第39話 強引に郷に従う
「バリスタさんは第一地区と第四地区の境目で消息を絶っています。おそらく、第四地区に入っているでしょう。」
「じゃあ、アナクラさんに頼めばいいよ!地区長なんだから。」
コウメイさんの言葉に、明るい声で先輩が言った。アナクラって、どっかで聞いた気が……。
「ほら、希美にびっくりしてた派手派手な魔法使いさんだよ。第四地区の地区長なの。」
「……ああ!え?地区長だったの!?」
「否定します。アナクラの力は借りれません。」
コウメイさんが険しい顔で言うと、手から画面をいくつも出す。だが、映っているのは灰色の雪に覆われた廃墟群。
「これが、今の第四地区です。映っている灰色の雪は全てクロワタです。」
「ぎゃっ!?」
ほのかが画面から離れる。
「住民の多くは既に第一地区に避難したんだが、中心街の住民はまだ少し残っていた。」
「なんで?」タビが尋ねる。
「シロイトの源泉を守るためだ。観測局も紡を派遣し協力した。だが3日前、最後に派遣した紡が魔法で無理矢理観測局に帰された。1人がアナクラ君からの伝言を預かっていてね。」
局長が暗い顔で言った。
「共に戦っていた住民がクビナシになり、紡の力でも巻き返せそうにない。だから仲間と共に夜時計を破壊し、町もろともクビナシを殺す。……アナクラ君はワシにそう伝えてきた。」
「ねえタビ。『よるどけい』って何?」
「さっき局長の言った、シロイトの源泉だよ。第二地区でいう湖ね。確かー、町をずっと夜に出来るってアナクラさん言ってた。」
「源泉ってそれ、壊したら町が危ないじゃない!」
「肯定します。しかし、夜時計が無くなれば、カクからのシロイトを受け取れません。つまり、供給が絶たれます。すると、クビナシもシロイトを入手できませんから早く石化、砕け散ります。つまり、動けるクビナシは減らせるので、それ以上新たな被害者は生まれません。アナクラは兵糧攻めを取ったのです。」
「でも、それじゃあアナクラさんは?この町が滅んだら、バリスタさんは?」
私の問いに、コウメイさんは静かに答えた。
「アナクラは、おそらくもう動けないでしょう。周囲も既にクロワタに呑まれていますから、おそらくバリスタさんも」
「やだーーっ!」
タビが大声で叫んだ。
「タビ第四地区行く!アナクラさんもバリスタさんも助けるのー!!」
「駄目だ。危険すぎる。」
局長がぴしゃりと言った。
「アナクラが紡を送り返したのは、ここにいるクビナシがあまりに危険だからだ。魔女、妖怪、シャーマンに神霊まで居る。人間が勝てる相手じゃあない。そもそも、アナクラが助かるという算段も無い。」
「コテツ!もう手遅れって確証もないだろ!あの、コウメイさんの戦艦とかで行けば―」
「千草晃平さん。申し訳ありませんが、このクロワタの濃度では、私も戦艦も活動不可能です。クビナシになりかねませんし、元々第四地区はロボットと相性が悪い。魔術のせいか、計器が狂って墜落しやすいのです。」
コウメイさんが答えた。
「ですがコテツ局長。あなたが行くことも否定します。かなりバイタル値が下がっています。今クロワタの多いエリアに行くのは危険です。」
「ええ!局長、体だいじょーぶ?」
タビが心配そうに局長を見上げる。
「クロワタの急増で、コテツ局長は最近まともな休息を取れていません。分身の術も多用しすぎです。」
「手が足りないから、自分で補うしかない。」
「バカ!トップのトップが倒れたらいよいよお先真っ暗じゃ無いの!休みなさい!」
観測局の奥から甲高い声がしたと思ったら、何かが局長の頭に弾丸のごとくぶつかって来た。局長がウーンとうなって倒れた。
「あ、ゲンゲさん!」
「コウメイ、湖の水詰め終わったわよ!」
「ありがとうございます。ではすぐに、第一、第二地区の境界に配備させます。」
「湖の水?」
先輩が聞き返すと、ゲンゲさんが答えた。
「湖の水にはシロイトが溶けてるから、これを撒いたらクビナシを撃退出来るの。だから消防車を地区の境界に配備して、他地区から来るクビナシを食い止めさせるのよ。」
「残念ながら、第三地区にはまだクビナシが野放しですので。いずれは第四地区からも侵略があるかもしれません。」
コウメイさんが付けたした。
