#14 アルメーネだってゆうべはお楽しみしたいのに

「はぁ……今日は想定外のことが多すぎて疲れました」

 ガルベナードの私室。アルメーネは執務室から通用口を使ってこの部屋に入るや否や、主人のベッドに仰向けになって寝転ぶ。


「なんてったって人間の聖女サマが来てしまったからな。まあ魔王城ここで預かると言った以上、俺たちも最後まで責任もって面倒を見なきゃいけない訳だが」


 ガルベナードが言葉を返す。彼は自室の椅子に座り、丸テーブルの上に無造作に並べたチェスの駒のうちのひとつ――白のビショップを手に取って、天を仰ぎ見るように眺めている。


「でも魔族領は瘴気に覆われているせいで、人間領の生き物はほとんど生息できません。そんな土地に彼女を滞在させて本当に大丈夫なのでしょうか……?」

「奴はクランドル正教の聖女だ。女神の加護か何かで瘴気の影響を受けなかったとしても不思議ではないだろう」


 ガルベナードとアルメーネの作戦会議は続く。ふたりとも天井のほうを向いているのでやる気がなさそうにも見えるが、彼ら魔王軍にとってマリナの扱いをどうするかは現時点で優先順位の最も高い相談事であり、後回しにするわけにもいかないのだろう。



「……で、アルメーネ。お前は一体いつまでそこにいるつもりだ? そこが俺の寝床だということはお前もわかっているはずだが」


 ガルベナードはそう言いながら、ベッドのほうに顔を向ける。彼の視線の先には、ベッドに仰向けになったままのアルメーネの姿があった。


「それは当然、疲れた日の夜には“お楽しみ”くらいは欲しくなるのが道理なものでして……ガルベナード様も早くこちらにいらして下さいませ」

「断る。第一そんなことをしたら魔王軍の宣伝広告がお子様に見せられない内容になるだろうが」


 昼間の真面目な勤務態度とは一変、アルメーネは自身の欲求を包み隠さず口にする。一方のガルベナードは椅子に座ったまま、きっぱりと答える。


「そんな風に即答しなくでもいいじゃないですか~。部下というものは満足できる環境がないと、上司のもとから離れて行ってしまうのが世の常ですよ~?」

「それとこれとは話が別だ。あまりにもしつこいようなら、こっちも“実力行使”させてもらうぞ」


 まるでマタタビを与えて酔っぱらった猫のようになってしまったアルメーネ。そんな部下に対してガルベナードは表情を険しくさせながらそう言い、一拍おいてパチンと指を鳴らす。はじめはアルメーネも上司が何をしたのか分からずきょとんとしていたが、耳を澄ますとカタカタといった振動音がどこからか聞こえてくる。

 そして次の瞬間、




「実力行使って――ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」




 部屋に設置されていたクローゼットとタンスの引き出しが勢いよく開き、中から石や木材や金属などのガラクタが次から次へとなだれ込んでくる。アルメーネも突然の惨劇に、夜であることを忘れてホラーゲームさながらの悲鳴を上げてしまう。おそらくガルベナードも昼間に一通り片付けたのだろうが、これでは元の木阿弥以外の何物でもない。


 さすがにこのままではガラクタに埋もれてしまうと感じたのか、アルメーネは慌ててベッドから飛び上がり、通用口を開けて隣の執務室へと逃げ込む。ガルベナードの部屋はあっという間にガラクタで埋め尽くされ、足の踏み場もないほどになってしまった。


(ガルベナード様の部屋があんな有様になってしまっては、今夜は大人しく自分の部屋で寝るしかなさそうですね……)


 命からがらの思いで執務室へ避難してきたアルメーネは、通用口の扉を閉めながら心の中でそうつぶやく。そうして彼女は先ほど抜かしてしまった腰を上げ、しょんぼり顔で自室へと向かっていくのだった。




(まったく……たかが退室させるだけで手間かけさせやがって)


 ひとりになった自室で、ガルベナードはそうつぶやく。さすが魔王というべきか、彼はあれだけガラクタがなだれ込んだ部屋の中でも平然としていた。ただ、クローゼットとタンスの容積よりも、その中に入っていたであろうガラクタのほうが明らかに量が多いのは謎なのだが。


(アルメーネの気持ちもわからなくはない。だが俺にも事情というものがある)


 ガラクタの上に無造作に座りながら、ガルベナードはひとり思いを巡らせる。彼もアルメーネの境遇を分かっているからこそ、彼女の意に沿えないことに葛藤を抱いているのだ。


 アルメーネが物心ついたころには実の親はおらず、当時ガルベナードの教育係を務めていたブレマーが親代わりだった。当然その頃からアルメーネとガルベナードは面識があったので、ふたりは幼馴染といえる。

 そんな関係性だからこそ、アルメーネはガルベナードと結ばれたいと心から思っているし、図らずしもガルベナードに目をかけてもらっているマリナのことを妬ましく感じてしまう。

 ……その想いのせいで自制がきかなくなってしまうこともあるのだが。


(俺も魔王の座に就いている以上、結婚相手は次代魔王の母に相応しい者を選ぶつもりだ。その候補に人間の小娘などが挙がるはずもないが、アルメーネも今のままでは力不足と言わざるを得ない)


 ガルベナードは考えにふける。そうして彼はガラクタの中から目に留まった“あるもの”をつまみ上げ、頭上にかざして眺める――先ほど広げていたチェスセットに入っていた、黒のクイーンの駒だ。


(しかし面倒なことにアルメーネの魔族としてのチカラを高めるために必要なのが――いかん、変なことを考えてたら眠くなってきた)


 しかし魔王も睡魔には勝てないようで、その晩のガルベナードはガラクタに埋もれるようにそのまま寝落ちしてしまったのだった。

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