#6 魔王が上空から城を見せてくれるようです

「どうだマリナ――この高さから下の景色を眺めるのは初めてだろう?」

「はい。魔族領の様子も初めて見ます」


 魔族領の上空。ガルベナードはマリナを抱きかかえたまま、円を描くように辺りを飛んでいた。向かい風による風圧と魔王のマントがはためく音は、絶えずふたりの会話を阻害している。さらに魔族領は一年を通して黒く分厚い雲が空を覆っているため、空を飛ぶためのコンディションはお世辞にも良好とはいえない。



「下を見てみろ――これが俺たちの暮らす魔王城だ」



 ガルベナードに促されるようにマリナが視線を下に向けると、三つの尖塔と緑に覆われた中庭、そして方形の巨大な回廊を持つ漆黒の城がそびえたっていた。マリナが暮らしていた聖都クロシスでも、これほど大きな建物はそうそうない。


「……随分と立派な城なのですね」


 魔王の腕の中で、マリナがつぶやく。城の周囲には兵舎や訓練場、工房や倉庫とおぼしき平屋建ての建物が並んでおり、さらにその外側をぐるりと囲うように防御壁と堀が張り巡らされている。防御壁の縁に配備された物見やぐらは、ここが戦いの場になり得ることを暗に語っていた。

 ……ちなみに城の屋根はマリナが落ちてきた時に穴が開き、屋根材がはがれて悲惨な姿になっていたのだが。


「勇者を迎え撃つのに粗末な城を使うわけにはいかないからな。魔王軍の最終防衛拠点にふさわしい威厳ある外観と簡単には突破できないような内部構造、そこに魔王軍の精鋭部隊を配備し――待った、何かがこっちに向かってくる」


 ガルベナードが魔王城の上空を飛びながら説明を続けていたが、邪悪な気配を感じ取ったことで警戒態勢に入る。彼は城の屋根に乗り、落下防止のためかぎ状になった自身の尻尾の先端を穴に引っ掛け、辺りを見渡して様子を探る。


「だ、大丈夫でしょうか……?」

「少なくとも相手からの攻撃で死ぬことは無いだろうな。聖女おまえを無傷のまま守り切れるかとなると話は変わってくるが」


 相も変わらずガルベナードに抱かれたままのマリナが、心配そうに問いかける。周囲を見張りながら答える魔王の視線の先に見えたのは、血のように赤い翼が特徴的な魔物――クリムゾンホークが集団でこちらへ向かってくる様だった。人間界の英雄譚でも、空からの攻撃に勇者一行が苦戦を強いられる場面が描かれるほどの強敵である。


「相手はクリムゾンホークが四羽。聖女おまえを抱えたまま無傷で倒しきるのは難しそうだ。奴らをひるませた隙に城内に逃げ込むぞ」


 ガルベナードはそう言うと、敵を迎え撃つべく呪文の詠唱に入る。


「深淵より生まれ出でし混沌の奔流よ――主たる我の元に収束し、天よりきたる脅威を射抜け」


 風が強いせいで呪文の一言一句まではマリナも正確には聞き取れないが、聖女を抱えたまま姿勢を変えずに呪文を詠唱している様子から、魔王の肩書きを持つ彼の強者ぶりがうかがえる。

 そして、


「アビスアロー!」


 ガルベナードがそう唱えた瞬間、正面に黒く輝く魔法陣が現れ、そこから漆黒の矢が次々と発射される。矢はクリムゾンホークの翼に命中し、四羽ともバランスを崩して地上に落ちていく。


「今だ、城に入るぞ」


 ガルベナードはそう言って自身の翼を小さくたたみ、屋根に空いた穴から城内へと入り込む。攻撃を受けた四羽のクリムゾンホークはすぐに体勢を立て直し、魔王めがけて再び向かってくる。

 しかし時間稼ぎという意味では先ほどの攻撃で十分だったようで、彼らが屋根にたどり着くころには標的の姿はなかった。加えて屋根に空いた穴はクリムゾンホークの大きな体躯では通れそうになく、そこから城内に入ることも難しい。魔物たちはあきらめて、その場を飛び去って行った。




(まずいな……このまま城の中に入ったら、アルメーネと鉢合わせになりかねない)


 実はガルベナードがマリナを連れて外へ出たのは、彼女に魔王城の外観を見せるためだけではなかった。ガルベナードは大の掃除嫌いで、自身が荒らしてしまった部屋の片付けを要求される前にその場を立ち去りたかったのだ。


 そして、クリムゾンホークの襲撃から逃れるための緊急避難も、彼にとって都合の良いことばかりではなかった。ガルベナードは城内へと降りていく間、眼下に不機嫌そうに肩を落とすピンク髪のメイドがいるのを確認した。彼女に見つかれば掃除の件での叱責は免れないだろうが、背に腹は代えられない。ガルベナードは覚悟を決め、大きく息を吸い込むのだった。

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