嗤って糸を絡ませて

@kuruugingu

第1話

 血飛沫が舞う度に響き渡る、兵士たちの悲鳴と慟哭。「死ね」「殺せ」「死んでくれ」「死にたくない」向かい合う相手に対して向けるどこまでも真っ黒い殺意を膨れ上がられ、兵士達は武器をかがげる。


 今宵は戦争。命を削り、血を血で洗い、人が今まで築き上げてきたもので、人の築いてきたものを奪い合う、正に血みどろの大一番。


 その糸を自在に手繰り寄せ、戦の風に酔いしれた天上の者達は、今日も酒を飲み交わしながら呑気にゆったり賭けをする。


「さてどちらが勝つのでしょうね」

「勿論今宵もあちらでしょう」

「いやいやあっちも捨てがたい」

「どちらが勝っても満足満足」


 浴びるように飲んだ酒で顔は赤みを帯び、意識はだんだんと酩酊していく。


 しかしそれでも飲むのはやめない。獣臭い重厚な血の芳香と、戦場に駆り出された兵士があげる無限の恐怖を内包した叫び声は、彼らにとっては一生飽きることのない、至高のつまみなのだから。


 酒のつまみに飽きは来ないが、同じ味を何度も味わえばくどく感じるもの。故につまみを用意する時は豊富に揃えておくものだ。


 例えば、悲鳴。野太い男の叫ぶ声だけでは物足りぬ。幼子や女子の泣き叫ぶ裏高い声が良いスパイスになるのだ。


 例えば、戦い。血みどろの争いは確かに心を熱くさせるが、心の奧の淀んだ油は中々燃えるのに時間がかかる。潰し、なぶり、苦しませ、絶望に染まる兵士のご尊顔を眺めてようやく、重たい油は良く燃え盛るのだ。


 人の不幸は蜜の味とも言う。彼らにとっては正に甘味。


 幅広く展開された薄暗く光るモニターに、まるで操り人形のように無様に、哀れに、惨めに動き回る戦場の道化達。


 永遠に楽しめるかと思うような緊張感溢れる喜劇もしかし、それが舞台であるならば、カーテンを閉じる瞬間も必ずあると言うもの。

 舞台上にて踊る人形達が次々と、糸が切れたように倒れ込む姿がモニターに写る。それは文字通り、命の糸が途切れた瞬間であり、彼らが観客達を最期の最期まで楽しませた証でもある。


「ほう、そろそろ終わりますか」

「今回は少し早いのではないですかな」

「いやいやこれもまた醍醐味」

「暫く余韻に浸るとしましょう」


舞台の幕引きを感じ取った観客達は再び酒をあおり、先程までの素晴らしい人形劇への余韻を味わう。


「次はどんな舞台が見られるのでしょうな」

「良い酒のつまみになれば良いのですがね」

「それは、見てからのお楽しみでしょう」

「ではまた、次の余興で」


ケラケラと卑しく嗤う観客達の声を聞きながら、舞台は残酷に幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嗤って糸を絡ませて @kuruugingu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