第35話 見つけた二人

「うー……ん?」

「ほのか!」

 戦艦の医務室でほのかが目を覚ました。ほのかはぼんやりとした顔で私達を見た後、急に目をかっと見開いた。

「え?のぞみんが居る?げえええ!コー兄もいるう!

「人を疫病神みたいに言うな。」

「……え、なんで泣いてるの?」

「るせえ。」

 先輩がぷいと横を向いた。

「ん、え?のぞみんも泣いてる?え、なんでなんで!?あたし何かまずいことした!?」

「いや、違……」

「したんだよガッツリ。」

「うっそぉ!ごめんのぞみん、何かよく分かってないけど!」

 あわあわするほのか。その様子を見て、私はますます涙があふれた。助かって本当に良かった。

「ほのか、よく聞いとけ。まあ、起きたら忘れてる可能性大だけど……。」

 そう言って、先輩はギョクの事やハヲリの事を説明した。自分が夢の中に迷い込んでいたと聞いたほのかはかなりびっくりしていた。

「あー、でも、コー兄の話聞いてなんとなく思い出してきたかも。」

 ほのかは頭をかきながら話し始めた。

「なんかね、気づいたら廃墟?ばっかりの町にいたの。どこみてもグレーか黒、みたいな。で、よく見たらアンドロイドがちらほらいて。普通に考えておかしいでしょ?」

「まあ、カクだったらあり得ないもんね……。」

「そうそう。で、気付いたの。そうだ、あたしは電車でうたた寝した、だからこれ夢だって。」

 ……すごい。あのハチヨンに放り出されてすぐ、これは夢だって気づけるなんて。

「のぞみんに沢山夢の話聞いてたのが功を奏したよ。」

「私のおかげ、では無い気がするけど。」

「まあまあ。で、じゃあ起きなきゃって思うんだけど、頬つねっても、はたいても駄目で。じゃあ動き回ってみるかって思って。夢の出口?みたいなのがあるかなって思ったの。そしたら、迷子になっちゃった。」

 それで同じところを行ったり来たりしてたのね。

「そのうちなんか歩きづらいなーと思ってたら糸がわーって絡んで来てうわーってなって、あ、すごーい未来っぽいアンドロイドいる写真撮らせてーってなって」

「いやなんでそうなる!?」

 先輩と私がツッコんだ。だが、「そうしたかったから。」という答えしか返ってこない。スマホを開いて写真も見せてきた。おいおい観光気分か。

「その後はね、ちょっとぼやっとしか覚えてないの。」

「多分ハヲリになったんだな。」

 先輩が言った。

「あ、でもね」

 ほのかが思い出したように言った。

「コー兄とのぞみんがあたしを助けてくれたの分かったよ!」

「え?」

「はっきり見えたわけじゃないんだけど。重い着ぐるみの、目の穴から覗いてる感じ?のぞみんたちがこっちに走ってきて、叫んでて、でもあたし手が動かないの。縛られてて。」

 それって……ほのかがハヲリになっててベッドに縛り付けられてる時?

「そしたら、服をぎーって引っ張られる感じして、着ぐるみがぬげて体が軽くなって。あー楽、って思ったら安心して寝ちゃった。」

「……。」

「はー。しっかし夢の世界に迷い込む、かあ。のぞみんが言ってた意味分かったよ、夢充も楽じゃないね。」

「……ごめんねほのか。」

「え?なんでのぞみんが謝るの?」

「だって、こんな事になったの私のせいだし。」

「はへ?」

「朝倉さん、それは違うって。」

「でも、その。挿絵の事が引き金になってるのは間違いないから。」

 挿絵、という言葉を聞いたほのかが固まった。

「さっき先輩が説明したけど、ギョクに迷いこんで出れない人は、何か心にわだかまりがある人が多いの。ほのかがそうなったって聞いたとき、挿絵で私がちゃんとほのかと話さなかったせいだと思って」

「違う違う!のぞみんは悪くないの!悪いのはあたし!勝手に切れて、勝手にわめいて」

 ほのかが私の手を握ってブンブン振った。その目に一気に涙が出て来る。

「もう何言っても言い訳になっちゃうけどさー……。コー兄に連れ戻されてから、段々落ち着いてきてさ。取り返し付かない事したって思って。もうのぞみんに完全に嫌われた、絶対仲直りしてもらえないって思って。そう考えたら……消えたいってなって。」

