#28 同性と異性で態度が違う奴っているよね

 ガルベナードが去っていき、女子三人が残されることとなった魔王城の工房。アルメーネとマリナは相変わらず鋼鉄のケージに閉じ込められたまま、部屋の天井から吊り下げられている。一方のトレムリーは鼻歌まじりに作業台に乗ったゴーレムの整備を進めていた。


「あ、改めてお聞きしますが、あちらの方は一体どなたなのでしょう……?」


 マリナがおずおずとアルメーネに尋ねる。


「向こうで作業をしているのはトレムリー様で、主に魔王城の作業員として働くゴーレムの製造や管理を担当しています。技術面は申し分ないのですが、気に入らないことがあるとすぐにへそを曲げてしまうので、我々としてはコミュニケーションに苦労しています。先日も『ガッちゃんがいつまでたっても世界征服やお姫様をさらったりしないなら、代わりにトリィが魔王らしいことをする』などと言っていましたし」

「そこ、聞こえてるよ」


 アルメーネは真面目にトレムリーのことを紹介するも、当の本人に陰口と勘違いされ工房内の雰囲気を悪化させてしまう。


「ねーねってば、トリィの悪い評判をニンゲンに広めようなんていい度胸してるじゃない。このまんまじゃ不公平だから、そこにいるニンゲンの秘密もトリィに教えてもらうよー☆」


 トレムリーはそう言いながら作業台の上に置かれたスイッチを押し、アルメーネとマリナが入ったケージを地面まで下ろしていく。床まで降りきったケージに一歩ずつ近づく彼女は口角を上げ、獲物のネズミを追い詰めた猫のような目をしていた。


「トレムリー様、先ほどの会話を悪評と断定するのはいくら何でも早急だと思うのですが……」

言い訳いーわけ無用! さっさと答えなさい!」


 アルメーネが制止を試みるも、トレムリーは聞く耳を持たない。加えて勝気な表情と口ぶりから、彼女は人間であるマリナを完全に格下に見ているのだろう(最近覚えたばかりの言葉を得意げに使っているだけかもしれないが)。そんなトレムリーの言動を、


(なんだかガルベナード様がいなくなってから、トレムリー様の態度がガラリと変わっていますね……これはもしや『同性への対抗意識』という物でしょうか)


 とアルメーネは自分なりに考察しようとするが、やはり完璧には理解しきれない。


「私の秘密……そうですね、強いて言えばキノコが苦手なことでしょうか。あの独特な食感がどうしても好きになれないんです」

(マリナ様としては真面目に答えたつもりなのでしょうが、この秘密を弱みとして握っておくには頼りないですね……とはいえ、メニューを作るうえでの参考にはなるので聞けただけ良しとしましょう)


 そしてマリナはマリナで自身の秘密をカミングアウトするが、この情報は知ったところで豆知識くらいにしかならない。しかし、


「ふーん……そこのニンゲンも思ってたより面白そうね。ここまで来たらアナタの名前もトリィ――じゃない、このトレムリー様に教えてもらおうかしら」


 と、トレムリーの反応は思ったより悪くない。この調子なら事態を丸く収められると感じたアルメーネは、ひとまず頬を緩めた。


「私の名前はマリナ。クランドル正教の聖女です」

「へー、マリナっていうのね……じゃああだ名はマリリンだね! トクベツにトリィって呼んでいいから、この先もよろしくねっ☆」

「よろしくお願いします」

 続くマリナの自己紹介に対して、トレムリーは屈託のない笑顔で答える。マリナに謎のあだ名がつけられてしまったものの、ワガママ少女が暴走する危険性は大きく下がったといえるだろう。


(マリナ様のあだ名がマリリンとは、分かりやすくて羨ましいです……わたくしは「ねーね」と呼ばれてすぐに反応できないことが未だにあるので)

 一方のアルメーネは変なところでマリナにやきもちをやいていたが。


「トレムリー様、先ほどから行動の主旨が目まぐるしく変わっているように見えます。わたくしとしてはそれで誰かに迷惑をかけないか心配なのですが……」

「なーに~? トリィはやりたいことを好きなよーにやってるだけだよー? 口出しや邪魔をするなら、ねーねもゴーレムさんたちの動作テストにつきあってもらうからね~☆」


 アルメーネの疑問に対して、トレムリーは無邪気な笑顔のまま物騒なことを言う。というのも、彼女が行うゴーレムの動作テストは他の魔族相手にパンチやキックなどの肉弾戦を繰り広げ、その激しさに途中で逃げ出す者もいるという過酷さで魔王軍の面々に知られているからだ。


(やっぱりトレムリー様を怒らせるとロクなことがないですね……先日もわたくしがゴーレムの見分けがつかずに名前を間違ったときもそうでしたが)


 アルメーネは体を小刻みに震わせながら、心の中でそうつぶやく。彼女としては、一刻も早く心の安寧が訪れることを願うばかりだった。

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