第42話 夜の帳を紡ぎ直し
「……あのクビナシも、きっと元は住民だったよね。」
「希美。助けられなかった、とか考えないでね。」
タビが言った。「あれ以上、誰かを襲わなくて良かったって思おうよ、ね。」
「……うん。ありがとう。」
「じゃ、町に行こう!」
『砂時計の画像を送ります。町の広場にあるはずです。』
私達は改めて中心街に入った。コウメイさんが送ってくれた画像には、まだ町が平和だったころの夜時計が映っていた。大きな花壇があり、その上には銀の輪をいくつも組み合わせたオブジェ。真ん中に紺色の砂が入った砂時計がはまっている。
「……もしかして、あれ?」
タビ指さしたのは、おそらく元々大通りだった場所。無人ではあるが、お店らしき建物がひしめき合っていて、その先に写真に似た広場らしきものが見えた。進んでいくと、花壇であったと思しき場所、その上に時計の残骸と、折り重なるようにしてある人型の石像。数は十数体だろうか。どれも静かに目を閉じていて、眠っているように見える。
「これって、クビナシ?」
ほのかが言う。「でも、なんか……。」
「うん。石になってるけど、色が黒くない。」
先輩が言った。「それに、クビナシだったらすぐ割れるはずだ。」
「あっ、この人、アナクラさんだよ!」
ほのかの足元に倒れている石像を見たタビが言う。確かに、仮面を付けた姿は、私を見てびっくりしていた弟さんの姿だ。
「希美、シロイトを出して。」
タビが私をせっついた。「体、どこも壊れてないもん!助かるかもしれない!」
私達は急いでシロイトを大量に紡ぐ。先輩とほのかが絵を描き始め、シロイトを紡ぐスピードが上がる。すると、石像のまぶたがひくひくと動いた。
「……う?」
「アナクラさん、気付いたー!」
「あ。ああタビ様!あああ嬉しい!」
飛びついたタビを、アナクラさんはひしと抱きしめた。ひとしきり撫でてからこちらに気づくと、深々とお辞儀をした。
「皆さんがシロイトを運んでくださったのですね、ありがとうございます。……でも変ですね。シロイトってカクの人間しか作れないはずなのに、皆さんからは魔法使いの気配が。」
「あ、それはね、魔法使いを羽織ってるんだよ。」
「は、羽織るですって!?え、つまり、みみ皆さんハヲリになりかけなのですかっ?」
アナクラさんがヒステリックな声を出して倒れる。私は慌てて説明する。
「だ、大丈夫ですよ!お互いハヲリになりすぎないよう見張ってるし、タビも付いてますから!」
「しししかしですね、紡様なのでしょう?なのにあろうことかハヲリなんて」
「もーそこはいいから!」
ほのかが話を遮る。
「ねえ!ここの石像たちも生きてるの?生きてるんだよね?」
「え、あ、いや!お待ちください!」
シロイトを出そうとするほのかに、アナクラさんは慌てて立ち上がる。
「確かに、彼らは生きています。極限までシロイトの消費を抑えるためにこのような姿になっているだけです。」
「だったら―」
「ですが、今ここで復活させてもジリ貧です!夜時計がありませんし、外には、まだ沢山クビナシがいるはずです。それこそ、足の踏み場もないほどに!彼らを何とかするまでは、石像のままの方がかえって安全です!」
『アナクラ君、聞こえる?』
スマホからゲンゲさんの声がすると、アナクラさんの肩がぴくんと震えた。
「げ、ゲンゲ様ですか!?」
『そうよ!元に戻って何よりだわ!今こっちで周辺を調べてるけど、クビナシはいないわよ!』
「え?そ、そんなはずは。」
「アタシらも来る途中で遭ったけど、足の踏み場も無いってほどじゃなかったよね?」
ほのかの言葉に、私も頷く。幽霊や妖怪のクロワタには遭遇し、怖い思いはしたけど。
「クロワタの破片と思しき黒いガラスは沢山見かけたんすよ。だから、俺達が来る前に多くは死んじゃったんじゃないすかね。」
「城壁を食べてるクビナシもいたけれど、それも浄化しました。」
「何と……。」
私と先輩の説明に、アナクラさんは口をあんぐり開けている。
『ねえアナクラ君。住民は第一地区に避難したんでしょ。なのにどうしてクビナシがそんなにいるって思うの。』
「……実のところ、避難を拒む住民も多かったのです。」
アナクラさんがうなだれた。「主に、死霊やゾンビ、それに妖怪たちです。彼らを形作るのは、人間への恨みですから、人の住むエリアには行きたがらないのです。」
「けど、自分が消えるかもしれないのにな……。」
「コー兄。幽霊が人の恨み捨てたら、それもう自我喪失と同じじゃない?」
先輩の呟きにほのかが答えた。先輩は納得してないみたいだけど、アナクラさんは頷いている。
「ですから、第二、三地区への避難も要請しようとしましたが、その前に彼らはクビナシ化してしまった。住んでいたエリアが中心街から離れていたのも災いしたのです。私は生き残った住民だけでもと第一エリアに避難させました。残ったのは、元々私と一緒に砂時計を守っていた、一流の術者たちだけです。」
「でも、その人達が―」
