#4 聖女に地雷を踏まれてしまった魔王の末路
「マリナといったか。我ら魔族と人間との違いを知らないというのならば、魔族の魔族たる所以を今ここでその目に焼き付けるがいい――」
ガルベナードはそう言い、黒いオーラをその身に纏う。漆黒のオーラは瞬く間に魔王の身体を包み込み、その体積を徐々に増大させていった。
程なくしてオーラがすべて晴れた後に立っていたのは、背丈が2倍ほどになり、下半身が戦車のような形へと変化したガルベナードだった。額からは天を貫くように真上に伸びる角が二本、さらに側頭部からは眼前の敵を串刺しにすべく前方へ伸びる角が二本。両腕の爪は鋭く尖り、背中の翼や両肩の突起と併せて漆黒の鱗に覆われ、金属のような光沢を放っている。そして戦車の後方からはサソリの尾が生えており、狙いをすますように先端をマリナのほうへ向けている。
「聖女マリナよ。これが当代魔王たる我の真なる姿だ。これを見てお前はどう思うか、嘘偽りなく答えてみよ」
真の姿を解放したガルベナードは、右手に黒いエネルギー球を掲げながら、くぐもった声でマリナに問いかける。
「こ……このような姿かたちをした化け物については、今までに読んだどの教典にも載っていません。私に言えるのは、ただそれだけです」
マリナはありのままに答える。彼女の言葉を聞いて聖女の知識量のなさを悟った魔王は、呆れたように持論を述べる。
「フッ……聖女ともあろう者が、己の知識を教典のみに委ねるとは、偏屈以外の何物でもない。加えて魔王たる我が真なる姿を解放せし時、普通の人間は恐れを抱くものだが、お前はそのような答えを出さなかった。組織の人間共によって禁じられてきたのかもしれないが、結果としてそれはお前の知識の幅を狭めている。総じて笑止千万といえよう」
ガルベナードはそう言うと、掲げていたエネルギー球を右手で握りつぶす。その様子を見たマリナは一瞬おびえたようなリアクションを見せるが、魔王はそれに動じることなく自身の意向を告げる。
「聖女マリナよ。我々はお前を元いた場所へ帰そうと思う。しかしこの魔王城の外は獰猛な魔物が跋扈しているが故、お前の身の安全も保障できない。したがって、お前には人間領からの使いが来るまで
「ここで、過ごす……」
魔王の宣言に対して、マリナは未だに理解が追い付いていないような表情で彼の言葉を繰り返す。
「心配は無用だ。お前の身の回りの用事はアルメーネに任せておけ」
「は、はい! ガルベナード様に命じられたからには、わたくしアルメーネが精一杯お世話させていただきます! 日に三度の食事は勿論、その他の細かなサービスまでご用意いたしておりますので、まずはマリナ様が寝泊まりする部屋を手配させていただきまs――」
「アルメーネ。お前の言いたいことは分かったが、部屋への案内は安全確認も兼ねて俺も同行させて貰う。だがその前に――」
上司から仕事を任されたアルメーネが戸惑いを隠すべく早口でまくし立てるが、ガルベナードが彼女を制する。アルメーネが見上げた先で、魔王は真剣な表情でとあることを部下に告げようとしていた。
「俺がこの姿で歩き回り城に損害を与えるのと、人の姿に戻った俺の全裸を見るのとでは、お前が許せるのはどっちだ」
「どっちが許せるかって、そんなことをいきなり聞かれましても――あっ」
アルメーネは突然上司に質問されて困惑するが、その後何か思い出したように声を上げる。彼女の視線の先にはガルベナードが先ほどまで着ていた服があったが、それらのほとんどは布地が引き裂かれ再起不能な状態で床に散らばっている。一方のマリナは質問の意味が分かっていないらしく、きょとんとした顔で頭上に疑問符を浮かべている。
(言われてみればそうでした……! ガルベナード様に限らず、魔王は真の姿から人型に戻るときは服を全く着ていない……そもそも例の御姿を披露される機会がほとんどなかったのですっかり忘れかけていました……!)
アルメーネは体を小刻みに震わせながら、心の中でつぶやく。魔族といえど、初対面の聖女相手に異性の裸を見せるのはさすがに抵抗があった。
歴史書や英雄譚に登場する魔王の多くは人に近い姿と真の姿とを持ち、力を解放することで異形へ姿を変える。しかし、彼らが真の姿を見せるのは勇者との闘いなど限られた状況がほとんどで、力を解放した後は戦いに敗れ斃されてしまうのがお約束である。そのため今回のように真の姿から人型へ戻るケースは比較的珍しく、結果としてこのこのような事態を引き起こしてしまったのである。
「それで、質問の答えを聞かせてもらおうか」
「そ、そのような質問であれば答えは一つに決まっておりますわ! わたくし達の魔王城が壊されることに比べれば、ガルベナード様の裸など恐るるに足りません! わたくしはマリナ様とともに壁のほうを向いておりますので、ガルベナード様は速やかにお着替えなさってくださいませ!」
アルメーネは上ずった声でそう言うと、マリナを玉座の間の壁際まで誘導する。マリナは未だに状況が理解できていないような表情をしていたが、指示されるがままに部屋の端へ寄っていき、玉座に背を向け両手で顔を覆う。その様子を確認したガルベナードは人型に戻り、自室へ着替えを取りに行くのだった。
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