#13 意外と訳ありだった魔王軍の食事情
「こちらがフレイムドラゴンの熟成肉の香草焼きになります。お好みでマグマペッパーのソースをかけてお召し上がりください」
魔王城の食堂では、引き続き聖女マリナを迎えての晩餐が行われていた。本日のメインディッシュとおぼしきフレイムドラゴンの肉にはこんがりと焼き目がついており、辺りに香ばしい香りが漂ってくる。
しかし見た目こそ人間領の料理とほぼ変わらないものの、ドラゴンの肉やマグマペッパーは魔族領の外ではほとんど出回らないし、一緒に運ばれてきたライスも鮮やかな緑色をしている。そのため、これらが人間領の料理ではないということは火を見るよりも明らかだった。
「時にマリナよ、お前が普段過ごしてきた大聖堂での晩餐の様子を知りたいのだが、一ついいだろうか」
ガルベナードはフレイムドラゴンの肉を頬張りながら、マリナに問いかける。彼の口の端にはマグマペッパーソースがついており、アルメーネは行儀が良くないと思いながらも二人の様子を見守っている。
「はい……夕食の時間は大聖堂で生活する者が一堂に会するので、権力争いで揉めている司教同士が仲違いすることも日常茶飯事でした。食事自体もここと比べると質素だったので、食事の時間を楽しいと感じたことは無かったような気がします」
マリナは食事の手をいったん止め、大聖堂での生活を丁寧に思い出しながら答える。その視線は向かいに座るガルベナードを見るわけでもなく、手元の料理に注がれている。
「フッ……つくづく人間とは愚かな生き物だと思い知らされる話だ。人は何かを食べねば生きていけぬというのに、短い寿命の中で食事よりも争いを優先するとはな」
マリナの話に対して、ガルベナードが呆れたように言い放つ。その発言からは、彼をはじめとする魔族が人間のことを基本的に脆弱で愚かな生き物だと考えていることがわかる。
「逆に質問しますが、魔王城での夕食の時間も、いつもこんな感じなのでしょうか……?」
今度は緑のライスを食べていたマリナが、恐る恐る質問する。早いことに彼女も魔王城で出される料理に慣れてしまったのか、淀みのない動作で料理を口に運ぶ様子が見られる。
「大体これがいつも通りですね。魔族の中には食事が全くいらない者もいますので、ここで夕食を食べるかどうかもまちまちとなります。あとは『筋トレに合わせて食べ物を調達するから夕食はいらない』と言っていた方もいましたね」
テーブルの横で待機していたアルメーネが答える。彼女がこの位置にいるのも“いつも通り”のことなのだろう、背筋を伸ばし落ち着いた様子でたたずんでいる。
「しかし、そのせいで食堂ががらんどうになっているのも事実だ。せめてアルメーネだけでも一緒だと、俺としては心安らぐんだがな」
ガルベナードも部下の説明に乗じて自身の意見を述べる。しかし、
「わ、わたくしはあくまで使用人の立場ですので、食事はガルベナード様がいなくてもまかない飯で充分です! そんなことよりもムラサキリンゴのコンポートをお持ちいたしますので、しばしお待ちを!」
何かデリケートな話題でも振ってしまったのだろうか、アルメーネは上ずった声でそう言う。さらに彼女は取り乱したように翼と尻尾を天井に向かってピンと伸ばし、そそくさと厨房へ逃げて行ってしまった。
「アルメーネさん、あんな調子で大丈夫でしょうか……?」
またしても二人きりになった食堂で、マリナはアルメーネの様子を心配する。
「心配いらん。奴はマグマペッパーみたいな辛い味が苦手なせいで、俺と同じ飯が食えないことがもどかしいだけだ。俺は付き合いが長いから知っているが、おそらく初対面には知られたくないんだろう」
一方のガルベナードは、いつものことだと言わんばかりに素っ気なく答える。彼の視線はアルメーネが走っていった厨房の扉の方へ向いているので、一応部下のことを気にかけてはいるのだろう。
「話を戻すとしよう。現在の魔王城ではゴーレムのように食事がいらない住人がほとんどな上、それ以外も各自の都合で飯を食うせいで食事の時間や場所が揃わないのが現状だ。したがってマリナには
ガルベナードはマリナのほうを向き直り、あらたまって彼女に懇願する。そのように魔王らしからぬ態度をとる彼に対して、
「そちらの食事情も、意外と訳ありだったのですね……承知いたしました」
と、マリナは微笑みながら快諾するのだった。
ちなみにこの後アルメーネがムラサキリンゴのコンポートを配膳中にひっくり返してしまったせいで、ふたりは食後のデザートを食べることができなかったそうな。
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