#30 火山に住まう竜の師弟
魔王城の西方、魔族領のほぼ中央に位置するボルゴン山。トレムリーに頼まれた素材を集めるべく、ガルベナードは大型の肩掛けカバンに依頼者から渡された土嚢袋を詰め込んで、この火山へとやってきた。周囲の山肌はいたるところに裂け目が生じ、溶岩が絶え間なく噴き出ている。加えて上空は
「それで、必要なのがラーヴァルビーの塊にグリフォンの羽と毛皮、あとは電流草の茎を詰め込めるだけ……か。
注文票を見ながらガルベナードはつぶやく。彼自身は平静を保っているつもりだったが、やはり火山は熱いらしく額からは汗がにじみ出ている。
「まったくトレムリーの奴、無茶な注文しやがって……ラーヴァルビーはここの火山で採れるけど、電流草は凶魔の草原を抜けて雷鳴の丘までいかないとまとまった量が取れないんだよなぁ。グリフォンの生息地も離れてるし、俺ひとりだと暗くなるまでに終わるか怪しいから増援を呼ぶか」
ガルベナードはそう言い、灼熱の地を進んでいく。そうして目的地となる溶岩洞内の一角までたどり着くと、彼は真っ暗な穴の奥のほうに向かって、
「爺さん、俺だ。フレットを鍛えるのと、いつもの素材を取りに来た」
と話しかける。しばらくすると、レンガ色の鱗を持つドラゴンが洞穴の中から姿を現した。ドラゴンはガルベナードの胴体くらいの大きさの頭を穴から出すや否や、
「何じゃ、若い奴が騒ぎおって。ワシの可愛いフレット――オホン、ワシら竜の住処を荒らそうもんなら魔王と言えど容赦はせんぞ」
と、年寄り特有のしゃがれた声で若き魔王に注意喚起をする。ドラゴンの名はフレゴール――先代魔王のもとで幹部を務めた実力者ではあるのだが、年のせいか昔と比べて動作がゆっくりしているのも事実だ。
「落ち着け爺さん。俺はフレットを鍛えるのと、いつもの素材を貰うために来ただけだ。年取ったせいで耳でも遠くなったか?」
「耳が遠くなったじゃと!? 年を取って聞こえが悪くなるのは寿命の短い人間だけじゃろうに、ワシを奴らと一緒にするでないぞ。第一ワシは――」
「そんなに喋ってる暇があったら早くマグマペッパーとラーヴァルビーをこっちに渡してくれ。今日は俺も急いでるんだ」
ガルベナードは年寄りの小言を受け流しつつ用件を話す。フレゴールは「まったく、久々に顔を出したと思えばつまらん話ばかりしおって」などとぶつぶつ言いながら、洞窟の奥へと戻っていった。
「ほれ、お前さんが言う通りの物を持ってきたぞい。フレットも身支度が終わればそのうち来るじゃろう」
「了解。話が早くて助かる」
フレゴールは洞窟の奥から再び顔を出すなり、ガルベナードにラーヴァルビーとマグマペッパーを差し出す。マグマペッパーは大きな手で一掴みにして持ってきたせいか、魔王に手渡す際に指の隙間からいくつかこぼれ落ちていった。
そうしてガルベナードが受け取ったラーヴァルビーを土嚢袋に詰めていると、ドラゴンの翼と尻尾を持つ少年がフレゴールの身体の下をくぐるように姿を現す。背丈は人間で言うと十歳くらいだろうか、正面に立つガルベナードと比べるとかなり低い。しかし見た目に騙されてはいけない――この少年はフレゴールの孫であり、現在の魔軍六座の一角を担っているのだから。
「よぉ大将、今日はオレを鍛えるためにここに来たんだって? わざわざ出向いてきたくらいなんだから、ちゃんと効果のある修行をさせてくれよな」
「これフレット! 魔王相手に失礼な口の聞き方をしおって!」
少年が遠慮知らずにガルベナードに話しかける。尊大な態度を取る孫をフレゴールは焦って叱りつけるが、
「まあ、俺もフレットくらいの歳には散々叱られてたし、この時期の男子は大体そんなもんだろ」
と、床に散らばったマグマペッパーを拾って肩掛けカバンに詰めていたガルベナードに軽く流されてしまう。魔王自身は気にしていないようだが、「これではいつまでたってもフレットが礼儀を覚えない」という指摘がよく挙がるのも事実だ。
「言っておくが、フレットはワシの大切な家族じゃ。かわいい孫を危険な目に遭わせるなど、魔軍六座が許してもこのワシが許さんぞ」
「それは俺も百回くらい聞いたからさすがに承知済みだ」
フレゴールがふたたび魔王に向かって釘を刺すが、またしても軽くあしらわれてしまう。そもそも彼がまだ幼いフレットを魔軍六座に配属させているのには、深い理由があった。
前提として、ドラゴンの間には別種の魔族に付き従うことを良しとしない風潮が昔から存在する。フレゴールが魔軍六座を務めていたのも、「ドラゴン族から魔王軍の幹部を一名選出する代わりに、魔王はドラゴン達の自治権を保証する」という取引があったからだ。そんな共同体から幹部の後任を募ったところで誰も名乗りを上げないのだが、かといって空いた席を他の魔族に座らせるのもドラゴンのプライドが許さなかった。
そのため、彼は孫のフレットを一人前の幹部に育て上げようとしている――多くの可能性を秘めた若い命が、ドラゴン族の悪しき風潮に染まりきる前に。フレットを魔軍六座に就かせているのも、早いうちから幹部としての自覚を持たせるためである。
……と言っても、この歳の男子は大抵わんぱくなので効果はあまり実感できないのだが。
「そんなわけで、グリフォンを倒しに行くぞ」
マグマペッパーを詰め終えたガルベナードは来た道を振り返り、洞窟の出口へと歩いていく。
「りょーかい! 大将にカッコいい所見せてやるぜ!」
フレットもそう言い、ガルベナードに続いて歩き出す。そうして二人は洞窟の出口で立ち止まり、翼を広げて上空へと飛び立っていった。
「おうおう、元気なのはいいことじゃが、ケガだけはせんように気をつけるんじゃぞ」
遅れて出口までやってきたフレゴールが、餞別の言葉をかける。彼が見送る孫と魔王の後ろ姿は、実の兄弟と見間違えるほどよく似ていた。
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