は短いがね」


 魔術師はそう言って、今度は手にした魔法の発動体を足元の地面に押し付けた。


 そして何事かを呟くと穴の奥から砂が、まるで湧き水のように溢れ出て砂山と

なり、開いた穴をすっかり塞いでしまった。


「こいつは本来、砂を勢いよく噴出させて防御したり吹き飛ばしたりって魔法だ。

応用して微弱な威力に留めればこうやって穴埋めにも役立つ。……さ、後始末は

これでいいだろ」


 その後、土くれとなった魔物の遺骸を魔術師に促されて二人で漁る。

 ……だが、強い個体の割に中からは何も出なかった。


「まさか屑石くずいしすら無しとはな……ちょっとは当てにしてたんだが。こいつも

生まれてすぐの個体だったのか……?」


 徒労に終わった後、落胆した様子で魔術師は呟いた。

 そして、ゴートの方を見る。


「……という訳で、だ。今の世の中にあって、俺にはかねも無ければコネも無い。

君を頼りたい。人助けと思って俺を救ってはくれないだろうか? 何、無料ただ

とは言わん。今なら魔術の講釈も付けよう。君が一端いっぱしの魔術師になるまで

面倒をみよう。……破格だぞ? どうだ?」


 ──しかし。ジュリアスの期待もむなしく、ゴートの反応は薄かった。


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