第38話 あなたを探して
「成程、その絵がバリスタというわけか。」
局長が言った。
「そうなると、コウメイの分析結果との辻褄は合うネ。」
「肯定します。」
そう言ってコウメイさんが私に差し出したのは
「バリスタさんのスプーン!」
「私がしばらくお借りして分析をしていたのです。」
コウメイさんはホログラムを出した。ほのかが横で感嘆の声を上げた。
「こちらは、私、そしてバリスタさんを構成するシロイトが誰由来かをグラフにしたものです。」
「コウメイさん、すっごい沢山の人から出来てるんすね。」
「個々に表示するのが煩わしいほどですが、これが普通です。ギョクの住民は多くの人間が作ったシロイトから生まれます。一方、バリスタさんを構成するのはほとんど朝倉希美さんのシロイトです。」
「希美が考えたんだから、当たり前じゃない?」
タビが言うと、コウメイさんが首を横に振った。
「否定します。一人のシロイトだけで人間を構成するのは不可能です。存在として不安定になります。」
「加えて、カクが夜になれば、世界中のシロイトが一斉にギョクへ流れ込む。その中から希美さんのものだけを抽出するのは無理だ。」
局長が補足した。じゃあ、バリスタさんはどうやって生まれたの?
「どうやらまだデータが必要ダネ。希美さん、頼みたいんだけど。」
「はい?」
「今話してくれた交換ノート、持って来れないカナ?」
翌日、私は学校から帰ってすぐ、交換ノートを探した。部屋の収納と言う収納を全て開け、やっと見つけた。今まで学校で作った作品に埋もれ、ノートはすっかり折れ曲がっていた。
「……このページだ。」
絵がすっかり隠れるほど塗ってあるが、真っ黒なページを後ろから透かせば一目瞭然。『バリスタさん』が見える。『コーヒー好きでいつも道具を一式持ち歩いている。』『本職は探偵だが、周囲にはバリスタと認知されている。』『謎と最高の一杯を求めて旅をしている。』などの設定も書いてあった。しかし、名前が書いてない。
「だから名乗れなかったんだね、バリスタさん。」
だが、絵をよくよく見返してみると、ギョクのバリスタさんと違う所もあった。絵の方は『明るい茶色の髪』と書いてあるし、長さも短い。
「黒い髪、メガネ……。」
はっとした。絵と違う所は、どれも美希の特徴だ。銀フレームのメガネをかけ、絵を描くときは長い黒髪を後ろで結っていた。バリスタさんを考えたのは美希とも言えるから、生みの親に似たということだろうか?でも、私に似てる箇所は一つもない。しばらく絵とにらめっこしていたが、結局何も浮かばなかった。
「分析はコウメイさんに任せよう。とにかく寝なきゃ。」
ノートを抱えベッドにもぐりこむが、焦るほど、眠気が遠のく気がする。私はぎゅっと目をつぶり、布団を頭から被った。
「……来た!」
「あ、のぞみん!」
「……。」
私、まだ起きてるのだろうか。いや、それにしたってほのかが居るのはおかしい。
「何でほのかまでいるんだよ。」
横にいた先輩が驚きと呆れの混じった声で言った。
「ふふん。あたしも紡ってやつになったからだよー!」
「ええ!?」
驚く私達に、ほのかはドヤ顔で通行手形を見せた。確かに紡用だ。そう言えば昨日も、シロイトが見えたと言ってたっけ。紡になる資格はあったって事か。
「今日授業中に寝てる時もらいましたー!」
「……授業中寝てんじゃねえ!!」
「ぴえええ~!」
先輩の拳骨をくらい、ほのかが情けない声を上げた。いつも通りの光景。ある意味、戻ってきて良かった。
「けど、ほのか。ギョクが安全じゃない事は知ってるよね。なのに……紡、やってくれるの?」
「あたしも、バリスタって人の事が気になるもん。のぞみんが考えたキャラクターで、ギョクに実在した人。」
ほのかが答えた。
「昨日は聞けなかったけど、のぞみん達を助けてくれた人なんだよね?しかも、今大怪我をしたのに行方不明になってる。」
「え!?行方不明?」
「やば。コー兄には内緒だった。」
ほのかが頭を掻きながら舌を出す。
「とにかく、あたしは、のぞみんに助けてもらった。だから、のぞみんがバリスタさんを助けたいなら、あたしも手伝うのが筋っしょ!」
「……ありがとう。」
「もー、泣かないの!」
ほのかは、バリスタさんの顔も知らない。ただ私が助けたいという理由だけでこんなに躊躇なく力を貸してくれる。ありがたい。
「おお、来たネ!」
局長、そしてコウメイさんが顔を出した。
「朝倉希美さん。依頼の品は」
「はい、持ってきました。」
「ありがとネー。さ、中へ。」
観測局には、何やら大きな機械が運び込まれていた。機械からは地図と、その上にいくつもの点が表示されている。ほのかを探す時に見たものに似てる。
「これが、ワシに会うまでのバリスタの足取りだ。第四地区をあちこち歩いている。」
「タビ達観測局の皆が足で調べたんだよ!」
バリスタさんが自分の知り合いを探してた時か。点の上には、観測された日付と時間も載っている。
「ではコウメイ、頼むよ。」
コウメイさんが私のノートをセットする。
「四月一日美希のシロイトの構造分析完了。五か月前にギョクに来た形跡が残っていました。場所を表示します。」
表示された点は、たった一か所。美希はギョクに来て30分で痕跡が消えているからだ。
「たった30分でハヲリになったってことか……?」
先輩が息を呑んだ。「これじゃあ、解析する前に行方が追えなくなる。」
「ねえ、ここ見て。バリスタさんと四月一日ちゃんの点、位置も時間も一緒じゃない?」
ほのかの言葉にはっとする。表示されたバリスタさんの点のうち最も観測時間の古い点が、美希の点と同じ場所にある。
「じゃあ……バリスタさんは、美希のハヲリ?」
自分で口にしながら、私は愕然とする。側にずっといたのに、全く気づかなかった。ハヲリなのに、どうして?
