#15 おはよう魔王城
翌朝。
大聖堂時代の習慣そのままに、マリナは日が昇る前に目を覚ました。彼女は自分が使っていたベッドを整えた後、魔王城の客間でひとり、女神クラディアに祈りを捧げる――これも大聖堂でのモーニングルーティンの一つだ。
大聖堂では常に護衛や付き添いの聖職者が傍にいたものだが、ここにはマリナ以外誰もいない。そもそも魔族にクランドル正教の信者などいないので、考えてみれば当然のことなのだが。
一人でいることに慣れていないせいか、マリナは居心地が悪いと感じてしまう。朝食の時間にはまだ早いかと思いながらも、彼女は部屋に用意してあった寝間着から聖職者の装いに着替え、魔王城の食堂へと向かっていくのだった。
「おはようございます」
マリナは挨拶とともに食堂の扉を開けるが、当然のごとく中には誰もいない。何ならちょうど朝日が昇り始めた頃らしく、部屋の窓からはうっすらと光が差し込んできている。
しかし、耳を澄ますと隣の厨房のほうから何やら物音が聞こえてくる。中の様子が気になったマリナは、おそるおそる厨房につながる扉を開けた。
「失礼します……」
「マリナ様でしたか。随分と早いのですね」
「はい。クロシスの大聖堂では、いつもこれくらいの時間に起きていましたので」
厨房ではアルメーネが朝食づくりに勤しんでいた。彼女はマリナに挨拶を返しながらもフライパンを巧みに操り、中の食材を綺麗に裏返す。
「もうしばらくしたらガルベナード様も起きてくると思いますので、それに合わせて朝食をお出しします。それまで席に座ってお待ちください」
マリナはアルメーネから伝えられたとおりに食堂へ戻り、座席に座って朝食ができるのを待つ。どうやら日の出の時刻を過ぎたようで、外はすっかり明るくなっている(といっても魔族領は年中無休で曇天なのだが)。
と、その時。
「起きてきたぞ」
「おはようございま――魔王様? ツノの間に何か挟まっています」
ガルベナードが食堂の扉から姿を現す。彼は服装こそ昨日と同じだったものの、ツノの間には木片らしきものが挟まっていた。おそらく昨晩ガラクタの上で寝ている間に挟まってしまったのだろうが、マリナにはそんな事など知る由もない。それでも彼女はためらうこと無く木片を取り除き、ガルベナードは「む、すまないな」とマリナに礼を言う。
そのようなやり取りを二人が行っていると、
「本日の朝食をお持ちいたしました。どうぞごゆっくりお過ごしください」
とアルメーネが厨房から姿を現し、朝食を運んできた。メインの皿にはクリムゾンホークの卵を使ったオムレツに、付け合わせとしてブラッディレタスとカットされた人面トマトが添えられている。偶然にも赤い食材ばかりが並んでしまったため、まるで皿の上が血痕がついているようだった。とても朝一番に見て気分がよくなるものではない(一緒に運ばれてきたパンが人間領の物とさほど変わらないだけマシといえるが)。
しかしガルベナードはその程度のことなど気にしていないし、マリナも郷に入っては郷に従えと思っているのか、ふたり同時に
「「いただきます」」
と両手を合わせて挨拶し、何食わぬ顔で食べ始めていった。
「そう言えば、マリナ様はガルベナード様について、どういった印象をお持ちになりましたか?」
ふたりが朝食をいくらか食べ進めたところで、アルメーネは気になっていたことをマリナに質問する。
「うーん……はじめは『魔王』という肩書だけで、すごく怖いお方なのかと思っていましたが、実際には愛嬌もあって予想以上に親しみやすいと思います」
マリナがありのままに答える。それを聞いたアルメーネも、
「そのように好感を持っていただけて安心しました。ガルベナード様も今でこそ魔王らしく部下を統率したりしていますが、幼い頃はだいぶやんちゃでしたので、そういった部分が今の愛嬌につながっているのかもしれません」
と、自身の考えを述べる。
「俺も我の強い部下たちを相手にしてきたせいか、奴らへの抑止力としての振る舞いが板についてきたのかもしれんな」
(我の強い面々……「類は友を呼ぶ」ってやつですかね)
女性陣の会話に対してガルベナードがつぶやく。それを聞いたアルメーネは魔王軍のメンバーを思い出し、一人苦笑いを浮かべていた。
「我の強い部下たち……ですか」
「当然だ、この城も俺とアルメーネだけで成り立っているわけではないからな。マリナとはまだ顔を合わせていなかったが、ここで暮らす以上は紹介しておかねばなるまい――我ら魔王軍の幹部、『魔軍六座』をな」
ガルベナードは姿勢を正して椅子に座り、マリナにそう告げる。彼の向かいに座るマリナは、返す言葉も見つからないのか口を開けてぽかんとしている。
「ちなみにわたくしも魔軍六座の一員ですので、以後お見知りおきを」
アルメーネがマリナのほうを向き、笑顔で付け足す。
「というわけで、これから魔軍六座のうちのひとりに会いに行く。奴は城の中庭にいるから、マリナも俺についてk――」
「ガルベナード様、せめて自分の食器くらいは下膳お願いしますわ」
「うっ…………了解っす」
早速行動に移そうとするガルベナードだったが、アルメーネに文字通り尻尾を掴まれ、はやる気持ちを抑えられてしまう。
とはいえ、魔王城の一日、そして魔王軍と聖女の共同生活が始まったばかりだということに変わりはないのだった。
~聖女降臨編 完~
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