第40話 本当に怖いおとぎの国
第四地区はおとぎ話の世界と以前聞いた事があるが、外観は全く知らない。
「俺も一回しか行ったことはないんだけど、インパクトは凄かった。人間より小さい家がずらっと並んでたり、虹色の実が生る木があったり。住む住民によって集落の色がばらばらだから、一言じゃ言いにくいよ。」
だが今、目の前に見える第四地区は灰色の町だった。建物も草木も全てクロワタに覆われているからだ。
「ええっと、このポイントが地区の入り口のはず。」
タビがスマホの地図を確認した時、コウメイさんから通信が入った。
『朝倉希美さん、聞こえますか。』
「はい。無事に地区の入り口に来ました。」
スマホにコウメイさん、ゲンゲさん、そして局長が映った。
「猫ちゃん局長、睨んだような顔してるー。」
「そりゃ、最後まで渋ってたからな。」
局長は私達がハヲリになった事をかなり心配していたが、最終的には第四地区に行くことを許可してくれた。コウメイさんと一緒に私達が完全にハヲリにならないようスマホから見張ってくれている。コウメイさんは私達の位置情報と周辺のクビナシを確認し、目印が何もないこの地区を進むルートを確認してくれる。私達はまず、地区の中心街でアナクラさんを救出する。そして、夜時計を直して地区のクロワタを減らしてからバリスタさんを探す事にした。
『この地区は広いから、案内役の意味でもアナクラ君無しでは探偵の救出は無理よ。』
『ゲンゲさんの言う通りです。中心街までは私がナビしますが、おそらく位置情報がずれるでしょう。時々このスマホで映像を送ってください。都度修正します。』
「分かりました。」
『では、ルートを表示します。』
スマホの画面が地図になる。私は進行方向を浄化しようとシロイトを投げたが、クロワタが多すぎて道が浄化出来ない。ゲンゲさんを助けた時のように、シロイトで道を作るというのは難しそうだ。
「このまま車で進んで、車が壊れそうになったらその都度直した方が良さそう。」
「じゃあタビ、車の様子見てる。あ、希美、スノータイヤ履かないと!」
数メートルの積雪、とかじゃなくて良かった。車を走らせ始めると、パリパリという音がする。どうもクビナシの破片を踏んでいるようだ。
「なんだか、破片が多い気がするのだよ。……いてて!」
「あ、ごめんのぞみん。髪の毛ごとシロイト引っ張っちゃった。」
「い、いいよ。痛みを感じるとよりなんか自分に戻れる感ある。」
危なかった。自覚がないうちに完全なハヲリに近づいていた。
「それで、破片って?」
「雪に混じって、黒いガラスみたいなのがあるでしょ。あれ、クビナシの破片なの。」
私は車を停めて破片を指さす。クロワタの結晶でしかも尖っているからシロイトで出来た車にはかなりダメージが大きい。時折停車して直さないと車が壊れてコーヒーに戻ってしまう。
「多分、クビナシも進行が早いんだ。」
先輩が言った。
「ある意味、アナクラさんの作戦は成功してる。クビナシが自分を保持できずにここで砕けたんじゃないかな。」
「でも、こんなにいっぱいあるって事は……。」
タビはそれ以上言葉が出せないようだった。一体どれほどの住民が、この破片になってしまったのだろう。
「……車が直った。進むとしよう。」
本物の雪の様に車を進ませないクロワタに苦戦しながら進むうち、前方に、この地区に来て初めて建物を見つけた。所々壊れているが、城壁のようだ。
『アナクラが作った壁でしょうか。元々、中心街に壁は無かったはずです』
「じゃあ、まずはあそこに行かなくてはいけないのだよ!……口調変だな?」
首を傾げたほのかに、先輩が答える。
「多分、バリスタさんに寄ってるんだ。よっと。」
「いだ!もう、強くひっぱりすぎだよコー兄。」
私達は城壁目指して車のスピードを上げた。だがよく見ると、城壁の周りに住民の姿ちらほら見える。白馬に乗った騎士や黒いローブの女性、九尾にシャーマン。
「もしかして、生き残った人?」
ほのかがそう言ってカメラを向けた丁度その時、白馬の騎士が振り返った。―騎士には首が無く、兜が鎧の上で浮いてるだけ!
