第33話 潜入せよ!


「ここが、第60番区。」

 正直、第59番区とまるで見分けがつかない。唯一違うと思ったのは、他の建物より群を抜いて大きな建物がある事。高さも幅も他の倍ぐらいある。しかし、屋根が無い。

「それが工場です。」コウメイさんが言った。「今回の目的地、竹内ほのかがいる可能性の高い建物です。」

あれがそうなのか。もうすぐほのかを助けられる。心臓が大きく鳴った。

「工場までは私が抱えて走ります。その方が速いですし―」

「リーダー!周囲に憲兵の反応多数!」

「トンネルでそれなりに仕留めたと思ったのですが。無駄に数が多いですね。」

 コウメイさんが私とタビをひょいと抱えた。

「左右に激しく動くことになります。具合が悪くなるかもしれませんが、我慢してください。」

 レジスタンスの二人が憲兵をけん制し、その隙にコウメイさんが建物の影から影へ、地面を蹴って跳んで移動していく。足についたブースターを使って、忍者のように長距離を一気に跳んで移動している。

「わ!クロワタだよー!」

 タビが叫んだのと同時に、廃屋の壁が倒れてきた。コウメイさんはひらりとかわしたが、壁からはじわじわとクロワタが染み出してくる。

「ハチヨンも、クロワタに侵されてる……。」

「肯定します。元々シロイトが多くない分、一度現れると地上より早く広がります。」

 建物が黒っぽいから分かりにくかったけど、よく見ればあちこちにある。既にクロワタに侵食され、建っているのがやっとのような家、黒い破片と化した家もある。通ってきた下水道の中より多いかもしれない。

「リーダー!」

 レジスタンスの叫び声と同時に、私達は後ろから突き飛ばされた。コウメイさんの手から私は離れて転がる。

「にゃーー!こーめーー!」

「!」

 コウメイさんが一度に5体も相手に戦っていた。でも、相手の数がどんどん増える。

「工場はまっすぐ行った先です!」

 コウメイさんが私に叫んだ。「時間がありません、早く!」

「でも、こーめーが!」

 タビがそう言った時、コウメイさんが後ろから撃たれ、右腕が吹き飛んだ。バランスを崩したところに、さらにもう一発発砲され、頬をかすめた。一体、また一体とコウメイさんに馬乗りになっていく。

「―おいこらーー!」

 私がそう叫びながらスーツを脱ぎ捨てた。途端、憲兵が一斉にこっちを向いた。

「人間のシロイトが欲し―んでしょ!」

「朝倉希美さん!何をして」

 私は手にいっぱいシロイトを出し始めた。憲兵がコウメイさんから離れ、こちらに赤い光を放射する。多分、スキャンしているんだろう。私が人間であることを確かめているんだ。

『人間。生体、確認。総員、捕獲体制に入れ。』

 一斉にこちらに飛びかかってくる。今コウメイさんはノーマークだ。私はそれを確認し走る。憲兵たちが付いて来る。身を隠せそうな廃屋が近づいて来た。上にはタビが乗っている。

「今だよ、タビ!」

「はーーーーい!!!」

 私がさっと建物の壁に回り込むと、タビと一緒に壁に思いきり体当たりをした。普通の建物なら、その程度では倒れない。でも、この廃屋は既にクロワタまみれで、結晶化も始まっていた。

パキパキパキ!ダダーン!

 脆くなった廃屋はあれよあれよという間にひび割れ、瓦礫の雨となって憲兵に降り注ぐ。憲兵は避ける間もなく下敷きになり、さらにクロワタに体を壊され始めた。

「これでもくらえええ!」

「おらああああ!」

 私とタビは足元にあったクロワタを両手で握り、まだ動いている憲兵にぶつけた。

憲兵はみるみるクビナシ化し、すぐに黒い結晶となって壊れた。やっぱり進行が速い。

「ふぅう……。」

「希美、ちょっと怖いよ。」

 タビが憲兵たちをちょんちょんとつつきながら言う。

「クロワタまみれにしたのは申し訳ないと思ってる。けど、クロワタに侵食された建物じゃないと、私達の力じゃ壊せないもの。武器が無い以上、あるものを使うしかないでしょ。」

 クナさんの最期を思い出し、悪寒が走る。やらなきゃコウメイさん、そしていずれ自分達も殺されていたと言い聞かせても、やはり残酷な事をしたという罪悪感は消えない。

「聞いていた以上に無茶な人ですね。」

「こーめー!無事?」

 コウメイさんが私達の後ろに来ていた。その周りには、見た事もない乗り物。

「……車?」

「我々はただモービルと呼んでいます。水陸空全て走れます。」

「リーダー!お待たせ!」

 中からぞろぞろとロボットが降りてきた。

「彼らもレジスタンスです。電気をレジスタンスに回せたので、援軍が来ました。」

「あ!乗っ取り成功?」

「B班から、発電所の送電システムを掌握できたと連絡がありました。」

「これだけあれば、俺達も動けるし、モービルもいくつか動かせる。年季は入ってるが、速さはお墨付きだ!乗って!」

 運転手のレジスタンスがそう言って私達を押し込む。中はワゴン車っぽいつくりだけど、ちょっと狭い。

「工場まで一気に行きます。モービルがあることですし、上から侵入しましょう。」

「うえ!?」

「屋根がありませんので。」

 キューン、という電気自動車みたいな音を立ててモービルが動き出した。コウメイさんは負傷した右腕を仲間に修理してもらっている。

「コウメイさん、大丈夫ですか。」

「問題ありません。私は、脳さえ無事であれば機体の替えがききますから。」

 コウメイさんは手を動かしながら私の方を見て続けた。

「その点、朝倉希美さんは生きているのです。あまり無茶はなさらないように。クロワタまみれの壁に触るのも、危険ですよ。」

「ちゃんとシロイトでガードしましたから。……憲兵にとっては虐殺ですけど。」

「否定します。憲兵は生き物ではなく、ロボットでもありません。」

 コウメイさんが言った。タビが「そうなの?」と聞き返す。

「彼らは我々と違い、思考は出来ません。決まった命令だけ実行する、人形と呼ぶのが正しいでしょう。他の地区の方には、それをロボットというのだと言われますが。」

 そう呟くコウメイさんの顔は少し不服そうだ。他のレジスタンスも頷いている。

「彼らは兵器、物です。ですから、クロワタを恐れる事もない。あなたも、自分を脅かす危険である兵器を壊しただけ。気に病む事ではありません。」

「……ありがとうございます。」

 憲兵とは本気で同じにされたくないのかもしれないが、気を使ってくれたのだと思う。

「工場上空に到着。地上ではすでに憲兵と交戦中!」

「朝倉希美さん、タビさんは私と一緒に降りてください。」

「分かった!」

「タビ、ほのかちゃん助けるよ!」

「護衛に二人、ついて来てください。残りはモービルで地上班を援護するように。」

「ハッチ開きます!」

 モービルの下が開き、コウメイさんが私とタビを抱えて飛び降りた。

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