#7 掃除嫌いの魔王、部下に捕らえられる

「はぁ……どうしてガルベナード様は破れた服をそのままにして行ってしまったのでしょう……普段であれば脱いだ服をちゃんとカゴに入れてくださるのに」


 魔王城の玉座の間。凍った部屋の片付けを終えたアルメーネは、洗濯カゴを片手に破れたまま放置されていたガルベナードの衣服の断片を拾い上げていた。彼が着替えから戻ってきた時には流れるように城案内へ行ってしまったため、片付ける暇も与えてもらえなかったのだ。こうなってしまっては、普段は寛容なアルメーネでもガツンと一発叱っておかないと気が済まない。

 と、その時。



「ちょぉっとそこをどいてもらうぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 威勢のいい叫び声とともに、マリナを抱きかかえたガルベナードが自由落下を利用して城の天井から降りてきた。魔王は背中の翼をパラシュート代わりに大きく広げているせいで、実物よりも体格が大きく見える。そんな姿で大声を出す上司を目の当たりにしたアルメーネは、


「ひゃああぁぁっ!?」


 と声を上げ、驚きのあまり尻餅をついてしまう。その衝撃で彼女は持っていた洗濯カゴを床に落としてしまい、中に入っていた服の断片も再び辺りに散らばってしまった。


 そのように悲惨な状況になってしまっている部下とは対照的に、ガルベナードはふわりと着地し、そのまま玉座に腰を下ろす。その間ずっとマリナを抱えていられることからも、彼の身体能力の高さがうかがえる。


「ガ、ガルベナード様……? 魔王城の天井から降ってくるのは危険なので、よい子は真似しないでいただきたいのですが……」


 アルメーネは腰を抜かしてしまった様相で、恐る恐る上司に問いかける。聖女に続いて彼までもが魔王城の天井から降ってくるとは、彼女も予想できていなかった。


「城の上空を飛んでいる最中に魔物に出くわしてしまってな。やむなくマリナが落ちてきた時に空いた穴を使って逃げてきたところだ」

「私も魔王様も怪我はございませんので、ご安心ください」

「はぁ……それはまた随分と無茶なことを……」


 ガルベナードとマリナの言葉を聞いて、アルメーネは呆れる以外の行動がとれなかった。しかし今回は無傷で済んだとはいえ、聖女をわざわざ危険に晒す真似をするようでは、上司が相手といえど自身の手で灸をすえなければならない。


「というわけで城の中に戻ってきたし、残りの部屋を案内するとしよ――おい待て耳を引っ張るなッ」

「そういう訳にはいきません。ガルベナード様はマリナ様に城の案内をするという名目で、散らかった部屋の後始末をすべてわたくしに押し付けました。破れた服をそのまま玉座の間に放置している件、城に訪れたお客様を危険な目に合わせた件もありますので、今日という今日はしっかり反省していただきます」


 がルベナードは抱きかかえていたマリナを床におろして玉座の間の扉へ向かおうとしたが、怒り心頭のアルメーネに耳を引っ張られ、その場で立ち止まってしまう。彼女としては仏の顔も三度までというわけだ。先ほど腰を抜かしてしまった割には復活が早い気もするが、魔族の身体は人間よりも丈夫にできているから平気なのだろう。


「城の案内はわたくしが担当いたしますので、その間ガルベナード様には反省の意味も込めて自室の掃除をしていただきます。おそらくは服が脱ぎ捨てられ、物が散乱していると思われますので、お客様にお見せしても恥ずかしくない状態になるまで片付けておいてください」

「……スミマセンデシタ」


 上司の耳をつまんだまま完全に説教モードに入ったアルメーネに対して、ガルベナードは大人しく首肯することしかできない。このようなやり取りは初対面の相手がいる中で披露するものではないことは二人とも分かっていたのだが、始まってしまったものは仕方がない。


 一方、クランドル正教の主神に祈りを捧げる日々を送ってきたマリナにとっては、今までに見たことのないかたちの会話を繰り広げる二人の様子が新鮮に映り、同時に羨ましく思えたのだった。


「それでは、部屋に向かいましょう」

「行くって……お前も一緒かよ」

「当然です。何かの隙にガルベナード様に逃げられたら困りますので」

「はいはい」


 アルメーネはガルベナードの耳から手を離し、彼の手首を掴んで逃走阻止の構えに入りつつ、上司の私室に向かって廊下へと歩き出す。魔王もそんな彼女を見て観念したのか、抵抗することもなくアルメーネについていく。


「マリナ様もご一緒しますか?」

「はい。城の中で迷っては困ると思いますので」


 アルメーネの言葉を受けて、マリナもふたりの後を追って城の廊下を歩いていく。そんな三者の様子を、魔王城は静かに見守っていた。

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