「ふぅうう!久々のカクは骨が折れるナ!」
「あ、局長ー……わああ!」
「ふうう、シロイトがまだまだ足りないネー。」「お腹空いたナー。」「ただいまー。」
「いっぱいいるー!?」
室内にはいつもの局長、入り口にはその3倍くらいに体が大きくなった局長が何匹も居た。室内の局長がひげを撫でると、大きい局長が全て消えた。
「お疲れ様です、コテツ局長。かつお節湯です。」
「ああコウメイ、ありがとう。」
局長はコウメイさんからカップを受け取った。
「ええと待ってくれ、記憶を統合すると……やはりハヲリか。残念ながら、裏も取れてしまったよ。」
局長は尾で掴んでいた物を机の上に置いた。数枚の写真、新聞、そしてラムネのようなもの。
「これ、警察の人が貼る立ち入り禁止のテープだよね?」
ほのかが見た写真は住宅の外観が写っている。二枚目と三枚目は室内の写真で、やはり警察官が写っている。
「これは、美希さんの家の現在だ。」
「美希の!?」
「あ、でもこの絵見覚えあるー。」
ほのかが室内の写真を見て言った。
「コンクールのチラシで見たよ。去年の優秀賞取った絵だ。」
部屋の中は誰かに荒らされたのかと思うほど散らかっていた。崩れた教科書とスケッチブックの山。床の上に散らばる絵の具と絵筆、そして破られた絵。
「あ!この記事!」
先輩が新聞を私に見せる。『水彩画の天才高校生が行方不明』という見出しがあり、その横に
「『現場には、大量の睡眠薬も』……!」
「四月一日ちゃん、まさか自殺しようとしてたの!?」
「しようとしたんじゃない、したんだ。」
局長が静かに答えた。
「そして、カクの世界で意識を失った彼女はギョクにやって来てハヲリになった。それがバリスタ。そうだとすると、つじつまが合う。」
「成程。朝倉希美さんとのシロイトとの親和性が高いですね。ハヲリなら、一人の人間のシロイトだけでも成立出来ます。」
コウメイさんが言った。
「それと、朝倉希美さん。」
「はい?」
「確認ですが、絵と実際のバリスタさんには身体的特徴に異なる点がありますね?」
「そうなんです。髪の色とかメガネは、むしろ美希に似てて。」
「え?でもそれって変じゃね?二人の姿がミックスしてるって事だよな。」
先輩が言う。
「もし四月一日さんがハヲリになりかけてるなら、シロイトが沢山巻き付いた四月一日さんが見えるはずだし。完全にハヲリになったら、その絵のままの姿で見えるはずだ。」
「初めてのケースなので確証がありませんが、美希さんとシロイトはかなり強固に結びついているのかもしれません。」
コウメイさんが言った。
「シロイトが、知り合いの希美さんの物のみ、というのが大きいのでしょう。自分と、羽織っている人物との境界がかなりあいまいになっていると考えられます。」
「それって、普通のハヲリより美希が戻れなくなる可能性が高いって事ですよね!?」
私は思わず叫んだ。
「あくまで推測です。しかし、ハヲリ同様、自我を失っているのは事実でしょう。」
「だけど、美希さんはいなくなっていないヨ。」
局長が言うが、言葉と裏腹に声が沈んでいる。
「幸か不幸か、ハヲリである間は自分が自殺をしようとした事も忘れている。つまり、クロワタを生む感情も生まれないはずだ。」
「死にたい、ってクロワタが一番生まれる感情だよね。」
タビが言った。
「だが、実際にはバリスタはクロワタを多く生み出した。つまり、美希さんとしての感情を何かの拍子に思い出した。」
局長に言われて私は、初めてクロワタに呑まれた時を思い出した。
「……もしかして、私のクロワタに触れたから?」
「記憶を見た可能性があるからネ。はっきりと思い出してはいないだろうが。」
「火山の一件では、本人が意図せずクロワタを出していたそうですね。」
コウメイさんが私に言う。
「もし事実なら、バリスタを構成していたシロイトですら処理できないほど、クロワタが膨れ上がっている可能性があります。」
「……バリスタさんがクロワタを操ったんじゃなくて、抑えきれず漏れちゃってるって事?」
「肯定します。」
それじゃあ、人のクビナシがハヲリになってるようなものだ。
「ワシも、それを恐れている。……もし仮に、ハヲリから生還できたとしても、美希さんは既にクビナシになっているかもしれない。」
「嘘……四月一日ちゃんが……。」
「……嫌だ。」
バリスタさんだけじゃなくて、美希まで失ってしまうなんて嫌。あの時、美希についに謝れないままここまで来てしまった。あの時、もう取り返しはつかないと思っていた。でも、ここで動かなかったら、本当の手遅れになってしまう。
「お願いです、バリスタさん―美希を助けるのを手伝って。」
「その為の、観測局だよ。」
局長が答えた。
「では、作戦会議に移ろうか。」
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