第31話 口より手を動かせ

 観測局の一角には、先輩と、タビ、そしてレジスタンスの皆さんが集まっていた。私に気付いた先輩が私を少し離れた場所に呼ぶ。

「バリスタさんは入院だって。コテツが言ってた。怪我してるし、それに―」

そこまで言いかけて、先輩は口をつぐんだ。クロワタの事を言いたいのだろう。

「ごめん。正直、バリスタさんがいなくてほっとしてるんだ、俺。」

「……仕方ない、と思います。」

 声をしぼりだすようにして答えた。

「あの状況だったら……あれはダブルさんの形をしたクロワタだけど、バリスタさんが……クナさん達を殺したって思う人だっています。」

「朝倉さんは、バリスタさん、信じる?」

 私は頷いた。

「クロワタを出したのは見過ごせないけど……私にとっては命の恩人なので。」

「そっか。……ちょっと羨ましい、朝倉さんが。」

 責められるかと思っていたら、先輩は力なく笑いながらそう呟いた。

「正直に言うと、俺もう、何を信じたらいいか分かんないんだ。……ダブルさんがバリスタさんを容赦なく撃ったり、朝倉さんに銃を向けたりしたのを見たら、なんか頭真っ白になっちゃって。」

「!それは」

「分かってる。あれはダブルさんじゃない。けど―俺の中で、正義の味方だったダブルさんが崩れてしまった。そして、一緒にほのかを探してくれていたバリスタさんはクロワタを出した。」

「……。」

気持ちは、私にも痛いほど分かった。私だって、バリスタさんを信じる事が正しいか、確信が持てない。ただ、信じたいからという理由でそうしているだけだ。

「結論を急ぐのは推奨できません。」

私達の所に、コウメイさんが歩いて来た。

「お二人の脳で演算したところで、真実に辿り着くことは出来ません。時間とスペックの無駄です。」

「な、なんか当たり強くないすかコウメイさん!?」

「事実を述べたまでです。状況の分析と考察は、私の得意とするところですので。あれこれ考えて悪い妄想を生むヒトとは違います。無い脳を絞るヒマがあるのなら、迅速に会議に参加する事を推奨します。」

「無い脳って―~コウメイさん相手じゃ敵わねえーー!」

先輩が地団太を踏んだ。でも、これはコウメイさんなりの優しさなのだろう。私達にハッパをかけてくれてるのだ。今はほのかの事に集中しよう。私達が合流すると、コウメイさんがホログラムでハチヨンの地図を映し出し、説明を始める。

「お借りした絵から、より詳細に竹内ほのかのシロイト構造を分析しました。それを元に再度捜索した結果、竹内ほのかの足取りが分かってきました。」

 コウメイさんが地図を指でタップする。すると、地図上にいくつかの点が現れた。

「まず、カクから竹内ほのかが迷い込んだのが第11番区。ここはレジスタンスが押さえています。」

「じゃ、ハチヨンに来てすぐBBに捕まったわけじゃないんだ。」

 先輩がほっとして椅子にもたれかかった。私も思わず深い息をもらした。コウメイさんが続ける。

「その後は四日にわたって、いくつかの区を行ったり来たりした後、第40番区で痕跡が途絶えています。」

「じゃ、ここでハヲリになったのか……。」

 と言うことは、まずここに行って、辺りを探す?

「否定します。さらに的を絞ります。第40番区周辺で、BBの直轄地になっている区はいくつかあります。その中で我々が目を付けたのが、第60番区です。」

 コウメイさんが地図を指さした。アジトのあった第25番区とBBの第84番区のちょうど中間ぐらいの場所だ。

「ここには憲兵ロボットを製造する工場がありましたが、我々が過去に一度破壊してからは、修理もされず放置され、住んでいるロボットもいない区です。」

「ここに、ほのかがいるんすか?」

「可能性が極めて高いと言えます。一週間前になって突然、再稼働し始めたからです。」

 私と先輩は顔を見合わせた。ほのかが迷い込んだ日と同じだ。まさか、ほのかもシロイトにされた?

