第32話 作戦開始

「結構長かった……。」

「肯定します。第一地区からハチヨンに降りる経路は、わざと複雑にかつ長距離になるよう作られているのです。」

「行くだけで疲れちゃうよぉ~。」

 タビが弱音を吐いた。私も吐きたい。私達A班は作戦会議後、なぜか裏口へ。そしてマンホールの蓋を開けて下り、下水道を右へ左へとくねくね歩いた。するとまたはしご。降りたら、またくねくね。

「ねーねー、なんでこんなにクネクネなの~?」

「BBが第一地区に侵略出来ないようにするためです。」

「えっ!?侵略の可能性が?」

「肯定します。一度、マキシ・サイバーシティにも侵略しました。W-74達が返り討ちにしましたが。」

「凄いなあダブルさん。」

 タビがしみじみと言った。

「この侵略をきっかけに、W-74と我々レジスタンスの協力体制が確立した点は、BBに感謝しなければいけませんね。」

「タビ知ってる。これ、皮肉って言うんでしょ。」

 その後もくねくねと上り下りを繰り返し、コウメイさんが本日何度目かのはしごの前で足を止めた。

「この先が第11番区の地下です。このまま第60番区付近までは、下水道を辿っていきます。」

「その先は?」

「第60番区の下水道は途中で崩落しているので、地上から侵入します。私の仲間が先行しますので、ついて来てください。」

 A班には、コウメイさんの他に2名レジスタンスがついて来てくれている。一人が先に降り、周囲をスキャンした。

「敵勢反応はありません。しかし、前方100メートル先にクロワタの反応有りです。」

「じゃあ、浄化するね。」

「浄化は最低限で結構です。多すぎると、探知される恐れがあります。」

 コウメイさんが言った。成程、前みたいに沢山作って持ち歩くというわけにはいかない。

「では、下りてください。私がしんがりを務めますから。」

 私とタビははしごを下り、レジスタンスに付いて進んでいく。見つけたクロワタは大きなものではなかったので、すぐ浄化出来た。

「この先も、クロワタの反応があります。」

 レジスタンスの一人が言う。「一つ一つは小さいものの、発生している箇所が多いです。」

「大丈夫です。」

「希美、紡ぐの上手になったよねー。」

「考えようによってはさ、自分の好きな世界観を体感してるとも言えるからさ。」

 ロボットやアンドロイドと共に、世界の危機を救う。今私がやっているのはそういう事で、まさに普段小説で好んで描いてる題材だ。ちょっと解釈が大きい気もするし、とても楽しむ余裕なんて無いけど、ものは言いよう。バリスタさんだって、こういう気持ちがギョクを作る素だって言ってたし。

「浄化出来た!」

「ここまでは予定通りですね。」

 コウメイさんの顔にほんの少し笑みが生まれる。

「ですが、この先が問題です。この先は第59番区、直轄地です。」

「あの怖いロボットがいるの?」

 タビがちょっと小声で言った。

「肯定します。第60番区の隣であるため、地下であっても警備が厳重です。見てください。」

 コウメイさんに促され、私達は下水道の曲がり角から先を覗いた。私達が立っている場所より新しい壁。それに、天井にいくつも小さな機械が付いている。ダブルさんと来た時にトンネルで見たものと同じだ。つまり、BBが設置した見張り用の装置。

「この監視をかいくぐるには、動力源である電気を絶つしかありません。B班が発電所を陥落させない限り、我々は動けない。」

「じゃあ、ここでしばらく待機か……。」

 私もタビも深呼吸。この後、B班が発電所を落とす直前に連絡が入ることになっている。あと1分もないはずなのに、時間が長く感じる。自分の心音がやけに大きく聞こえる。呼吸が浅くなってる。いかんいかん。私はまたスゥーっと息を吸って、吐いた。

「タビ、この状況で眠いの?」

「猫は緊張するとあくびしてリラックスするの!希美もやれば?」

「意図的には無理だって……。」

「予定開始時間を過ぎましたね。」

 コウメイさんの声にドキリとする。その後も1分、2分と過ぎるが、連絡が来ない。

「こーへー、大丈夫かな……。」

 その時、耳元でザザッという音がした。

『こちらB班、リーダー、応答願います。』

『コウメイさん、すんません遅くなりました!』

 先輩だ!

『こちらA班、コウメイです。ご無事ですか。』

『発電所の中が思いのほかクロワタだらけで。けど、もう管制室に侵入出来たんで。』

『メンバーに損害無し。憲兵も今のところ来ていません。そちらの状況は。』

『A班も問題ありません。既に待機しています。いつでもどうぞ。』

 コウメイさんが答えた。

『では、これより発電所のシステムを一度全て落とします。完全停止までのカウントダウン開始。』

 秒読みが始まった。私は今一度深呼吸する。

『3,2,1。発電所、完全停止。』

 通信機からの声と同時に、下水道にくっついた機械のランプが消えたのが見えた。

「突入します!」

 コウメイさんの声に合わせ、私達は下水道を走る。前方にはしごが見えた。ここを上がれば第59番区地上。そこからさらに走って隣の第60番区に行かなければならない。

「希美、急いで急いで!」

 はしごが一人ずつしか上がれないのがまどろっこしい。私は自分が出来る最大速度でよじ登り、地上に出る。今まで見たハチヨンの町より、壊れた建物は少ない。そして、コンテナの数は多い。コウメイさんが近づき、何やら機械を取り付けた。

「爆弾です。コンテナが開いたら爆発する仕組みです。完全破壊は難しいですが、数は減らせます。」

「第60番区に繋がるトンネル、全システムの停止を確認。侵入できます!しかし、クロワタが発生し先を塞いでいます!」

 先行したレジスタンスがこちらを振り返った。私は手にありったけのシロイトを紡いで、放り投げる。クロワタとくっつき、見る見るシロイトの山が小さくなる。だが、どうやらその先にもクロワタがあるらしい。いちいち完全消滅を待っては時間の無駄だ。私は叫んだ。

「皆さん、私がシロイトで道を作るので、その上を歩いてって下さい!」

 森を進んだ時を思い出しながら、私は先頭に立ってシロイトを紡いだ。

「!しまった、憲―」

 レジスタンスが言い終わるより先に憲兵が発砲してきた。誰かが私の上に覆いかぶさる。

「コウメイさん!」

「退避!」

コウメイさんが言うが早いか私を抱え、トンネルの外へ一気に飛び出す。そしてトンネルの脇に隠れ、小さなガジェットを取り出した。

「3,2,1であなたを抱えて飛び出します。そのつもりでお願いします。」

 何の事か分からなかったが、頷いておく。コウメイさんがガジェットを中に放り投げる。

「3,2,1」

ダーン!

 真っ白な閃光がトンネルを真昼の様に照らし、轟音が激しく全体を揺さぶる。その中を、コウメイさんが私を抱えたまま走り抜けた。トンネルから50メートルほど離れた所で、私は下ろしてもらえた。後ろからタビと他のレジスタンスもやって来た。

「申し訳ありません、私のミスで―」

「大丈夫です。ちゃんと生きてますし!」

「希美、ポジティブになったねー。」

 タビがしみじみと言った。

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