「さっきの話、聞いたわよ。アタシもアナクラ君を助けるのに賛成。探偵だって、勝手に死なれたら寝覚めが悪いわ。」
ゲンゲさんは鼻息荒くそう言ったが、すぐに考えこむ。
「でも、参ったわね。生身の人間だけで行くのは危ないけど、さりとて局長も弱ってるし。コウメイ、さっきの消防車、一台貸せない?」
「可能ではありますが、中心街に行くまでにタンク内の水が尽きる可能性が高いです。湖とて、まだ水量は平時より少ないのでしょう?慎重に使う必要があります。」
「う~。」
「じゃあ、もうあたし達が魔法使いになるしかなくない?」
急にほのかが言った。皆の目が点になる。
「冗談言ってる場合か。」
「違う、ガチだよ。コー兄だって見たでしょ、あたしが別者になってるの。」
「は?」
先輩を含め、皆がぽかんとする中、私はほのかが言っている事が分かった。
「あの、コウメイさん。バリスタさんのスプーンまだあります?」
「ありますよ。」
「貸してください。」
コウメイさんからスプーンを受け取った私は、まず自分のシロイトを手から出した。そして、それをスプーンに押し当てる。だが、何も起きない。
「……そうか、自分のシロイトだから羽織れないんだ。ほのか!」
「合点承知!」
ほのかがシロイトを出すと、私にこれでもかと被せる。私は機械にセットしてあった交換ノートを手に取った。途端に、私のクロワタに反応してほのかのシロイトが一気に絡まってくる。ちぎりたいのを我慢して、耐える。
「希美!?何してんのー!」
「タビ、大丈夫だから!待ってて!」
そろそろ息が詰まる、意識が遠くなりそう、というところでシロイトの動きが止まる。毛布を何重枚も着たのかと思うほど息苦しくて体も重い。だが、自分が着ているのはインバネスコートだった。
「よし……!」
「のぞみん!成功だよ!別人になってる!」
友達だった私のシロイトと美希の親和性が高いなら、ほのかのシロイトと私でも同じ事が起きるはず。予想通り、私はハヲリになりかけた。
「バリスタを羽織った、という事カネ。」
局長さんが目を丸くしている。交換ノートを手にしたおかげだろう。狙い通り、私はバリスタさんになったのだ。
「無茶です、朝倉希美さん。あなたが呑まれかねません。」
「大丈夫なのだよ。コウメイさん。完全に羽織ったわけではないので。」
自分の声が、私とバリスタさんの声が重なったように聞こえる。「それに、危険になったら、自分で自分のシロイトをちぎるから。」
「じゃあ、今度はあたしがのぞみんのシロイトを羽織ればいいよね?」
「そうだね。あ、じゃあこのノートを持って。」
「ありがと。魔法使い、あたしは魔法使い……。」
呪文のようにそう繰り返しながらほのかが交換ノートを受け取り、シロイトを被る。シロイトがほのかに纏わりつき、形を成していく。しばらくするとバリスタさんに近い格好になったが、髪の色やメガネがほのかのままだ。
「のぞみんよりは精度低いなー。まいっか。完全なハヲリになるのはヤバいんだよね?」
「そうだね。少し粗いぐらいでちょうどいいのだよ。」
「よーし。じゃああとコー兄ね。はいこれ。」
「ほ、ホントにやるのか?」
不安そうな先輩にノートとシロイトを押し付けるほのか。先輩もシロイトによってバリスタさんっぽい格好になったが、やはり私に比べると似ていない。コスプレをしているようにも見える。
「本当に、これ羽織ってるのか?」
先輩がそう言いつつスプーンを振ると、先端からコーヒーが出る。そのまま絵を描くと、すぐに具現化した。
「マジか!」
「移動手段もこの術で出せば問題ないのだよ。魔術の元になるシロイトも三人で紡げば足りるだろう。」
「皆がハヲリになりかけたら、タビが助けるからね!」
そう言ってタビが私のシロイトを少しちぎった。
「ありがと、タビ。よしよし。」
私はタビを撫でる。どうやら名前を呼んでもらえると、ハヲリになりそうな時も踏みとどまれるらしい。
「―これなら、相手が魔法使いのクビナシでも大丈夫です。」
私は局長に言った。「私達、第四地区に行きます。サポートしてください。」
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