#17 少なくとも食用ではなさそうな極彩色のタマゴ

「城主様ばかり用事を出すのは、不公平…………今度は、私の番…………」

「それはわかったから一旦ツタをほどいてくれ。というかさっき自分でゆるめに巻き付いたほうがいいとか言っておいて巻き方がガチなんだが」


 自分ばかりが要求を出すガルベナードに対して、グリージュはツタを絡めて彼を拘束する。そんな彼女も上司の嫌がる素振りを見てツタをほどくが、その表情は心なしか怒られてしゅんとしているようにも見えた。


「……で、グリージュの用事とはいったい何なんだ?」

「ここの草むらに…………例のものを隠してあります…………」

(例のものと言われましても、わたくしたちはそれが何なのかまだ分かっていないのですが)


 グリージュはツタを伸ばし、中庭の一角にある草むらを指し示す。心の中でツッコミを入れるアルメーネを横目にガルベナードが草をかき分けると、中に不思議なタマゴが入っていた。タマゴの表面には赤、青、白、黒など様々な色が大理石のような模様が表れている。大きさは人間の赤ん坊くらいで、ガルベナードが慎重に持ち上げてみるとずっしりと重かった。


「……何だこれは」

「ここの庭に落ちていたタマゴ…………どうにか、孵化させてあげたい…………」


 ガルベナードからの質問にグリージュが答える。アルメーネの説明通り、彼女は元々穏やかで植物や小動物が好きな性格をしている。このタマゴを無事に孵化させたいと思うのも、自然なことなのだろう。


「なるほどな。魔軍六座の他の奴らだと食用にしたり実験に使ったりしそうだから、グリージュは俺にこのタマゴを託したかったって訳か。中庭ここで孵化させるにも、昨日みたいに魔物が襲ってくるかもしれないからな」


 ガルベナードの言葉に、グリージュは小さくうなずく。


「こんな見た目のものを調理して食べるんですか……魔族の考えることは、私のような人間と異なるんですね……」

「一応言っておきますが、このタマゴを食用にするのは魔族の中でも少数派です。有害な成分が入っているかもしれませんので」


 魔族領での食文化の違いにショックを受けるマリナ。そんな彼女の隣で、アルメーネが補足説明を行った。




「とりあえず、こいつを執務室に持っていくとするか」

 ガルベナードはそう言い、タマゴを両手で抱えて立ち上がる。そんな中、


「グリージュは根を張って、ずっとここにいる…………それが定め…………」

 と、グリージュが脈絡もなさそうなことをつぶやく。その発言を聞いたマリナは、


「も、もしかしてグリージュさんはここから動くことができないのですか……!? 私は喋る植物なんて見たことがありませんでしたし、さっき魔王様が言っていた直立不動というのも何かの冗談だと思っていたので、恥ずかしい限りです……」


 と、真っ赤になった顔を両手で隠すようにしながら、小刻みに体を震わせる。彼女の様子を見たグリージュは、


「大丈夫…………間違いは、誰にでもあるから…………」


 と言い、マリナの頭を葉っぱのついたツタで優しく撫でる。グリージュが口下手でも優しさを持っていることを表す行動だった。

 そんな女同士のやり取りをガルベナードは気に留めることなく、


「別にタマゴを運ぶことくらい、俺一人で事足りる。お前たちは中庭で待機してろ」


 と言い残し、背中の翼を広げて地面を蹴り、上空へと飛び立つ。それと同時に衝撃波が巻き起こり、中庭を覆う草の切れ端が辺りに舞い上がった。ガルベナードの姿はみるみるうちに遠ざかり、城の屋根上に停まったかと思えば、そのまま隣に空いてある穴から城内へと姿を消していった。まさかの二日連続での穴利用である。


(ガルベナード様ったら、城内に戻るなら来た時と同じ通用口を使えばいいのに、どうして屋根に空いた穴から入っていくのでしょう……何かの衝撃でタマゴが割れてしまう可能性もあるのに)


 当然アルメーネは上司のことを心配するのだが、それでガルベナードが戻ってくるわけもなく、後のことは彼に任せる他なかった。


「勝手に行ってしまいましたが、彼一人で大丈夫でしょうか……?」

「正直に言うと、不安が全くないわけではありませんね。何しろガルベナード様のことですので、ガラクタで作り上げた巣に我流の適当な魔法を使って温めているかもしれません。まっとうな環境が作られているかどうか、あとで抜き打ち検査に行こうと思いますわ」


 マリナも同じことを考えていたのか、アルメーネの顔を覗き込みながら尋ねる。アルメーネが不愉快そうな表情で返答する中、


「城主様は、仲間を大事にする…………グリージュ、信じて待つだけ…………」


 と、グリージュがおもむろにつぶやく。悲しい話だがその発言は的を射ており、今の彼女たちにできるのは文字通り信じて待つことだけだった。

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