第41話 Panic……

「すっごいコー兄!ドラゴン出せたの!?」

「先輩。バリスタさんは人工物しか具現化出来ないはずですよ。それなのに……。」

「うん。そこ、ちょっと気になったのだがね。」

 先輩が運転しながら言う。

「こーへー、ハヲリになりかけ。えい。」

「痛っ。―ありがとうございます、タビさん。」

「もー、皆すぐ危なくなるんだからー!」

「すんません。とにかく、朝倉さん。バリスタさんの具現化出来るものって、本当に人工物だけ?」

 そう言われて、私は改めてノートを見返してみた。確かに、具現化出来るものについては何も設定が描かれていない。でも、確かにバリスタさんは「見た事のある人工物しか描けない。」って言ってた。

「ひょっとしてそれ、四月一日ちゃんだからじゃない?」

 ほのかが言った。

「四月一日ちゃんって、建物とか車とかすごい上手なんだよね。でも、動物とかはあんまり描かないイメージある。」

「そういえば、知り合った頃も車の絵を多く描いてた。人物には苦手意識があるとも言っていたのだよ。いたた」

「ほら希美も!危ない危ない。」

 タビが言った時、スマホに通信が入った。

『申し訳ありません。クビナシの反応を掴めませんでした。』

「あ、コウメイさん。今のところは、もうクビナシも出てないっすよ。」

『いや、油断は出来ないヨ。それに、気になる事もある。ちょっと周囲を撮影してくれるカナ?それから、改めてルートを出すよ。』

 そこで、ほのかが再び周囲をスマホで撮影。一分もたたないうちに、新しいルートが表示された。ところが

「え?これ……合ってる?」

 心配そうにタビが呟いた。ルートは城壁に突っ込んだ後、そのまま中を走っている。

『不安かもしれないがまずは地図通りに進んでみてくれないカナ。もしワシの予想通りなら、多分見えている城壁のほとんどはまやかしだ。』

「大丈夫だよな、コテツ?」

『偽物の壁を作るのはアナクラ君の十八番だ。次の追手が来る前に、早く。』

 ルート通りに進むと、遠くに見えていたはずの城壁がどんどん目の前に近づいてくる。

「うう~ぶつかっちゃうよ~~!」

 タビの悲鳴を横に聞きながら、車は壁に向かって走る。三メートル、二メートル、一……となったところで壁が急に半透明になった。うっすらとヨーロッパ風の古い街並みが透けて見える。だが、よく見るとあちこちがおかしい。建物はどこかが必ず歪んでいる。街灯はランプがあるが支柱が無い。そして、やはり無人。地図上は、まだ城壁を走っている。

「すごーい!ほんとにぶつからなかった!」

 ほのかが周囲を撮影し、コウメイさん達に送る。

『間違いないわ。そこが中心街よ。』

「じゃあ、このまま行けば砂時計に辿り着けるんですね?」

『朝倉希美さん、肯定します。しかし、この先にクビナシの反応を確認しました。先にそちらを浄化してください。』

「城壁で食い止めてるなら大丈夫じゃないんすか?」

『否定します。彼らは城壁を食べています。』

 城壁を食べる!?私達が訊き返そうとしたところで、黒い影が見えてきた。先輩が車を停める。私は双眼鏡を描いて皆に渡した。

「クビナシだ。魔女みたいな見た目をしているのだよ。」

「希美、またハヲってる!えい。」

「いた!」

「うわ、ホントに壁食べてる~。コー兄、壁っておいしいの?」

「シロイトで出来てるから食ってるだけだ。しかし、数が多いな。」

 先輩が困ったように言う。「近づかずにシロイトだけばらまけないかな?」

「ドラゴンで焼けば?」

「馬鹿。町まで壊しちゃうよ。」

「じゃあ、トラックはどうかな?」

 私が言った。火山を浄化するためにバリスタさんが出してくれた、運転手付きのトラックだ。前と同じように、トラックを描いてから荷台に沢山シロイトを積んで走らせよう。私はスプーンを動かし始める。が、頭に不意に火山の光景がよみがえる。砕け散るクナさん、敵意を向けて来る防衛軍、そして光と衝撃。

「―ぁああああ!」

「のぞみんどうしたの!?」

 ほのかが私の頬を叩いてくれたので我に返った。脂汗が止まらず、脚に力が入らない。スプーンの先から出ていたのは、クロワタ交じりのコーヒーだった。

「すまない。ちょっと―」

 自分でも声が震えているのが分かる。手が反射的にお腹を押さえていた。

「朝倉さん、ひょっとしてダブルさん達の事……。」

「うん……。でも、今見たのは、わたし―バリスタさん視点の記憶だ。」

「スプーンが本人のものだからか?」

「なんでかは分かんないけど、希美がそれを見るのはまずいよ!」

 タビがそう言って、私に飛び蹴りする。

「ふぎゃ!?た、タビひっかかないで痛い痛い!」

「駄目!記憶を見るってことは、それだけバリスタさんに近づいてるもん!」

 散々引っかかれシロイトを引きちぎられたので、私は顔が朝倉希美、服装がバリスタという状態になってしまった。ハヲリではあるけれど、先ほどまでより息苦しくない。つまり、それだけバリスタさんからは遠のいている。

「これで、絵描けるかな……?」

 私は再びスプーンで絵を描き、出来るだけ早くトラックを仕上げた。ところが、出来上がったトラックはバリスタさんが以前出したものとは似ても似つかない絵。

「柔らかいタッチの絵だねー。バリスタさんって、こういうの描くの?」

「……ううん。これ、私の絵だ。」

 同じモチーフを描くと、やっぱり実力の差がはっきり出る。分かっていたけれど、やっぱり自分の絵には幻滅してしまう。

「えー!のぞみん車の絵上手いね?」

「そんなこと無いよ。美希の方が―あ。」

 トラックはむくむくと立体的になり、エンジンがかかる音がした。その音のせいで、クビナシ達に感づかれた。ドロドロに溶けた箒にまたがり、ケタケタと笑いながらこちらに突進してきた!