「否定します。ハヲリがまとうシロイトは周囲から集めたものです。竹内ほのかが第三地区に迷い込んだのは確かですから、ハヲリになるとすればロボットの姿です。」

「けど、ハヲリになりかけの時に見つかったら―」

「その可能性は極めて低いです。竹内ほのかがハヲリになるまでに歩いたエリアは、そもそも住民が少ないのです。第25番区と同じか、さらに少ないくらいです。」

 私は、第25番区の光景を思い出す。区内全部を見たわけじゃないけど、数えるほどしかロボットに会ってないし、街並みもおよそ住める状態じゃなかった。住民が居ないって事は、それだけ目撃される可能性は低くなる。

「肯定します。加えて、住民のいない場所にBBは監視を置きません。電力不足で、余計なエネルギーは使いたがらないのです。」

「じゃ、ほのかちゃんはBBにも住民にも見つからずに、ハヲリになったの?」

 タビの問いに、コウメイさんは「その可能性が高いです。」と頷いた。

「再稼働した理由は不明ですが、竹内ほのかをシロイトとしではなく、単に労働力として工場で使っている可能性の方が高いと思われます。」

 だったら、ほのかはまだ助かる。

「行かなくちゃ。」

 私が言うと、先輩も頷いた。

「では、ここからは具体的な作戦の説明に入ります。」

 コウメイさんがさらに広い地図を表示する。

「竹内ほのかの救出を行うA班と、工場に電気を供給する発電所を落とすB班に分かれます。その上で、お二人にお願いがあります。」

 お願い?

「どちらかに、B班と行動をお願いしたいのです。ただし、B班はA班より危険が伴います。勿論以前同様、ロボット擬態用スーツはお渡ししますが、銃撃戦になる事も考えられます。」

「最悪の場合、命を落とす事にもなる?」

 私が聞くと、コウメイさんが「肯定します。」と答えた。

「じゃあ、俺が行くよ。」

「こーへー!大丈夫なの?」

「怖いけど、やるしかない。命は惜しくないってダブルさんにも前言ったし。それに……。」

 深く息を吸ってから、先輩は続けた。

「正直ほのかを助けるのは無理かもしれないって思った時もあったんだ。それこそ、朝倉さんに会った時とか。時間ばっか過ぎて手掛かりは無いし、俺はハヲリになるし。それに……。」

 言いかけて、先輩は黙りこくった。きっと、ダブルさんの事を考えたのだろう。私に気を使ったのかもしれない。お互い触れない、

「それが、あと少しで助けられるかもってとこまで来たんだ。足踏みはしてられない。」

 先輩の声は少し震えていた。恐怖からか、武者震いかは分からない。でも、目には強い意思があった。

「では、千草晃平さんは、私の仲間と共に第二地区の海底からハチヨンへ入ってください。おそらく、発電所までの道中にクロワタがあるので、浄化をお願いしたいのです。」

「分かりましたっ!」

 先輩は頷いた。

「発電所は第61番区にあります。B班にはそれを乗っ取ってもらいます。」

 乗っ取る!?

「こーへー、大丈夫なの?」

「発電所の電気を、周辺にいるレジスタンスに回せば味方の数は3倍になります。彼らが憲兵を引き付けます。その間に、千草晃平さんは第三地区から脱出してください。」

「そんな、命がけじゃないすか。俺達の為に―」

「命がけなのは、皆さんも同じでしょう。」

 コウメイさんが私の方をちらりと見て答えた。―そっくりそのまま返されちゃったな。

「朝倉希美さんは私と共に第一地区からの経路で地下に入ります。」

「タビは!?タビも希美に付いてっちゃ駄目!?」

「タビさんもこちらの経路です。」

 コウメイさんが答えると、タビがほっとしたように私にくっついた。

「こちらは竹内ほのかと同じ経路をたどって第60番区を目指します。B班が発電所をダウンさせ、工場が停止したら目的地に侵入。朝倉希美さんにハヲリを見つけて頂き、救出を行います。」

「分かりました。」

「こちらもクロワタの浄化が必要になると思いますので、よろしくお願いします。では、紡のお二人はこちらを着てください。」

 コウメイさんの仲間がスーツを持って来た。

「以前使ったスーツを改良したものです。」

「でもこれ、ジャスティスタワーにあったはずじゃ?」

「肯定します。タワーの残骸から、私が回収しました。」

 私の問いに、コウメイさんが答えた。

「W-74はこのスーツの改良を部下に命じていました。皆さんがスーツを着用した際に重くて辛そうにしていたのを知ったからです。」

 そういえば、バイタルをスーツでチェックしてるって言ってた。

「軽量化だけでなく、強度も跳ね上がっています。憲兵の攻撃にも耐えうる品質です。―W-74からの、最期の贈り物です。」

「ダブルさん……。」

 先輩が涙ぐむ。その肩に、コウメイさんが手を置いた。

「出発しますよ。そして、必ず成功させるのです。それが、W-74への弔いにもなるでしょう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る