#33 トレムリールールは止まらない

「……それでは、魔物と魔族は一体何が違うのでしょう……?」

「魔族領の環境に適応した生き物という意味では、魔物も魔族も同じですね。一般的には人間と同等の知能と言語コミュニケーション能力を持つものが魔族、そうでないものが魔物という認識でよろしいかと」

「うへぇ~、ニンゲンって魔物と魔族の違いも知らないのぉ~? そんなんじゃすぐデッカい魔物に食べられておしまいになっちゃうよぉ」


 夕方を迎えた魔王城の工房では、女子3名による雑談が行われていた。このうちの二名――アルメーネとマリナは相変わらず鉄製の檻の中に閉じ込められている。

 ガルベナードが出かけに行った後はカムロに昼食を頼みに行ったり、グリージュが煙突から謎の花束(暖炉の炎ですぐに燃えてしまったが)を投げ込んできたり、ベルクが全自動プロテイン製造機を作る相談をしに来たりと、留守番中にも関わらず色々なことが起こったが。



「戻ったぞ」

 ガルベナードが姿を現す。彼は片手で素材の入った土嚢袋を担ぎ、もう片方の手で腹ペコのフレットを引き摺りながら部屋へ入ってきた。

「ガッちゃんおかえりー☆ さっそく収穫物を査定させてもらうよ~♪」


 トレムリーは魔王の姿が見えるや否や、彼のもとへ駆け寄り土嚢袋をぶん取って中身の確認に入る。はじめはご機嫌そうなトレムリーだったが、


「あれれぇ、袋の中が羽根だらけだぁ。ラーヴァルビーは入ってるのに、電流草が見当たらないねぇ」


と、注文通りの品が入っていないことに気づき、次第に顔を曇らせる。


「袋をグリフォンの羽根で満杯にすれば、わざわざ電流草を取りに行かなくて済むからな。袋に詰め込めるだけなんて曖昧な注文をしたお前が悪い」


 しかし不満そうな部下にも動じず、ガルベナードは毅然と答える。ところが、


「グリフォン戦で援軍が来たときはどうなることかと思ったけど、こんな風に役立つならオレも頑張った甲斐がッ」


 今度は後方でうつ伏せになっていたフレットが自慢げに話に割り込んでくる。ガルベナードとしては余計なことを話されると困るので、部下の背中を尻尾で一打ちし黙らせるも、


「援軍なんてトリィ知らなーい。それに帰ってくる時ふー君と一緒だったって事は、そっちにも手伝わせたって事でしょ~? 誰かと一緒に集めていいなんて、トリィは一言も言ってないよぉ?」

「本当に一人で行かせたいなら『協力者を呼ぶな』と事前に言っておけ。お前はそういうところが甘いんだ」


 と、フレットに手伝ってもらったことがトレムリーにばれてしまい、魔王と部下の口論はますますヒートアップする。そんな二人の様子を、アルメーネとマリナは檻の中から見守っている(トレムリーを怒らせると手が付けられないので、横槍を入れるわけにもいかなかった)。


「とにかく、こんなんじゃ合格点はあげられませーん。ガッちゃんには補習として明日もう一度素材集めに行ってもらいま――」


 トレムリーがそう宣言しようとした矢先、ガルベナードは一瞬で彼女の懐に入り込み、みぞおちに光をまとった拳を叩き込む。人間でいえば急所にあたる部位に攻撃を受けたトレムリーは、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる(そもそも彼女は元から人形なので、この比喩表現が適切かは悩ましい所ではあるが)。どうやら魔王の一撃によって行動不能になったようだ。

 そうして動かなくなった部下をガルベナードは片手で拾い上げ、工房の作業台の上に無造作に寝かせる。部下が奔放なら上司も大概だった。


「い、今のは一体……?」

「トレムリーは魔力で動く人形だ。だからさっきみたいに魔力の流れを阻害してやれば、簡単に動きを止められるって訳だ。まあアイツのことだから朝になればいつも通りにしていると思うが」


 マリナの質問に対して、ガルベナードはそう説明する。それと同時に、魔王はすり抜けの魔法を使ってアルメーネとマリナを檻から解放する。部屋の主――もとい鬼の居ぬ間に洗濯というわけだ。


(ガルベナード様は涼しい顔をしていますが、今の魔力の流れを阻害する術は本来200文字以上の詠唱が必要なんですよね……それを一瞬の判断で使用できるあたり、さすがは魔王といったところでしょうか)


 一方のアルメーネは目を細め、なんとも言えない笑みを浮かべながら魔王の姿を見ていた。力技とはいえ、トレムリーの暴走を未然に防いだガルベナードを叱るのはいささか気が引けたらしい。


「……魔王様って、トレムリーさんに対してはいつもこんな感じなんですか……?」


 空腹で行き倒れたフレットの傷を治しながら、マリナが質問する。先ほどの魔王の一撃も、グリフォン戦での傷も聖女にかかればあっという間に元通りだ。


「ガルベナード様が行き過ぎた行動をとる部下に対して実力行使に踏み切ることは珍しくないのですが、トレムリー様はその元凶になりやすいですね」

「見ての通り自分ルールが激しいからな。まあ魔軍六座の中じゃにも同じくらい感情を引っ張り出されているが……今日は遅いから紹介は明日にするか」


 ガルベナードはそう言い、聖女とふたりの部下を連れて城の食堂へと向かっていく。その日は夕食ついでにマリナとフレットの顔合わせを行い、魔王城の面々はそのまま眠りについたのだった。

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