「はい。クビナシになりました。」
アナクラさんが顔を手で覆った。
「人数は多くなかったのですが、その中には使い魔を出す術師やシャーマンもいました。ですから、彼らは術で呼び出した仲間をクビナシに次々と変えたのです。」
『そこに元々避難しなかった幽霊たちのクビナシが合わさって、足の踏み場もないほどになったわけね。』
「はい。多勢に無勢ですし、相手は離れた場所から紡様を呪い殺す事も出来ます。危険すぎます。ですから私は紡様を逃がすことにしました。でも、その為にはたくさんの魔力が要ります。」
「それで、時計を―」
「はい。どのみち、時計を残すメリットはありませんでした。住民はほとんどいない。供給されるシロイトだけでは寄ってくるクビナシを撃退出来ない。ならば―」
『供給を絶ち、クビナシを餓死させた方が勝機があると。』
局長が言うと、アナクラさんが頷いた。
「紡様を送り返し、余ったシロイトで仲間を観測局に避難させようとしましたが、拒まれました。皆、私より強い術師ですから。なので皆で生命活動に必要なシロイトを極限まで抑え、残りを城壁に使って籠城する事にしたのです。」
アナクラさんは後ろの石像を振り返った。
「でも、無謀だと今なら思います。壁が食い潰されない保証はなかったですから……。」
『アナクラ、周囲にクビナシの反応はありません。今なら安全に仲間を避難させられます。彼ら動けませんから。』
「なんだかだましているような気分ですけど!?」
『気にしないで下さい。朝倉希美さん、車を用意して頂けますか。住民を車で地区の外まで送ってください。後は我々で迎えに行きます。』
「分かりました!」
「じゃあ、俺とほのかで夜時計の修理かな。」
「有り余るシロイトを見せてやんよ!」
ほのかが腕まくりをして夜時計によじ登った。
『アナクラ。あなたにはバリスタさんの居場所を突き止めて頂きたい。』
「バリスタ―」
コウメイさんの言葉に、アナクラさんが突然顔をひっくり返した。ピエロのような風貌のお兄さんが現れる。
「思い出した!探偵をしてるコーヒーの魔法使いだよね!どうかしたの?」
「あのね、実は行方不明になって……。」
タビの説明を、アナクラさんはふんふんと言いながらしばらく聞いていた。
「……僕、石化してる間も意識はあったんだ。でも、バリスタは町には来てないよ。きっと城壁の外を通ったんだね。」
「じゃあ、どっち行ったかは分かんないよね……。」
「分かるよ。」
「え!?」
タビだけじゃなくて私達も驚いた。
「タビ様の話だと、バリスタは住民を避けてるんだよね?クロワタを出しちゃうから。」
「そうなの!―あっ。」
「アナクラさん。あの、バリスタさんは私の友達がハヲリになってしまった姿なんです。わざとクロワタを出してるわけじゃないんです。」
「僕がバリスタを殺しちゃうと思った?大丈夫だよ。ハヲリなのはびっくりだけどね!」
アナクラさんがあっけらかんと言った。
「でも、ハヲリなら尚更急がなきゃ!住民を避けるなら、目指す場所は無人エリアだ。第一地区から一番離れている鮮やかな廃村だと思うよ。この地区の西の端にある。バリスタもこの辺の地理は知ってるから、きっと目指してると思う。」
『鮮やかな廃村か……。これまた大変な場所に行ってしまったネ。』
局長が言った。
『確かに無人ではあるが、幻覚を見せる霧が立ち込めていて下手に入れば二度と出られない。紡や橋渡し猫でも危険なエリアだ。』
「僕は霧があってもへっちゃらだから。探すの、手伝わせて。」
アナクラさんが自分の胸を叩いた。
『ではアナクラ。案内は頼んだよ。だがその前に時計だ。周囲にクビナシの脅威が無い以上、シロイトの供給を止める理由はない。すぐに修理してくれ。』
「うん!皆ありがとう!じゃあ、シロイトをもらいます!」
アナクラさんは満面の笑みで夜時計の残骸を集め、ほのか達のシロイトを吸収すると何やらぶつぶつと唱えながら踊り始めた。残骸が一人でに浮き上がり、互いに接合した。銀の輪がいくつも組み合わさったオブジェが元の姿を取りもどした。
「そして、これを―」
アナクラさんは、今度は砂時計の残骸を手にまた踊りだす。映像が巻き戻るように砂時計が直っていく。そして、最後のひび割れが直ったところで
「おんどりゃあ!」
砂時計を思いっきりけり飛ばし、オブジェの真ん中にはめ込んだ。
「フィニッシュなんか荒っぽい!」
ほのかがそう突っ込んだが、砂時計は静かにひっくり返り、砂を下へこぼし始める。すると、それに合わせて空が段々暗くなり、月と星が輝きだした。
「夜になった……。」
「希美、今流れ星見えたよ!」
タビがはしゃぐ。踊り終えたアナクラさんはふらふらとした足取りで花壇から降りる。
「ふぅ……。この夜が地区全体に広がるまでちょっと待って。そうすれば、周囲のクロワタもいくらかマシになるからさ!」
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