#32 想定外をチャンスに変えろ
「フレット、危なかったらすぐ後ろに下がれよ」
「言われなくてもわかってるって。大将こそ、オレの前で恥ずかしいところを見せないように気をつけるんだぞ」
ガルベナードとフレットによるグリフォン討伐戦は続く。フレットはグリフォンの足元に潜り込み双剣で攻撃を与えているが、皮膚が硬すぎてまともに刃が通らない。これ以上は攻撃を加えても無駄だと判断したフレットは、不本意ながらもグリフォンから離れ、いったん体制を整える。
一方のガルベナードはハヤブサの如く空を舞い、グリフォンの頭を狙って大剣を振り続けている。上空から急接近しては大剣を振り下ろすが、グリフォンが翼を使って巻き起こす風や、口から吐く炎の球によって致命傷は避けられてしまう。また今回はグリフォンの羽根や毛皮を素材として持ち帰る必要があるため、迂闊に炎のブレスや斬撃で取り分を減らすわけにはいかず、魔王は相当なハンデ戦を強いられていた。
(頭を潰せばすぐ終わると思ったんだが、向こうもそう簡単に倒されるつもりはないみたいだな……早くしないと電流草を取りに行く時間が無くなるし、ここからどうそうするべきか)
ガルベナードは体制を整えるため一度地上に降り、グリフォンの攻撃をかわすため後方へ距離を取っていたフレットの様子を確認する。ところどころに引っかき傷を負いながらも余裕そうな表情の部下に、魔王は尋ねる。
「フレット、グリフォンはかなり強い相手だが勝機は見出せたか?」
「そんなのが無くたって勝てるだろ。五割良ければすべて良しって言うからな」
フレットはそ自信満々に答えるや否や、グリフォンめがけて突撃していった。
(それを言うなら『終わり良ければすべて良し』だ……帰ったら補習が必要だな)
ガルベナードは呆れ顔を浮かべるも、後れを取るまいとグリフォンのほうへ飛んでいく――はずだったのだが、切り立った崖を持つ山岳の方向からこちらに向かってくる二つの影が見えたことで、魔王の表情は一気に厳しくなる。
(援軍!? グリフォンなんて一体だけでも厳しい相手なのに、こっちが人数不利を背負わされたら勝ち目が無くなっちまうぞ)
こちらに迫ってきたのは二頭のグリフォン。このままではガルベナード側が負けてしまいかねない――が、魔王はここで知恵を働かせる。
(いや待てよ、電流草の茎を詰め込めるだけってことは、逆に入れる場所がなかったら省いても構わないとも取れる。だからグリフォンの羽根と毛皮を袋いっぱいに詰めれば雷鳴の丘まで電流草を取りにいかずに済むし、三頭狩れれば分量としては十分だろう)
そのように戦略が固まったガルベナードは、
「フレット、大技使うから避ける準備をしとけ!」
とフレットに指示を出すが、
「やだね、このまま大将にいい所を持って行かれてもつまんねぇし」
と、ここで味方からのボイコットが入る。フレットはグリフォン達の注意を自分へ引きつけるかのように、そのまま敵陣に突撃していった。
「まったく……死んでも知らねぇぞ」
ガルベナードはそう吐き捨て、言うことを聞かない部下を無視して上空へと飛び立ち、大技の構えを取る。想定外の職務放棄はあったものの、敵の妨害を受けずに技の準備ができるのは好都合だった。ガルベナードの持つ大剣に闇のオーラが集まり、より一層大きな黒刃を形づくっていく。
そして、
「フィアネスブレイド!」
魔王が技名を叫ぶとともに、光すら飲み込むほどの巨大な斬撃が地面に向って放たれる――否、技を撃った後のガルベナードの両手には何も握られていない。彼は闇のオーラで作り上げた大剣すらも、斬撃と一緒にグリフォンのいる地上に向かって投げ飛ばしたのだ。斬撃は地面にぶつかり、魔王が思わず両手で耳を塞ぐほどのすさまじい轟音と衝撃が辺り一帯に響き渡る。ガルベナードとしては確実にグリフォンを仕留められる火力を放ったのだが、その断末魔も轟音にかき消されてまともに聞こえないほどだった。
程なくして視界が開け、地上の様子があらわになる。三頭のグリフォンは身体に大きく深い斬撃を負い、その場で血を流して倒れていた。彼らが動く様子はない。グリフォンの討伐など、本気を出した魔王にかかれば朝飯前だ。
……味方が巻き添えを食らって戦力が減ったら困るので、滅多なことでは本気を出さないのだが。
「……これも魔王軍のためだ」
ガルベナードはフレットの犠牲についてそう自分に言い聞かせ、衝撃によって割れた地面に降り立つ。それから素材回収のため土嚢袋を携え、倒れたグリフォンのもとへ歩を進めていった。
とその時、土煙でも吸い込んだのか、何者かが咳き込む声が聞こえてきた。少なくともガルベナードのものではない。彼が声のした方向に視線を向けると、割れた地面の下に隠れるように竜の翼をもつ少年がいた。
「……チッ、フレットの奴まだ生きてたか」
ガルベナードはフレットの生存を確認するなり舌打ちし、悪役じみた言葉をかける(そもそも魔王なので立派な悪役なのだが)。グリフォンを一撃で
「なんだよ、死んだほうがよかったみたいな言い方しやがって。せっかく攻撃を他の奴に受け流す技を覚えたから、大将にも見せてやろうと思ったのに」
と、フレットは生意気に言葉を返す。彼が座り込んでいる地面には深く切れ込みが入っており、ガルベナードが放った技の威力の高さがうかがえる(その大技の直撃を耐えたフレットの頑丈さも、少しは評価するべきなのかもしれない)。
「生憎グリフォンの翼と重なって見えなかったし、そもそも想定外を増やすのは勘弁してくれ。しかも身体じゅうに傷が出来てるってことは、まだその技も未完成なんだろう?」
「うっ…………」
ガルベナードの発言が図星だったのか、フレットは黙り込んでしまう。彼の身体にできた傷は技を発動する前に負ったものであり、フレットがまだ受け流しを短い間だけ――それこそ、魔王の大技を食らう一瞬でしか使えないことを物語っていた。
「まあいい。さっさと素材を集めて魔王城に帰るから、フレットも手伝え」
「……腹減って動けねぇ」
「仕方ねぇ。俺の作業が終わるまでグリフォンの肉でも食って、帰りに荷物運びを頼むぞ」
ガルベナードはそう言ってグリフォンの羽根を集め始める。絶えず風が吹き荒れる嵐の渓谷には、つかの間の平和が訪れていた。
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