#12 ゲテモノだらけ(?)な魔王城の晩餐
「――っ、お待たせしました」
「いえいえ、お気になさらず」
魔王城の食堂。マリナが入口の重厚な扉を開くと、壁際に立つアルメーネが笑顔で客人を出迎えた。
「どうぞこちらにお座りください」
アルメーネに促されるまま、マリナは椅子に座る。彼女の向かいにはガルベナードが座っているが、テーブルに座り夕食を待つ二人の様子はまるで父と娘のようにも見える。
「揃ったようだな。では、料理を運んでもらおうか」
「かしこまりました」
ガルベナードに言われるがまま、アルメーネは配膳のため厨房へと向かっていく。人間なら200人くらい入りそうな食堂だが、魔王と聖女以外は誰もおらず、整然と並ぶテーブルと椅子もほとんどが空席で相変わらず閑散としている。
「お待たせいたしました。本日のメニューは、暗黒キャベツとスノーボアの蒸し煮、マンドラゴラとキラーサーモンのコンソメスープ、フレイムドラゴンの熟成肉の香草焼き、そしてデザートにムラサキリンゴのコンポートをご用意しております」
厨房から出てきたアルメーネが料理を運びながら、献立の説明をする。彼女が配膳してきた皿の上では、薄青色のソースがかかった真っ黒な俵型の物体が湯気をあげていた――おそらくこれが前菜にあたる暗黒キャベツとスノーボアの蒸し煮なのだろうが、人間領の基準でいえばとてもまともな食べ物には見えない。
「おいおい、人間の聖女がいるというのに材料が全部魔族領のやつじゃないか。これで食あたりでも起こしたら笑えねえぞ?」
さすがに人間の客がいる中でこのメニューを出すのはまずいと思ったのか、ガルベナードもアルメーネを睨みつけながら抗議の声を上げる。
「ご安心ください。人間領の英雄譚によりますと、勇者一行は魔族領での野営の際にこれらの食材で腹を満たしたと伝えられておりますので、人間が口にしても毒にはなりません。加えて今回は人間領で親しまれている味付けに寄せてみましたので、ぜひそちらも気にしながらお召し上がりくださいませ」
アルメーネが笑顔のまま冷静に説明する。それを聞いたガルベナードは、
(アルメーネの奴、また人間共の伝承を鵜呑みにしてやがる……加えて勇者一行にコンポートを作れる奴がいるとは思えんがな)
と、不機嫌そうに心の中でつぶやく。
一方マリナは、
「こ、これを食べるのですか……?」
と、未知の料理を前に不安げな表情で尋ねる。
「言わずもがなだ。お前だって
「味と安全性はわたくしが保証いたしますので、何かお困りでしたら遠慮なく仰ってください」
ガルベナードはマリナの質問に対してそう答えると、ナイフとフォークを手に取ってラフに前菜を食べ始めた。そんな魔王の様子とアルメーネの言葉にマリナも覚悟が決まったのか、表情を若干険しくさせ、
「……いただきます」
と両手を合わせて挨拶をし、カトラリーを手におそるおそる真っ黒な蒸し煮を食べ始める。
「これは……意外とおいしいです」
「随分と薄味なんだな、人間の食う料理は。俺としてはマグマペッパーのソースがあってもよさそうだ」
マリナとガルベナードが、それぞれ暗黒キャベツとスノーボアの蒸し煮について感想を述べる。それを聞いたアルメーネは胸をなでおろしながら、
(と、とりあえずマリナ様の味覚に合っていたようで安心しました……ですが、ガルベナード様の好みに合わせようとすると全部マグマペッパーソース味になってしまいそうですね……)
といった正直な感想を心の中に押しとどめて、
「ガルベナード様の好みとは違う、と……次回の参考にさせていただきますわ。ではそろそろ頃合いですので、マンドラゴラとキラーサーモンのコンソメスープをお持ちいたしますね」
と当たり障りのない言葉を残し、厨房へと向かっていった。
「お待たせしました、こちらがマンドラゴラとキラーサーモンのコンソメスープになります。器が大変熱くなっておりますので、火傷に気を付けてお召し上がりください」
しばらくして、アルメーネが先ほどと同じように料理を運んでくる。ボウルに注がれたスープは赤黒く、先ほどの前菜と同じように禍々しい見た目をしている。
「……私が普段食べている料理とは随分見た目が違うのですが、もしかしてこちらの料理は全部こんな感じなのでしょうか……?」
やはり人間には食べ物に見えなかったのか、マリナが質問してくる。
「おそらく使っている食材の影響でしょうね。魔族領でとれる肉や野菜は煮物やスープにすると、色素が溶け出して様々な色が出やすいという特徴があります。一方でグリルした場合は色素が出てこないので、人間領のものと似たような見た目になりますね」
マリナの問いに対して、アルメーネが丁寧に説明する。すると今度はスープをすすりながら彼女の話を聞いていたガルベナードが、
「……その情報は一体どこから入手してきたんだ?」
と質問するが、
「先日人間領へ滞在した際に、お世話になったシェフから教わりました。実際に様々な場所を旅している方でして、各地の食材の美味しい調理法を探っていく中で発見されたそうですよ」
アルメーネはそれに対しても変わらぬ口調と態度で答える。
(なるほど……アルメーネのことだから変な伝承ばかり集めてくると思っていたが、意外なところで知識が役に立つもんだな)
ガルベナードは部下の話を聞いてひとり納得する。一方のマリナも、スプーンを手に黙々と赤黒いスープを口に運んでいる。そして二人の様子を見たアルメーネは、頃合いを見てフレイムドラゴンの熟成肉の香草焼きを運びに厨房へと向かっていく。
そんな三者三様の行動が見て取れる魔王城の食堂には、その名に似つかわしくないほどの穏やかな時間が流れていた。
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