#27 工房を統べるわがままドール

 魔王城の敷地内に建てられた工房。そこには機織り機やかまど、大鍋や鋳型といった魔王軍で必要になる物品を作るための設備がひと通り揃えられている。工房内の間取りは、道具を収納する棚や大掛かりな器具が壁際に並び、部屋の中央には作業台が置かれているといった様相だ。


 魔王ガルベナードは朝食を食べ終わるや否や、アルメーネとマリナを連れてこの場所へとやってきた。その目的は二つ――工房の管理者にマリナを紹介することと、今後修復する魔王城の屋根の塗装に使う塗料の調合依頼である。


「トレムリー、俺だ。入るぞ」


 ガルベナードはそう言い、ずかずかと工房内へ入っていく。アルメーネとマリナも彼の後に続いて建物へ入っていった――その時。


「ちょっとガッちゃん、朝っぱらからレディの部屋に入ってくるだなんて、いくら何でもデリカシーがなさすぎるじゃない! トリィなんてまだお化粧もしてないのに」


 と、魔王の一言にふくれ顔で返事をしてきたのは、工房内に並べられた作業台に座っているゴスロリ衣装の少女だった。一見普通の人間かと思いきや、トリィと名乗る少女の指や膝といった関節部はいくつかの木製パーツでできており、それらは彼女が魔力によって動く人形であることを暗に語っていた。


(レディの部屋にしては内装がいかつすぎるし、化粧以前に足を組んで作業台に座っているのが気になるところだが……それよりも今は業務連絡が優先だな)


 ガルベナードはツッコミを入れたい気持ちを抑えて、作業台に座る魔導人形に話しかける。トレムリー、もとい目の前にいる工房のあるじにはなるべく逆らわないほうが身のためだということを、魔王は知っていたからだ。

 しかし、


「今回俺がここに来た目的は二つある。ひとつ目は魔王城で預かることになった聖女マリナの紹介。ふたつ目は――っ!?」


 と、ガルベナードが説明をしている最中にガシャンと音が鳴り、上から落ちてきた鉄製の巨大な鳥かごにマリナとアルメーネが閉じ込められてしまう。ふたりが入った鳥かごは工房の天井に吊り下げられ、さながら囚われの姫君といった様相だ。


「こ、これは一体どういうことでしょう……!?」

 突然の出来事に、マリナも思わず声を上げる。


「だってガッちゃんがここに来る時って、大体いつもつまんない頼み事してくるじゃん? だから今日はトリィの頼みを聞いてもらうの」

「お前なぁ……そういうのをワガママっていうんだぞ、トレムリー」


 トレムリーが無邪気に話す一方で、ガルベナードは呆れ顔で忠告する。この魔王が用のない限り工房へ行こうとしないのは、たいてい管理者が不公平な依頼を持ちかけてくるためだった。


「頼みを聞いてもらいたいからと言って、わたくし達をわざわざ捕獲する必要はあったのでしょうか? トレムリー様にとっては平気でも、我々からすれば命に関わる怪我を負っていたかもしれないのですよ……?」

「こーでもしないとガッちゃんは動いてくれないし、カゴに捕まったのは避けなかったねーね達が悪い」


 ガルベナードに続いてアルメーネが諭そうにも、トレムリーはまるで聞く耳を持たない。


「とゆーワケで、ガッちゃんには今からトリィが指定する素材を集めてもらいまーす☆ 日が沈むまでに戻ってこれなかったら……ふふっ、この二人はどうなっちゃっても知らないよ~♪」

「はぁ……仕方ねーなぁ」


 トレムリーはそう言うと、注文票という名の羊皮紙を手に取り上司のもとへスキップしていく。そのように自由奔放な部下の様子を見て、ガルベナードは呆れたように溜め息をついた。


「それじゃ、『いつものアレ』おねがーい☆」

「……かしこまりました。トレムリーお嬢様のお望み通りの品を持ってきましょう」


 合言葉を欲しがるトレムリーから羊皮紙を受け取ったガルベナードは、さながら執事のように恭しくお辞儀をして後ろへ下がる。それを聞いたトレムリーも「わ~い♪」と、ご機嫌そうな声を上げた。なお、


(まったく、魔王の俺にガラでもない事させやがって……まあ断ったら癇癪を起こされるから、それよりは百倍マシだが)

 と、執事ごっこを強制的にやらされている側としては不満極まりない模様。魔族領を統べる魔王であっても、泣く子と地頭には勝てないのであった(いうまでもなくトレムリーは前者に分類される)。


「てなわけで、俺は素材集めに行ってくる。アルメーネはその間、マリナをトレムリーに紹介しておいてくれ」

「は、はい」


 ガルベナードはそう言って、工房を後にしていく。その背を見送るアルメーネに今後更なる心労が積み重なることは言うまでもなかった。

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