#8 侍女アルメーネの良心的城案内
「見苦しいものをお見せしてしまって申し訳ございません。ガルベナード様は昔から部屋の片付けが苦手なものでして」
魔王城の廊下。アルメーネは部屋の掃除をするべくガルベナードが自室へ行く様子を見送った後、一緒についてきたマリナにお詫びの言葉を述べていた。
「気にしないでください。大聖堂では連日のように司教たちが権力争いで揉めていましたので、こういった物には慣れています」
「あぁ……そちらの組織も大変なのですね」
何の気なしに(というより、空気を読めずに)黒い話題を口にするマリナ。アルメーネはそれを聞いて、当たり障りのない返事をするのが精一杯だった。
「で、では気を取り直して城案内といきますわ。まずは一階にある食堂をお見せするので、こちらについてきてください」
アルメーネはそう言って話題を変え、マリナとともに魔王城の廊下を歩きだす。突き当りにある階段を下りてしばらく進めば、目的地の食堂にたどり着く――のだが。
「ところで、先ほどお二人は親しげな会話をされていたように見えたのですが、お付き合いされていたりはするのですか?」
「いえ、付き合ってはいません! 幼い頃から面識はあるのですが、いかんせんガルベナード様が『魔王と部下が恋愛関係に陥ったら魔王軍の士気が乱れる』などと仰るものでして……」
歩いている最中にマリナから地雷になりかねない質問をされたことで、アルメーネの心は終始乱れっぱなしだった。
「こちらが食堂になります。普段はガルベナード様との食事でこの部屋を使っていますわ」
アルメーネが城内にある扉の一つを開け、説明に入る。扉の向こうでは長方形の机と数多の椅子が等間隔に並び、仕事の時を待ちわびている。人間なら200人くらいは入るであろうその部屋の大きさに、マリナは目を丸くした。
「わぁ……随分と広いのですね」
「初めてのお客様にはよく言われますわ。昔はこの城で暮らす住民も多く、彼らを一度に収容できるように大きな部屋が作られたと聞いております」
「そうなんですね……そういえば、この城は広さの割に中が閑散としているように思います。ここに来るまでに誰ともすれ違いませんでしたし、もしや過去に何か事件があったのでは……?」
「そ、それは……」
マリナの疑問に対して、アルメーネは言葉を詰まらせる。今の魔王城に住人が少ないのは、かつて勇者の侵攻を受け、城に住んでいた多くの魔族が倒されてしまったからだ。聖女とは本来勇者に味方する立場の者であり、魔王軍にとっては敵以外の何者でもない。そのため非戦闘職といえど、マリナに敵陣営の情報を与えてしまうことにはアルメーネも抵抗があった。
しかしそんな時、
「話したくないことがあるなら、そのままでよいのですよ。程度の差こそあれ、この世に生きている者は必ずそういったものを抱えていますから」
と、マリナからの思わぬ助言が入る。
「き、気を遣わせてしまってすみません……。それでは改めまして、客間をご案内いたします」
アルメーネはぺこりとお辞儀をして、再び廊下を歩きだす。その胸中は、無理に話さなくていいと言ってくれたマリナに対して頭が上がらなかった。
「こちらが客間になります。急な来客だったもので掃除も十分に済んでいないのですが、そのあたりはどうかご容赦ください」
アルメーネが客間の扉を開け、マリナを案内する。客間は食堂と同じく魔王城の一階にあるが、少々長い廊下を通ってきたので離れているという印象がある。
「まぁ……随分と立派な内装ですね」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
マリナが部屋の中に入り、辺りを見回す。室内にはふかふかのベッドやソファ、猫脚付きの長方形テーブルなど、華やかで品のある家具が並べられている。自身が聖都クロシスで寝泊まりしていたものの三倍の面積はありそうなほど広い部屋で、マリナは見たことのない意匠の調度品たちを前に目移りしてしまっている。
「どうぞごゆっくり
聖女の様子を見たアルメーネはそう言い残し、客間を後にしていった。一方のマリナは呼びかけに対する返事も忘れるほど、部屋の内装に気を取られていた。
ここまでを振り返って、アルメーネの城案内はガルベナードと比べるとありきたりでつまらないと思う者もいるかもしれない。しかし、彼女の城案内は来客を危険な目にあわせることもなかったので良心的といえる。アルメーネは、自分の城案内は退屈でも穏便に済むからいいのだと言い聞かせながら、報告のために上司の部屋へ向かうのだった。
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