#31 魔族領でひと狩りいこうぜ

「フレット、ちゃんとついてきてるかー?」


 魔軍六座のフレットを加え、グリフォンを狩るべくボルゴン山の南西に位置する嵐の渓谷へと向かうガルベナード。黒い翼を広げて魔族領の空を飛ぶ魔王は、後に続く部下に向かって呼びかけた。


「当たり前だろ。大将にばっかり見せ場を持っていかれたら、つまんないからな……」


 フレットは気丈に返答したつもりだったが、その声はどこか弱々しい。ガルベナードが振り向いて様子を確認すると、フレットは上司よりも低い位置をふらつきながら飛んでいた。翼に力が入らないのだろうか、これではいつバランスを崩して地面に落ちて行ってもおかしくない。


(そういえばフレットはすぐに腹が減る奴だったな……戦いの最中に倒れちまったら困るし、ここらで腹ごしらえしとくか)


 そんな後続の様子を見て重要なことを思い出したガルベナードは、


「フレット、一旦降りて飯にするぞ」


 と後ろに声をかけ、澱みない動きで地面へと降りていく。フレットも上司に続いて地面に降りるが、先ほどまでのいつ墜落してもおかしくない飛行姿勢とは打って変わって、彼の足取りは意外としっかりしている。


「それじゃあ火おこしと食材を運んでくるの、どっちか好きなほうをフレットに頼みたいんだが――」

「そりゃあもちろん材料運びに決まってるだろ。大将がびっくりするくらいの大物を獲ってくるぜ!」


 フレットは威勢よく返事をすると、意気揚々と森の中へ足を踏み入れていく。そんな彼の姿を見て、


(まったく、もうすぐ飯が食えると分かった途端元気になりやがって……まあ上司おれからしても扱いやすくて助かるんだが)


 と、ガルベナードは笑い半分の呆れ顔になりながらも、足元に落ちていた石を円形に並べ始める。石の内側に木の枝を組み上げ、魔法でも使って点火すれば即席のキャンプファイヤーの出来上がりだ。

 そうしているうちに、


「戻ったぜ、大将!」

と、フレットが獲物を肩に担いで帰ってきた。先ほどの不調が嘘のように、彼の瞳は生気で満ち溢れている。


「おう、おかえり」


 ガルベナードも返事をする。彼はフレットから食材を受け取ると、肩掛けカバンからサバイバルナイフを取り出し、慣れた手つきで獲物を解体していく。肉を適当な大きさに切り分け、各自で持ってきた短剣に突き刺したなら、あとは食べ頃になるまで焼くだけだ。


「上手に焼けました……ってか?」

「おぉ、やっぱり大将は焼き方が違うぜ! オレのなんか真っ黒焦げの部分ができちまったよ」


 ガルベナードは上機嫌に、フレットは興奮気味に肉を焼いていく。さすがに肉を回転させながら焼く設備は持ってこれなかったが、それでもハンター気分を味わうには申し分ない。

 ……焼いている肉が愛くるしい猫の魔物だったので、城の女性陣からは可哀想だと非難の声が上がりそうだが。


「それじゃ、いただきます」

「うまい! やっぱり自分で獲ってきた肉は味が違うぜ!」

「お、おう……ちゃんと噛んで食べろよ」


 フレットが勢いよく肉にかぶりつき、満面の笑みを浮かべる。これに対してガルベナードの食べ方はだいぶ落ち着いており、苦笑いを浮かべながらも隣に座るフレットをあたたかな眼差しで見守っていた。

 そうして二人がしばらくの間無心で昼食を食べていた、その時。


 突然バサバサと荒々しい羽音がしたと思いきや、けたたましい鳥の鳴き声とともに魔王のマントを翻すほどの突風が吹いてきた。ガルベナードはすぐさま立ち上がり、風上のほうを向いて警戒態勢に入る。


(グリフォン!? こんな生息地から外れた場所まで一体何をしに来たんだ……? しかも大型の個体じゃねぇか)

 鳴き声の方向を確認するなり、ガルベナードの表情は一気に険しくなる。猛禽の頭と翼に獅子の胴体を持つグリフォンは凶暴な性格で、人間の勇者たちが返り討ちに遭った記録もあるほどだ。魔王と言えど、油断すれば致命傷を食らいかねない。


(そういえばアルメーネから「人間領から戻る途中、嵐の渓谷で崖にヒビが入っているのを見た」って報告があったな……それが崩れたせいで、パニックになって暴れだしたってところか)


 ガルベナードは安全のため魔法でキャンプファイヤーの火を消しながら、こちらに向かってくるグリフォンを見て推測する。狩りのターゲットが自らやってきたのはいいが、油断すればこちらの命が危ないことに変わりはない。加えて相手は前足が魔王の身長ほどもあり、戦いでは体格差を考慮した立ち回りが必要になる。


「フレット、緊急事態だ。グリフォンを迎え撃つぞ」

 ガルベナードはそう言い、虚空に向かって右手をかざす。彼の手の周りには暗黒のオーラが集まりだし、次第に武器のような形をなしていく。やがてオーラは魔王の背丈と変わらぬ長さの大剣となり、実体として主の手に収まった。


「よっしゃ、やってやるぜ!」

 フレットは上機嫌に返事をすると、腰にさげていた双剣を鞘から抜いて構えを取る。そうしている間にも、ガルベナードは背中の翼を大きく広げてグリフォンを威嚇し、両手で持った大剣を横に一振りして衝撃波を発生させる。衝撃波はすぐに消えてしまったが、相手の注意をこちらに向けるには十分だ。


(とはいえ今回は素材を集めないといけないから、胴体や翼ばかり斬っていると使える部分が減ってしまう……難しいところだな)


 ガルベナードはそんなことを考えながらも、地面を蹴って上空へと飛び立つ。一方のフレットはドラゴンの本能のまま、闘志をあらわに突進していく。魔王と若き竜による狩りが、今まさに始まろうとしていた。

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