#29 突発! ガールズトーク(?)

「うーん、せっかくみんないるんだし一人じゃできないことをやりたいわ!」


 女子3人の会話が続く魔王城の工房。トレムリーの突飛な発言に、マリナとアルメーネは振り回されっぱなしだった。もっともマリナとアルメーネはケージに閉じ込められたままなのだが、その状態で二人を翻弄するトレムリーにはある意味での恐ろしさを感じずにはいられない。


「トレム――ではなく、トリィさんの言いたいことは分かったのですが、先ほどの作業は中断したままで良いのでしょうか……?」

「別にー。ゴーレムさん達がメンテナンスの途中でもガッちゃんから怒られたことなんてないし」

(確かにガルベナード様はそれで怒るような性格ではないと思うのですが、トレムリー様にはもう少し魔軍六座としての自覚を持って行動してほしいものです……)


 マリナが尋ねるも、トレムリーは自分のやりたいことしか眼中にない。そんな彼女を見るアルメーネも呆れ顔だ。


「それで、トリィさんの『一人じゃできないこと』とは一体何でしょう?」

「そりゃあ、女の子が集まった時にすることと言えばガールズトークに決まってるじゃない! 魔族領このへんには話ができそうな子が中々いなかったから、いつまでたってもトークできなくてずっとウズウズしてたわ」


 トレムリーは無邪気な笑顔でマリナの問いに答える。一方のアルメーネは、


(ガールズトークですか。わたくしとしてはこれまで縁がなかったのでうまく話せる自信がないですね……そもそもトレムリー様がどうやってガールズトークに関する知識を得たのかも謎ですが)


 と、少し不安げな様子でトレムリーを見つめている。すると、


「それじゃあまずはトリィからなんだけど…………そもそもトリィは人形なので、ガールズトークでよく話題になる恋バナや料理については一切縁がないし、話すことも何もありませ~ん☆ 以上!」


(まさかの一瞬で終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! これではガールズトークを始めた意味がなくなってしまいますが……いや、魔王こちら側が不利になる情報をマリナ様に与えないために“あえて”何も話さなかったのならば良しとしますか)


 予想だにしなかった展開に、アルメーネは心の中で絶叫する。第一トレムリーがガールズトークの正しい形を知っているかも怪しかったのだが、その予想は的中したと見て間違いないだろう。


「とゆーわけで、次はマリリンの番だよー☆ マリリンはニンゲンだから、トリィ達の知らない話が聞けそうでワクワクしちゃうね~♪」


 一方トレムリーの勢いはとどまることを知らず、ケージの向こうでたたずむマリナに話す順番を回していく。


「そう期待されているところで申し訳ないのですが、私も話すことは特にないです……お祈りと病気の治療、あとは聖典を読むだけの毎日を過ごしてきたので」

「なーんだ、残念。てことで次はねーねの番だよー☆」


 しかしマリナもガールズトークの経験は無く、一向に会話が広がらない。トレムリーは頼みの綱と言わんばかりにアルメーネに話題を振った。


「わ、わたくしですか!? 正直ガールズトークで出せる話題も上手く話せる自信も無いのですが――」

「そんなワケないでしょー。ねーねはサキュバスなんだから、トリィ達の知らないあんなコトやこんなコトもモチロン知ってるんだよねー♪」


 トレムリーからの唐突な声掛けに、アルメーネは狼狽える。しかしそんな彼女の様子などお構いなしに、トレムリーは同僚に催促をかける。彼女の様子を見る限り、トレムリーには魔王軍が不利になる情報を隠し通すという考えはなさそうだ。


「そ、それはサキュバスに対する一般的なイメージであって、必ずしも全員に当てはまるわけでは――」

「あのー、水を差すようで悪いのですが、サキュバスについて説明お願いできますか? 私はずっと大聖堂で過ごしてきたので、知らないことが多いのです……」


 しどろもどろに答えるアルメーネの横で、マリナが尋ねる。するとアルメーネはいつもの口調に戻り、


「サキュバスは悪魔系に分類される魔族の一種で、相手に思い通りの夢を見せる術が得意といわれています。また容姿は人間の若い女性に似ることが多く、人間の男性と“交わる”ことで自身の力を高めることができ――――って、これを自分で説明するのも恥ずかしいんですけど!?」


 と説明をしていたが、途中で説明文の中に己の羞恥心を試されるような言葉が入っていたことに彼女は気づく。そうしてアルメーネは慌てて後ずさりながら両手で顔を覆い、ケージの縁でしゃがみ込んでしまった。


「ねーねが言い始めたんだから仕方ないじゃん。あとねーねはさっきのサキュバスの説明とずいぶん性格が違う気がするんだけど、何でかな~?」


 トレムリーは自業自得と言わんばかりに言葉を返しつつ、勘繰るようにアルメーネの指の隙間から顔を覗き込む。


「それについてなんですが、わたくしは育ての親が別種の魔族だったため、サキュバスとしての本能がうまく機能しないのかもしれません……ですので、わたくしの出生に関してはあまり触れないでいただきたいです……」

「ふーん、そーなんだ」


 アルメーネは両手で顔を覆ったままゆっくりと横に倒れこみ、身体を震わせながらか細い声で答える。彼女の背中の翼も重力に沿って次第に垂れていき、翼の先端が床に触れると同時に身体の震えもぴたりと止んだ。


「アルメーネさん、動かなくなっちゃいましたね……どうすればいいでしょう」

「んー、たぶん放っておけばそのうち元通りになるから、そのままでいいんじゃないかな。さすがにトリィじゃ直せないし」


 機能停止してしまったアルメーネを見て、マリナとトレムリーが顔を見合わせる。こうして、唐突に始まったガールズトークはその体を成さないまま、流れるように終わってしまったのだった。

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