ウォーターサーブ
墨村
ウォーターサーブ
ウォーターサーバーを売るために声かけする人はもうキャッチとマルチの悪いところ取りだと思ってる。さすがにそれは言い過ぎだけど。私は今までに2回餌食にされて、もう絶対に捕まらないと決心を固めた。「ウォーターサーバーを売る人」って長いけど別名はないのかな。
奴らは思いがけない場所に突如現れる。どこに現れるのが妥当なのかも分からないけど、とにかく予想外だった。1回目はクリスマスのアウトレット。そもそも居るのか?洋服を買いに来たのに、「あ、ウォーターサーバー売ってるよ。ちょうど買いたかったんだ!」なんて人は。クリスマスならあり得たのかな。しかも奴らは最初、ウォーターサーバー販売マンと悟られないように話しかけてくるのもかなり悪質。それならキャップかぶって腰にエプロン巻いて、片手に携帯持って、マスク付けてるけど鼻だけ出てるキャッチの方がまだわかりやすくて良い。無視するかしないかを事前に判断できるから。
奴らは、シール貼るタイプのアンケートボードを両手に持って待ち構えていた。「アンケート取ってるんです!」って、いやいや「ウォーターサーバー売ってるんです!」って言わないとずるいでしょ。ボードにシール貼るタイプのアンケートは是非答えたいでしょ。そのアンケート自体囮道具に過ぎないのに、シール貼りイベントにわくわくしてしまうこちらの心を見透かされているようでそれも悔しかった。
一番悪質なポイントはウォーターサーバーという単語が爽やかすぎること。絶対必要ないのになぜか無視しにくい絶妙な空気感。だって水を出す機械売る人ってまあ悪いヒトではなさそうだし。そもそも水自体が無害で、人間支えてるし。うきうきでボードに赤い丸いシール貼ってしまったらもうそれはねずみ取りに捕まったねずみ。「実は今ね、」から始まるセールストークで地獄を見る。粘着力が高すぎてなかなか身動き取れなかった。今でも剥がれるときの大変だったもがき方を覚えている。
2回目なんて全国各地のラーメン屋のブースが公園に集まるイベントで、「ウエットティッシュ配ってるんですけど、いります?」って。そりゃ要るだろ。要らないわけないだろ今から野外でラーメン食べるんだから。
「今だけこの機械無料で・・」
「えー」
「お水の値段だけかかっちゃうんですけど、機械はただで」
「へえー」
「サイズも選べて」
「はあ」
「お湯も出るんです」
「えー」
AIでも「それはすごいですね」以外話せないんじゃないかな。さっき一人男の子が購入してくれたんですって言ってたけど、もうその男の子が実家暮らしでお母さんに怒られたらいいのにとまで思ってしまった。
この一連のトークを終えて、こちらが苦笑いしているとまた「今だけ無料で・・」とループが始まるからそれがまた地獄。一生同じ話が永遠、私の墓はここに立つのかと思った。こちらの頭の中はどうやって切り上げるかしか考えていないし、向こうも多分「これは釣れないなー」って思っていたはず。奴らがしまいには「水が嫌いじゃないよって人は是非」とか言い出すもんだから笑ってしまった。今思えばこれは奴らが提案してくれた唯一の逃げ道だったんじゃないかとも思う。水が嫌いっていえばここから逃げれるよって。むしろ買わないなら早く水嫌い宣言してよって。でも私水には感謝してもしきれないし嘘でも嫌いなんて言いたくない。ここで嫌いって言ったら死因は水な気がするし。マニュアル通りのうたい文句で簡単に落とせる女だと思わないでほしい。私にはおいしいラーメンが待っているというのにこんな罠にはまってしまうとは。お腹も泣いている。奴らはセールスなわけで一歩も引くはずはなく、私は私で離れる口実がなかなか浮かばなかった。ただ、ひとりで捕まっていなかったことが不幸中の幸い。ついに友達が口を開いた。
「一旦ラーメン行ってきます。」
ウォーターサーブ 墨村 @sumimura09
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