「絵の講評は後!とりあえずシロイトを!」

 先輩の一声で、私達は急いでシロイトを紡いでトラックに積み込んだ。トラックがクビナシめがけ走り出すと、クビナシたちは我先にと荷台に突っ込んでいく。私がその間に車を描き上げ、一度城壁から離れる。クビナシ達はトラックもろともシロイトを平らげたが、まだ浄化されない。こちらに的を絞ったのか、城壁に戻らず箒で飛んでくる。

「うわ!?」

 突然目の前に壁が現れたり、坂が出来たりした。魔女の妨害!?

「こーへー!ここならドラゴン出しても大丈夫だよ!」

 先輩が再びドラゴンを描いた。クビナシたちを火炎放射で焼き払うが、意外に俊敏で避けられてしまう。一方でこちらは坂や落とし穴が突然現れるので、シロイトを紡ぐのも一苦労だ。

「―うわ!」

 とうとう私は目の前に現れた壁をよけきれず、車を衝突させてしまった。車はコーヒーに戻って霧散した。そして、

「のぞみんー!?」

 クビナシたちがケタケタ笑いながら私を連れ去ろうとしたのを、先輩がシロイトをぶつけて何とか妨害してくれた。クビナシは空を縦横無尽に飛び回り、奇襲をしかけて来る。

「こんにゃろーー!」

 ほのかがスプーンを動かし始めた。筆運びに一切迷いが無い。どうやらかなり大きなモチーフを沢山描いているようだ。だが、描きあがったものは

「唐揚げ!?」

「なんでだよ!」

 先輩のツッコミも物ともせず、今度は地面から何かを生やしている。現れたそれに、クビナシ魔女の箒が突き上げられ、魔女が墜落する。

「たくあんだーー!?」

 タビが目を真ん丸にした。「ほのかさん、お弁当で戦ってるーー!?」

「これ……『Panic Picnic』!?」

「のぞみん当たり!」

 クロワタの雪原に唐揚げがクレーターを作り、どこまでも伸びるたくあんがバランスを崩して次々に倒れる。その災厄に巻き込まれ消えるクビナシ達。悪夢だ……。ぼう然と立ちすくむ私を、先輩が引っ張った。すぐそばに唐揚げが降ってきて地面がえぐれる。

「……やっぱ、具現化出来るものは誰が描くか、に依存するみたいだな。バリスタさんは唐揚げ描かねえもん。」

「じゃ、希美も何か描けばいいんだよ!」

「そ、そう言われても……。」

 絵なんて久しく描いていない。それに、描けるだけじゃなくてクビナシを浄化出来るようにしないといけないのだ。空を飛ぶクビナシに、どうやってシロイトをぶつけよう?ビルみたいに高さのあるもの?大砲みたいに撃墜出来るもの?そこまで考えて、私の脳内に有るものが浮かんだ。でも、描けるだろうか。

「……えーい、どうにでもなれ!」

 半ばやけくそ気味に、スプーンを走らせた。描きあがったのは水槽車。そういえば、昔美希もスケッチブックに描いていたっけ。あの絵に比べれば消して上手とは言えないけれど、描きあがった車はサイレンを鳴らしながら具現化した。ちゃんと水もたっぷり入っている。

「よし!これなら―二人とも、手伝って!」

 先輩と私で一本ずつホースを伸ばし、クビナシに狙いを定める。ホースにつないだ水には、ほのかがたっぷりとシロイトを入れた。

「放水開始―!」

 ホースの先から、数メートル先まで水が放物線を描いて飛んでいく。驚いて反応できなかったクビナシを次々撃墜し、相殺していく。

「うぉお重てぇ!」

 水を長距離まで飛ばす為、ホースの水圧は相当なものだ。だから、体格のいい先輩でも一人で支えるのは一苦労。私は今にもホースに振られそうになるのを、後ろでタビがホースを押さえてくれたので何とか踏みとどまった。しかも、周囲のクロワタが多いので、なかなか浄化が進まない。

「えーい、こうなれば唐揚げ増量だー!」

 ほのかがそう言って唐揚げをかき揚げ―いや描き上げる。先輩のドラゴンもますます暴れ、クビナシ達に徐々に疲れが見えてきた。飛行が不安定になり、回避も危なっかしくなってきた。一方、私達は徐々にコツが掴めてきて、シューティングゲームの様にクビナシ達を狙い撃ち出来るようになった。唐揚げ流星群やドラゴンの猛攻を避けようとしたクビナシに、放水を的確に当てていき、クビナシ達が確実に減っていく。

「最後!」

 先輩がそう言ってクビナシに放水を当てた。パリン、という音がして小さな黒い破片が空から降り注いだ。

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