#2 アクロバット魔王と謎の少女

「で、その聖女を例にとると――待て、上から何か落ちてくる」


 がルベナードはアルメーネに向けて話をしていたが、危険を察知したことで中断を余儀なくされてしまう。彼は一瞬の間に背中の翼を大きく広げ、魔王城の床を勢い良く蹴り空中へと飛び立つ。この玉座の間は天井が高く設計されている分、上から物が落ちてきた時の衝撃も大きくなってしまう。ガルベナードは落下物をキャッチすることで、周囲への被害を抑えようと考えたのだ。


「ガルベナード様、くれぐれもお気を付けくださ……ひゃっ!?」


 玉座の真上を飛ぶ魔王の姿を見守っていたアルメーネだったが、自身のすぐ隣に上から落ちてきた城の屋根材が突き刺さり、思わず後ずさってしまう。彼女は慣性のはたらくまま床に仰向けに倒れこみ、そのまま顔を向けた先で空中技を披露するガルベナードの姿に釘付けになってしまった。


 ガルベナードは天井からの落下物を空中で抱きかかえると、空中での後方宙返りで進行方向を変え、魔王城の壁にぶつかりそうになったところで膝を折り曲げて衝撃を逃がす。そして彼は勢いよく壁を蹴り出して玉座の間を旋回し始め、ゆっくりとその高度を下げてゆく。最終的にガルベナードは飛び立った時と変わらない表情をしながら、ふわりとアルメーネの隣に着地した。


「さすがに屋根材までは掴めなかったが……怪我はなかったか?」


 あれほど激しいアクロバットを披露したにもかかわらず、ガルベナードは呼吸を乱す様子もない。さすがは魔王といったところだろうか。


「わたくしは大丈夫ですし、ガルベナード様も問題ないようですね。それにしても先ほどの空中演技、見ているわたくしもシビレましたぁ……ガルベナード様が魔王の座についているのも納得がいきますわ」

「お前の感想は受け取ったから、少しは意識を自衛に持っていくようにしろ。勇者共にドン引きされても俺は知らんぞ」

「うぅ……分かりましたぁ」


 ガルベナードの活躍に恍惚の表情を浮かべるアルメーネだったが、上司に咎められたことで思わず委縮してしまう。一方、魔王の両腕には16歳ほどの人間の少女が抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。


「ところで、ガルベナード様が抱えていらっしゃるのはどちら様でしょう?」

「この人間のことか? こいつはついさっき天井から落ちてきた。奴の身元なんかは俺が知る由もないし、そもそもどうやってここまでたどり着いたかも分からん」


 ガルベナードはしゃがんだ状態で少女を抱えたまま、アルメーネと会話を続ける。刺繍入りの聖職者らしき衣をまとった少女の身体はまだ温かいものの、彼女が周囲の会話に反応する様子はない。


「まさか天井から人間の少女が落ちてくるとは、わたくしも思いませんでした。見た感じだと怪我はなさそうですが、果たして生きているのでしょうか……?」

「どうやら脈はあるみたいだが……ん、なんだこの光は」


 アルメーネが少女の様子を見ようと近寄った途端、ガルベナードが脈をはかるために掴んでいた少女の左手から、突如としてまばゆい光が放たれる。光はすぐに収まったが、少女の手の甲には神々しい紋章が淡い光とともに浮かび上がっていた。


「ガルベナード様!?」

「心配するな。俺はこの程度の光で倒れるほど弱くはない」

「そういうことではありません! 彼女の手の甲にある紋章って、クランドル正教のものじゃないですか!? しかもこれほど細かい刺繡の入った服を着られるのは、教会の中でも相当の地位にいる者だけですよ!?」


 少女の紋章を見て、アルメーネは声を荒げる。そんな風に部下が当惑していてもなお、ガルベナードは涼しい顔で答える。


「なるほど、お前はそっちを言いたかったか……この若さで組織の上位にいるということは、クランドル正教の聖女とみて間違いないだろう」

「ええっ…………!?」


 ガルベナードの見解を聞き、アルメーネは二の句が継げなかった。それもそのはず、つい先ほど『この世で最も魔王城と縁遠いもの』として自身が話題に挙げたクランドル正教の聖女が、魔王城に現れたのだから。こんな状況では、誰もが彼女と同じような反応をしてしまうだろう。


「聖女って……彼女がこんなところに来てしまっては、人間側としては相当まずいのでは……?」

「だろうな。こっちが下手に動けば魔族領も無事では済まないだろう」


 少女の正体の聖女だと分かり、ガルベナードとアルメーネは顔を見合わせる。そして聖女の来訪を境に魔王城を取り巻く環境は大きく変化していくのだが、この時の魔王軍一行には知る由もなかった。

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