発見: 黒間警部の視点②

 虻内市の農村部は中々に雄大で、市街やリゾート地の騒音を寄せ付けない自然に覆われていた。風が冷たさを覚え始めた時期になったが、まだしばらくは、緑に染まった風景が消えることはないだろう。

 しかしながら黒間たちが辿り着いた事件現場では、秋の平穏は消え去ってしまっていた。

 警察車両のサイレン、報道陣や野次馬の声がそこら中で響き渡っている。現場が荒れる前にできる限りの調査を進めようとしたものの、事件が世間の関心を集めているだけあってか、現場に到着してからほんの数分で報道関係者や野次馬が集結してしまっていた。

 新しい遺体が発見されたのは市内の農場で、畜産業用の井戸に遺棄されていたのを場内の職員が見つけたという話である。鬱陶しそうに片耳をふさぎながら周辺を探る大鳥に、黒間は話しかける。

 「被害者の顔は割れたか?」

 「ええ割れましたよ。名前は桜野充。18歳で、虻内市高校の学生。ちょうど三日前から行方不明で捜索願が出てたみたいです」

 大鳥は顔写真をファイルから取り出す。特徴的な赤毛の巻き髪は、確かに犠牲者の外観と一致していた。

 「殺された上に、井戸の中に棄てられたようです。惨いことをしやがるもんだ」

 そうつぶやいて十字を切る大鳥から写真を渡されれば、黒間は遺体が浮かんでいた井戸から視線を移す。

第一発見者は朝に井戸の様子を見に来た農園の所有者で、草原にはタイヤ痕のようなわだちも残っていたらしい。死体は着衣のまま井戸に投げ込まれたように遺棄されていた。また、右腕は手首より先を失っており、例によって歯型のような跡も残されている。

事件についての目撃情報はほぼ何も集まっていない。しかしながら、残された跡や、傷を残した上でわざわざ再度服を着せるやり方からして、人喰い男による犯行であると本部は見解を示していた。 

 「お前も、例の奴の犯行だと思うか?」

 黒間の問いに大鳥は振り返りもせず頷き、間違いないでしょうとだけ答えた。周囲の警官や野次馬に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。

 「ところで何を探してるんだ」

 井戸周りの芝生を漁って何かを探している中そう尋ねられると、大鳥は自分の手首を指さす。どうやら遺体から切り離された右手がどこかに落ちていないか探しているらしい。黒間は首を左右に振りながら、再び声をかけた。

 「諦めろ。本当に人喰い男の犯行なら見つかりっこない」

 「そう言わんでくださいよ!それでも別の可能性に賭けて探してやらないと、彼の家族が気の毒だ」

 しばらくすると野次馬の声は収まってきた。だが報道陣は依然として現場に留まっており、新しい情報を今か今かと待ち続けている。

 「犯人は現場に戻ってくると聞きますが、今もどこかから我々の様子を伺ってるんでしょうかね」

 大鳥の言葉に「馬鹿な」とだけ返し、黒間は現場の状況をもう一度報告書に整理し始める。

 遺体が発見された角宇野原(かくうのはら)農園は、茨城県でも有数の巨大な農地を有する。一世紀前から地図上に存在する歴史ある農場であるが、逆に言えば古い設備が多く、広大な土地に対して警備の体制は脆弱で、監視カメラやモニター等のシステム類はほとんど機能していなかった。

第一発見者である農園の主が近づいてきたので、黒間は手帳を見せて一礼し話しかける。

 「大丈夫ですか?朝からこんなことになるとは」

 「いや、本当ですよ。水汲みの機械が動かなかったんで見てみたら、まさか死体が詰まってるとは...それに、大事な芝生まで荒らされて」

大鳥も2人の会話に割って入り、メモを取りながら農園主の言葉に耳を傾ける。

 「お察しします。今朝遺体を見つけるまでは、何もなかったんですか?例えば、見知らぬ人影を見たとか」

 「い、いつもと変わらずでしたね。ただ、いつも見回りはしてますが、ここまで来ない時間も多かったので...」

 話を聞く限りでは、井戸は昨晩までは問題なく動いていて特に変わった様子はなかったということだった。犯人はどこからか敷地に入って死体を井戸に放り込むまでを、誰にも見られずほんの数分で済ませたと、黒間は報告書に書き加える。

 「これじゃあ、この井戸はもう使えませんね」

 「保険で補修はさせてもらえるでしょうが、ここから数ヶ月の間は...参りましたね」

 職員はそう答えては井戸の中を見直す。まだ残っている血痕を見ると気分が悪くなったのか、「失礼」と言ってその場を離れた。人喰い男関連の遺体を見た発見者にはよくあることだったが、とうの昔から死体には慣れている黒間は、常に動じることのない表情のままである。

「しかし妙ですね、今回の被害者」

大鳥が不意につぶやく。

黒間に「何がだ?」と聞かれると、大鳥は鞄から過去の犠牲者のリストを出して、簡易テーブルの上に並べた。

「今までの犠牲者には、共通点があったじゃないですか。早い話が全員、違法ドラッグの密売人だ。でも今回の充さんは…それに当てはまらない、ただの大学生です。もしかすると、我々の捜査もまたやり直しかもしれませんよ」

肩を落として話す大鳥の言う通り、人喰い一家事件で命を奪われた犠牲者のほとんどは、違法薬物や大麻を売りさばいていた売人だった。中には指名手配を受けていた者や、外国から日本に渡って大麻を配っていた犯罪者もいた。

一連の殺人にはドラッグを売りさばいている犯罪組織が関わっているのではないかという推察もある。表沙汰にはしていないものの、警察や行政もその見解を持ちつつあった。だが今回殺された充は、密売人でもなければ、反社会的組織の関わりも全く見られない。上層部はさらに頭を悩ませているところだろう。

「じゃあ、人喰い男じゃない他の誰か…模倣犯の仕業だって言うのか?」

「そこまでは言いませんが…」

大鳥は口を閉ざして考え込んでしまう。黒間はリストを確認すると片付けるように指示し、テーブルから離れてはタバコを取りだした。

朝からずっと降り続いていた雨も昼頃にはすっかり止んでしまった。だが空は変わらず曇り模様で、静かだがどこがおどろおどろしい空気が街を包んでいる。

しばらくは井戸の方を見つめていたが、携帯が鳴るとタバコを吸うのを止め、遺体の発見場所から少し離れる。彼の家族からの電話だった。

妙な胸騒ぎを覚えつつ、黒間は携帯を耳に当てた。

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