1-3『世界の名はミクロンと言う』

 


 その男はジュリアスと名乗った。自称魔術師、確かに魔術師然とした

風体ふうていである。

 ……体中が土にまみれ、外套マントの替わりにボロ布を纏っている事を除けば。


 ゴートは最初、地元のかと思い、愛想よく適当に追い払うつもりだった。

 ……それがいけなかった。会話をしてはならなかったのだ。

 仕方なく自分は兵役中だと事情を明かし、当たり障りなく会話を打ち切ろうと

したのだが、


魔孔まこうの調査ねぇ……、か? そいつは殊勝な事だな。なら、俺も付いて

いこう。何、邪魔はしないよ』


 慌ててこちらが断ってもまるで意に介さず、こうして今も体に染みついた

土埃を払い続けながら二、三歩後を歩いてついてきている。


 ──魔孔。それは大地に突如として開き、不定期に瘴気しょうきを放つ噴出孔。


 長く放置すれば徐々に穴は広がり、大穴となれば奥底より魔物が地上に

出てくる。

 また、瘴気自体が生物になんらかの悪影響を及ぼすとも言われている。


 魔孔の調査とは人里近くに開いたかもしれない不浄の穿孔があるかどうかを

確かめるべく……早い話が見回りなのだが、しかし、人の往来があれば滅多に

開かないし、仮に開いたとしても早期に土で埋めてしまえばそれで済む。


 何も特別な道具や儀式などはいらない。

 それこそ兵役中の若者でも務まるような簡単な作業だった。


「……しかし、宛てはあるのかね?  闇雲やみくもに歩いても魔孔は見つからないぞ?」


 不意に後ろから話しかけてくる。あの男だ。ゴートは歩きながら振り返ると、


「村の人から聞いてますよ。此処にもしかしたらあるかもしれない、って。あまり

使らしいんで」


 ……魔孔はその性質上、人の少ない奥地の村や山林など特に見逃されやすい。

 そして、見つからないよりも見つかった方が当然都合が良いのだ。それが

早期発見であれば尚、良い。


「使ってないって……何をだ?」

「炭焼き小屋らしいですよ。此処のは古くて手狭なんだとか」

「ほぅ……」

「無理に付いてこなくてもいいんですよ?」


 ゴートはそう言って会話を打ち切った。……以後は黙々と山道を進む。


 その山道自体は荷車が楽に通れるほどの幅があり、今も使われているというか、

完全に放棄された訳ではないようだ。脇に道草は生い茂るが道そのものにはわだち

あり、草もまばらで丈も短い。


 ──とすれば、道なりに進んで突発的に魔孔が見つかる可能性は低いだろう。

 この道の先は炭焼き小屋等がある作業場で行き止まりになっている。山林の

中には獣道しかない。


 人目が届きづらい故に、あるとすればその辺り……なのだが、これまでに

魔孔が出現した事はないともゴートは聞いていた。


 ……そうこうするうちに坂の切れ目が見えてくる。作業場は目と鼻の先だ。

 ゴートは立ち止まって轍の跡を足の爪先で削る。そなえあればうれいなし、細かく

した土を念の為に準備しておく。


「……何してんだ?」


 魔術師が後ろから呼びかける。


「土を集めているんですよ。もしかしたら使うかもしれない。土には瘴気や

けがれたものをはらう効果がある。魔術師ならそんなの知ってるとは思いますが」


「……そういう君も物知りなんだな」

「座学で習っただけですよ」

「なるほど。兵役も為になるもんだな」


 魔術師はそう言って笑いかける。ともすれば皮肉と取られかねない言動だが、

当人に悪気はなさそうだった。

 ゴートは気を取り直して集めた土を片手に掴んだ。


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