第2章 魔軍六座編

#16 中庭の番人はコミュ障でした

 ガルベナードに案内されるがまま、魔王城の中を進んでいくマリナとアルメーネ。魔軍六座の一人がいる場所として一行がやってきたのは、石造りの扉の奥に位置する魔王城の中庭だった。

 別世界の尺度でいえばサッカーコートくらいの面積を持つこの場所は、資料によれば城に攻めてきた敵を屋根の上から撃ち抜くために設計されたらしい。しかし実際にそのような使われ方をされたことは数えるほどしかなく、現在では足元に草本が生え、石壁をツタが覆い、さながら小さな植物園のようになっている。


「なんと言えばいいのでしょう……魔王様に昨日上空から見せていただいたのとは、また違った場所のように感じます。言葉にするのが難しいんですけど、お城の中にいるのに、なんだか癒されるというか」

「そうか。お前にとって珍しいものを見られたなら、俺も案内した甲斐がある」

「ちなみにここに生えている植物は、大部分が瘴気濃度の高い魔族領に適応した固有種となっています。人間領の植物と比較してみるのも面白いかもしれませんね」


 三者三様の会話をしながら、一行は中庭を歩いていく。


「ところで、今回お会いするのは一体どんな方なのでしょう……?」

「そうですね……彼女は会話は苦手ですが、穏やかで植物や鳥を非常に愛していらっしゃいます。それから木の枝で様々なものを作ってくれますね」

「俺としては直立不動の時点で相当な変わり者だとは思うが……まあ奴は魔軍六座の中でも実害の少ないほうだから安心しろ」

(ガルベナード様はそう仰っていますが、本人の性格からするといずれ魔軍六座全員と顔合わせさせるつもりなのでしょう……その場合ここでマリナ様を安心させた意味が無くなってしまいますね……)


 そんな他愛のない会話の中で、アルメーネが上司の発言に対して呆れたように苦笑いを浮かべていると、


「着いたぞ」


 とガルベナードの声がかかり、一行は歩みを止める。彼らの眼前には、幹の周りにツタを這わせた一本の木があるだけで、他の生き物の姿は見当たらない。それでもガルベナードは躊躇うことなく、


「グリージュ、俺だ。朝早くからすまないが、お前に少しばかり用事がある」


 と、目の前の立ち木に向かって話しかける。また魔王が突飛な行動に走ったかとマリナが思ったその時。


「城主様…………? ロリコンに、なったのです…………?」


 魔王の呼びかけに対して、おどおどとした女性の声が答える。女性の声といってもマリナやアルメーネとは違うもので、その声が聞こえた方向には魔王城の三階くらいの高さがある木が立っているだけだ。


「んな訳あるか。こっちにいる人間は城の天井から降ってきたところを預かってるだけだ。お前なんかのツタで彼女が絞め殺されたりしたら困るから、こうやって話をしに来ている。いいな?」

「なるほど…………城主様には、ゆるめに巻き付いたほうがいい…………と」

(駄目だこいつ、まるで会話が噛み合わねぇ……まあいつものことだが)


 ガルベナードと謎の声との会話は続く。眼前のシュールな光景とちぐはぐな会話内容のせいで、マリナの頭上には沢山の疑問符が浮かんでいる。


「えっと、これは一体どういうことなのでしょうか……?」

「コホン、今我々の目の前にガルベナード様と話をしている立ち木が見えますが、その木の正体こそが『魔軍六座』の一角たるグリージュ様でございます。何を根拠にガルベナード様をロリコンと認識したかは理解しかねますが」


 マリナの質問に対して、アルメーネが説明する。マリナはそれでも理解が追い付かずに首をかしげていたが、正面に立っている木の幹の上方には、よく見ると人の顔のようなくぼみがある。そのくぼみがガルベナードとの会話に合わせて動いているのを見て、マリナはようやく立ち木がグリージュであることを理解した。


「というわけでグリージュ、お前のもとにマリナを連れてきた。ふたりとも自己紹介を頼む」

「初めまして、クランドル正教のマリナと申します。よろしくお願いいたします」


 ガルベナードに促され、マリナは笑顔で挨拶する。一方、


「グリージュは、魔軍六座の一員…………食べてもきっと、美味しくない…………」

「いやいや、食用に向かないことよりも自己紹介で優先して話すことはいろいろあるだろうが。お前の普段の仕事は何なのか、自分でわかってるんだろうな?」


 といったように、グリージュの受け答えはまるで内容が噛み合わない。これにはさすがのガルベナードも口調を強めて問いただす。


「グリージュの仕事…………ここの庭を、見張る…………?」

「疑問形なのは腑に落ちないが……及第点とするか。こんな奴だが、マリナも仲良くしてやってくれ」

「かしこまりました」


 グリージュの回答に対してガルベナードは半ば呆れたように返し、マリナのほうを向いて話しかける。彼に視線を向けられた聖女は、変わらぬ笑顔で返答した。


(そしてグリージュ様は相変わらず黙っていらっしゃるのですね……)

「まあ何はともあれ、マリナをグリージュに紹介するのは無事に終わったな。それから二つ目の用事なんだが――」


 数あるタスクのうちのひとつを終わらせたことで、ガルベナードはアルメーネと顔を合わせ、次に進もうとする。しかし、


「城主様ばかり用事を出すのは、不公平…………今度は、私の番…………」


 とグリージュに言われ、魔王はそのまま彼女のツタに絡められてしまった。

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