「ほのか……。」

「あのね、今だから言うけど……。挿絵、すっごい苦戦してて。どう頑張っても上手に描けないの。拙いって言うか。味わいって呼べないレベルで下手なの。」

「でも、ボツになった挿絵見せてもらったけど、私は好きだよ。」

「え!何で見て―コー兄ぃいい!」

「ギョクでお前探すのに使―いだだだ!」

 先輩をコブラツイストで絞めた後、ほのかはがっくりとうなだれる。

「うぇえ~。ボツ絵見られるの恥ずかしい~。」

「ごめんね、勝手に見て。でも、あの……私も今だから言うけど、イメージしてたのはあっちの感じなの。」

「でも、ダサくない?ロボがロボに見えないし、竜も迫力無いって言うかー。」

「ダサくないよ、むしろ好きだよ。破っちゃった絵が悪いとは言わないけど。楽しくて少しヘンテコなところがほのかっぽくていいなって思うの。」

「ヘンテコって、褒めてるのそれー?」

 ほのかが口を尖らせた。でも、すぐ笑顔が戻った。

「でも、はっきり好きって言ってもらえるとやっぱ嬉しいな。それに、のぞみんは優しいもん。どっちの絵も否定しないし。コー兄なんかひどいよ、こんな絵を挿絵にしたくないってはっきり言うもん。」

「……そうだな。今回は言い過ぎた。悪かったよ。」

 先輩がそう答えると、ほのかはぽかんとした顔で先輩を見つめた。

「どうしたのコー兄。頭ぶった?」

「お前がここに迷い込んだのは、俺の責任でもある。お前が思い詰めてるのに気づかずに軽率な発言をしたんだから。そもそもきっかけは挿絵をやるって言った俺だし。それで命の危険に晒したんだ。本当にすまん。」

「え、いや、ちょっと。そんな思い詰めないでよー!」

 頭を下げる先輩を見て、ほのかが急にあわあわし出した。

「挿絵を描くってアイデアはめちゃいいと思うよ?しかものぞみんだし?それに……分かってたもん。破った絵は誰かの真似だって。あたし自身、納得はしてない絵だった。」

 そこまで一気にしゃべって、ほのかはため息をついた。

「でも下手な絵は載せたくないからこれで行こうって言い聞かせてたの。でものぞみんの反応とか、コー兄に指摘されるとやっぱグサッと来てさ……。しかもロボと金属ってコー兄の十八番でしょ。その人に指摘されたらさ、もう超ジェラシーなわけ。」

「絵のうまさで言ったらお前の方が数段上だろ。」

「心にも無い事いうなあ!」

「心の底から言ってるのに!?」

「あたしコー兄の緻密な絵とか描きたくても描けなかったし!特にロボ、金属は!ぬわあーこんなの不平等だあー。」

 ほのかがまた幼稚園児みたいに暴れる。先輩がほのかを尊敬してたように、ほのかも先輩の事尊敬してたんだ。羨ましい関係。

「金属、ロボ、水彩はどんなにやっても上手くならん!なんでそんなヒョヒョイってやっちゃうのよコー兄はー。」

「いや俺水彩描かないし。」

「あ、そうだ水彩画は別だ。中学の時に会ったね、四月一日ちゃんって子に超ジェラシーだった。」

 え?

「あ、もしかして『しがつついたち』って苗字の子か。中学のコンクールで見た。」

「そう!すごい名前だなーって思ったら絵もチョー上手で。あ、この子に水彩画は勝てん、って思ってクレヨンにしたの。」

 ほのかと先輩の会話が頭に入らなくなった。四月一日。その名前が、頭の中で反響する。

―美希には怒ったくせに。

「?の、希美!どうしたの!」

 タビが叫ぶ声がした。私は足に力が入らずへたり込む。その周りに、一気にクロワタが湧き始めた。息が苦しい。声が出ない。

「のぞみん!?」

「朝倉さん、深呼吸、深呼吸だ!」

 先輩の声が遠くで聞こえる。頭の中に、いくつも映像が流れる。

魔法が使える、男か女か分からないコーヒーマニアの探偵!?要素多っ!

ん。大丈夫、のぞなら描ける。楽しみに待ってる。

「朝倉希美さん、聞こえますか!」

 はっと我に返ると、コウメイさんがこちらを覗き込んでいた。その横に、シロイトを沢山抱えた先輩。私はほのかが寝ていたはずのベッドに寝かされていた。

「……すみません、私、また発作が」

「のぞみん~!良かったあああ。」

 ほのかがベッドに突っ伏して泣いている。

「どうしたのかと思ったよ~~っ!」

「ご、ごめんね。もう大丈夫だから。……あの、コウメイさん。」

「どうしました。」

「……バリスタさんについて、分かった事があって。」

「詳細な説明を求めます。」

「あの人は……昔、私が考えた架空のキャラクターです。」

「ええええ!?」

 コウメイさんの横で、タビと先輩が叫んだ。

「朝倉希美さん。この話はコテツ局長も交えてする事を推奨します。もうすぐ到着ですから、観測局で改めて伺ってもよろしいですか。」

 私は頷いた。

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