『クビナシです!逃げてください!』
「えっ!?それどっちの意味!?」
「どっちにしたって逃げるよ!」
私はアクセルを強く踏む。その後ろから、騎士が雄叫びを上げてこちらに向かってくる。さらにその後ろからも、続々とクビナシが続く。クロワタの道に常に侵食される車は、スピードを出してもすぐタイヤがパンクしたりボディが壊れて、結局止まる。直しては進むを繰り返すうち、段々とクビナシに距離を詰められていく。
「くっそ、おら!」
先輩がクビナシ騎士めがけシロイトを何度も放り投げた。が、馬が体勢を崩しただけでまだ動いている。
「駄目だ、周囲のクロワタが多すぎて、そっちに相殺を取られる!」
「でも、あの馬、様子が変だよ?なんか、痙攣してない?」
ほのかがそう言った時、パキパキという音がして、代わりに蹄の音が止んだ。私はミラー越しに、馬が真っ黒な石になって砕け散ったのを見た。騎士の残骸につまずいた魔女と九尾も砕け散る。
「……ああくそ!助かったのに、なんだって気分が悪いのだよ!」
「コー兄、そんな場合じゃない!」
ほのかが先輩のシロイトをちぎりながら叫んだ。「あれケンタウロスだよ!ちょっと体溶けてるけど!」
「げええ、神話の生き物!?」
「皆つかまって!」
私は車を右に左に走らせながら逃げる。バリスタさんにしか出来ない事をやると、完全なハヲリにかなり近づいてしまうようだ。車の運転もその一つ。肌感覚で、どんどん自分が完全なハヲリに近づいているのが分かる。
「希美しっかり!」
助手席に座ったタビが私のシロイトをちぎると、はっと目が覚めたような感覚になる。居眠り運転だと思うとバツが悪いが、覚醒してしまうと運転出来ないジレンマ。早く車を降りたい!その為に早く町に着きたい!視界が暗いのと、風のせいか車があおられて進みにくいのがじれったい!
「―なあ、さっきまで日が昇ってたよな?」
先輩が呟くと同時に、車が大きく揺れて真っ暗になる。ボディを乱暴に叩く音がして、風の音も急に近くなった。そして、フロントガラスに大量の顔がスタンプの様に押し付けられ、同時にトマトを握りつぶしたような音が車全体にこだまする。
「ほぎあああああーーーーー???!!!」
「のぞみん落ち着いてなのだよー!!!」
追い打ちをかけるように、スタンプの顔が一斉に笑い、今度は両手をガラスに押し付けた。手はガラスをすり抜け、私の顔、手、腕をべたべたと叩いた。
「ぃうわあああああああああ!!!!」
「朝倉さん落ち着いてーーーー!」
冷たくてじっとりしてて痛い!パニックになった私は完全にハンドルから手を離していた。車は大きく揺れた挙句横転し、コーヒーに戻った。結果、私達は大量の幽霊とご対面。クビナシになっているせいか、半透明の人間が溶けたような姿をしている。ゾンビと幽霊のハイブリット状態だ。
「~~~~~~~!!」
声にならない声が私の口から出た。今までいろいろな危険に遭遇して怖い目にも遭ったが、何とか踏ん張って来た。でも、これは駄目!生理的に無理!バリスタさんだったらここまで怖がらなかったかもしれない。でも、今の私は百パーセント朝倉希美!だから怖い!
「うわはははは!本物のユーレイじゃん、やばーい!!」
恐怖で固まる私をしり目に愉快そうに笑い声を上げてシロイトを振りまくほのか。左手でシロイトを紡ぎながら、右手のスマホで幽霊たちを撮っている。しかも連写。
「朝倉さん、こっち!」
呼ばれて我に返ると、先輩が新たに車を描き上げていた。
「先に乗ってて。あ、シロイト沢山紡いでくれたんだ。」
「ぇえ?私、紡いだ覚えないです。」
「多分、すっごい怖がったからじゃない?」
タビが言った。そうか。たとえ恐怖でも感情が動けばシロイトは出来るんだった。
「これ、もらっていい?」
「どうぞ!」
先輩はスプーンでシロイトを吸い上げると、それを使って何やら描き始めた。かなり大きい。出来上がりが近づくにつれ、私は少し戸惑った。
「せ、先輩。こんなの、実体化出来るんですか?」
「物は試しだ!」
先輩が最後の一筆を描き上げると、浮かび上がったのは大きなドラゴン。平面だった絵は徐々に膨らみ、しなやかな尾と大きな翼、そして口からは灼熱の火が漏れだした。
「ほのか!出発するぞ!」
「むぎゃ。」
先輩は写真に夢中になっているほのかを強引に車に乗せ、アクセルを踏み込んだ。その瞬間、ドラゴンが幽霊たちめがけ火を噴いた。たちまち、幽霊たちは塵も残らず消え去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます