#3 魔王城に世間知らずの聖女が降臨しました
「聖女って……彼女がこんなところに来てしまっては、人間側としては相当やばいのでは……?」
「だろうな。こっちが下手に動けば魔族領も無事では済まないだろう」
天井から降ってきた少女の正体がクランドル正教の聖女だと判明し、魔王ガルベナードと部下のアルメーネは顔を見合わせる。一方の聖女はガルベナードに抱きかかえられたまま、静かに眠っている。
「そうですよね……聖女の身体に傷の一つでもあったら、人間側は総力を挙げて報復してきてもおかしくないですものね」
「そうだな。かといってこちら側から引き渡すにしても、途中で魔族領の魔物に襲われてしまう可能性がある。陸路で行くなら年中雪の積もったワイラー山脈を越えないといけないし、空輸は撃ち落されたら終わりだからな」
人間たちの報復という、最悪の事態を恐れるガルベナードとアルメーネ。ふたりは聖女を人間側へ引き渡そうと考えるが、どの方法を取っても穏便にいきそうにない。
「それなら城内にある転送装置を使えば…………って思ったんですけど、この間壊れてしまったんですよね……」
「そんなこともあったな。しかも必要な素材が希少だったり加工が難しかったりで、装置の復旧には50年かかる見込みらしい。魔族である俺等からしたら大したことない期間だが、人間基準だとそこまで待っていられないだろう」
「なるほど……難しいですね」
計画が難航する魔王軍だったが、ガルベナードはここで思い切った決断を下す。
「そうなると、人間共が聖女を迎えに来るまで
「結局そうなりますか……あまり考えたくはなかったのですが」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いえ特に何も! もし聖女と魔王軍の面々との反りが合わなかったら困ると思いまして」
ガルベナードの意向を聞いて、アルメーネは当惑しながらも返答する。彼女は魔王と聖女が共に夜を過ごすことを無意識に想定してしまっていたのだが、さすがにそれを上司に直接話すことはできなかった。
と、その時。
「ん…………っ」
「おっと。聖女様のお目覚めか」
ガルベナードの膝の上で抱えられていた聖女がピクリと動き、目覚めの気配を見せる。それに気づいた魔王は、玉座の横の平らな床に少女を横たわらせる。その後の彼が行うのは、聖女が起きるまで様子を見守ることだけだ。
「聖女との対面……今からドキドキします」
アルメーネも好奇心を膨らませながら、聖女の様子を見守る。彼女も先日まで人間領に滞在していたが、さすがに聖女と対面するのは今回が初めてだったので無理もなかった。
しばらくして聖女が目を開け、起き上がって辺りを見渡す。
「わ……私は……? ここは一体……?」
「安心しろ。お前はまだ死んでいないし、少なくとも俺はお前を殺すつもりはない」
ガルベナードは戸惑う聖女に対してそう言い、彼女の隣で片膝をつき、改めて話しかける。
「ひとまず名を名乗らせてもらおう。俺はガルベナード。この城の主を務めている」
「わたくしはアルメーネ。ガルベナード様の従者をしておりますわ」
「クランドル正教の聖女マリナと申します」
ガルベナードを皮切りに、三者三様の自己紹介が行われる。その中でも聖女――もとい、マリナと名乗った少女はその場で正座し、
「早速の質問で申し訳ないのですが、ここは一体どこなのでしょう……?」
「ここは魔王城。魔族領の果てにある、魔王軍の拠点です。もっとも人間が立ち入るような場所ではないので、見覚えがなくても仕方ないでしょう」
「まおう、じょう……? 初めて聞きますわ。それに魔族など、他にも存じ上げない言葉が聞こえたような気がします」
マリナの質問に対してアルメーネが答える。彼女の話を聞いて、聖女は言葉を続ける――それが相手の起爆剤になるとも知らずに。
「それにしても、山羊の角や蝙蝠の羽をもった人間など、今まで見たことがありません。そのように奇妙な御方がいらっしゃる場所へ足を踏み入れるだなんて、思いもよりませんでしたわ」
「ま、マリナ様……!? 先ほどのお言葉は……」
魔族への侮蔑とも捉えられかねないようなマリナの発言を聞いて、アルメーネは思わず震え上がる。
(連日大聖堂で祈りを捧げる聖女は各地の伝承を知らないとは思っていましたが、まさか魔族の存在も知らかかったとは……。仮にそうだとしても、我々魔族を奇妙なものなどと呼ばれては、ガルベナード様といえど怒り心頭に間違いありませんわ)
たしかに先日アルメーネが人間領を視察した際にも、現地で暮らしている魔族は存在した。しかし、彼らも基本的には薄暗い裏路地で表に出回らない商品を取引する者が多く、ましてや大聖堂に立ち入ることなど殆どないという話だった。聖女が魔族について知らないのも仕方のないことだろう。
一方、
「聖女……いや、マリナといったか。我ら魔族と人間との違いを知らないというのならば、魔族の魔族たる所以を今ここでその目に焼き付けるがいい――むろん手加減はしている故、この程度で死ぬことは許さんぞ」
マリナの発言に堪忍袋の緒が切れたのか、ガルベナードはそう言って黒いオーラをその身に纏う。漆黒のオーラは瞬く間に魔王の身体を包み込み、その体積を徐々に増大させていった。
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