第30話 悪いニュースといいニュースを持って来た美女

 翌日、私はカクで目を覚ましたものの、体調がものすごく悪かった。熱が出て、全身筋肉痛。学校を休んで病院に直行。

「タビの言う通り、学校休んじゃったよ。」

「なうん。」

 家に帰ってからも、私はベッドに横になっていた。

「先にギョク行ってて。……気持ち悪くて寝れそうにないや。」

「なーう。」

 タビは私の頭に自分の頭をすり寄せてきた。分かったよ、と返事をしてくれた気がする。撫でてやると、すぐに丸くなって眠り始めた。

「まあ、この状況じゃどのみちほのかを助けに行けないか……。」

 歯痒い。一刻を争う事態なのに。

「でも……しばらくバリスタさんの力は借りられないんだよね。」

 怪我の具合も心配だが、仮に治ったとしてもバリスタさんと今まで通り活動できるかはかなり怪しい。局長は皆に内緒にすると言っていたが、バレた時にバリスタさんを皆はどう思うだろう。ゲンゲさんや、先輩だって信じていいのか疑っているかもしれない。こうなると、いくら私がバリスタさんを信じたくても、周りがそれを許さないかもしれない。

 私がバリスタさんを信じる根拠は、自分にとっては命の恩人で、今までもずっと助けてもらったからだ。でも、なぜクロワタが出たのか、バリスタさんが何者なのかは分からない。もしかすると、こんな私を見て、バリスタさんはほくそ笑んでるかもしれない。

「……いやいや。何疑ってるんだ、私。」

 冷静になろう。もし仮に、バリスタさんがダブルさん達の言う通り、クロワタをまき散らしたいなら、紡である私と活動する理由が分からない。一緒にいる間に始末してしまえばいい。ゲンゲさんも救出しない方が楽だし、森の状況を改善する必要もない。ただ、そこまで考えると、なぜクロワタがスプーンから出たのかって話だし……。

「駄目だ、風邪ひいた頭で考えてもきっと結論出ないや。」

 頭がますますぼんやりしてきたので、考えるのはそこで止めた。氷枕を替えてもらったらいくらか楽になって、知らないうちに眠りに落ちていた。

「………寝坊した!?」

「おおお。急に飛び起きるからびっくりだヨ。」

 白いシーツ、白い天井。そして大きな茶トラの猫。

「……局長!?」

「やあ希美さん。お熱計ろうか?」

「あれ、私家で」

「寝たんだろうね。で、そのままギョクに来ても寝てたから、ここに運んだの。ここ、観測局の医務室。」

 辺りを見回すと、確かにナース服の猫たちがうろうろしている。可愛い。

「多分体内時計がカク仕様だからだろうけど、希美さんここでもう三日間寝てたの。」

「みっかぁ!?」

「しー。」

 局長のしっぽが私の顔を覆う。失礼しました、病院では静かに。

「うん。しっぽで触った感じ、もう熱は大丈夫だね。」

 局長はそう言って笑い、私の顔を見つめた。

「?」

「……いや、やはり君に隠しておくのは気が引ける。」

 局長は突然、私に頭を下げた。

「きょ、局長!?」

「すまない!君との約束を果たせなかった。―バリスタが行方不明になった。」

 一瞬、周りの時が止まったかと思った。

「ゆくえ、ふめい?」

「三日前、君がカクに帰った日の深夜、バリスタはここを抜け出したらしい。おそらく行き先は第四地区だ。だが、地区に入ってからの足取りが途絶えている。」

 脈が速くなっているのが分かる。バリスタさんがいなくなった。行方は分からない。どうしてこんな事を?

「自分がクロワタを出すから、それを気にして……?」

「そうとしか考えられない。」

 局長の声は沈んでいた。

「あの子はずっと、自分が何者なのか気にしていたんだ。記憶がないから、自分のルーツを知りようが無い。記憶を無くす前の自分が悪人ではないという保証はない、と落ち込んでいた事もある。」

「バリスタさんが……。」

「悪人である証拠もないだろうと言ったんだが。あの子は過去も持たないし人とのつながりもない。自分を世界につなぎ留める楔が無いから、常に不安がっていたんだよ。」

 信じられない。バリスタさんが不安そうにしたり、弱気になっているのを見た事がない。いつも冷静で、私を元気づけてくれて、的確な助言もくれる、頼りがいのある姿しか知らない。

「最近は表情が明るくなっていったから大丈夫だと思ってたんだけどね……。特に希美さんが来てからは、一層活き活きしていたように思うよ。」

「私が?」

「そう。初めて会ったのに、なぜか嬉しいと思ったと言ってた。ひょっとして―」

 ドアを控えめにノックする音がした。

「あ、どうぞ。」

「失礼します。―朝倉希美さん、お目覚めですか。」

「……。」

 私はぽかんとして入ってきた人物を見つめた。170センチはあるであろう、すらりと長い手足を持ったモデルみたいな美女だ。銀髪に切れ長の眼、黒と紺の金属パーツをいくつも組み合わせたボディスーツを着ている。

「朝倉希美さん?」

「あ、はい。ええっと」

「こちらの機体で会うのは初めてですね。コウメイです。」

「えええ!?」

「声量を落とす事を推奨します。」

 私は手で口を押えた。目の前の美女が、あのコウメイさん?見た目は全然違うし、声も前より棒読みっぽくないというか、本物の女性みたいな声。

「前回お会いした時は電力を最も消費しない機体を使っていただけです。」

「……ロボットの皆さんって、体ごと見た目を変えられるんですか。」

「否定します。機体を変えられるのは、第三地区地下に住む一部のロボットのみです。私の本体はあくまでAI、脳の部分だけなので、機体を変える事が可能です。」

 頭で理解しようと努力はしてるのだが、超美人に見つめられ続けるのは心臓に悪い。分かりました、と返事するのがやっとだった。

「局長もこちらでしたか。」

「ああ。バリスタの話をしていた。」

「そうでしたか。」

 コウメイさんの声が沈み、表情もやや暗くなる。前より感情豊かな機体のようだ。

「朝倉希美さん、私からもオーダーの失敗をお詫びします。申し訳ありませんでした。」

 コウメイさんが私に頭を下げた。

「あの怪我では遠くにはいけないだろうと想定していました。バリスタの精神的苦痛を加味出来なかった私のミスです。現在、レジスタンスも動員して足取りを追っています。」

「!でも、レジスタンスの皆さんはあまり動いたら電力が」

「その心配は不要です。」

 コウメイさんが私の前で手を開くと、画面が浮き出た。古びた大きな建物が映っている。中に入っていくと、大きなタービン。周りには歓喜するロボットたち。

「発電所だ!」

「地熱流体が得られるようになったので、新たに閉鎖されていた発電所を再稼働させました。電力を確保出来たことで、多くのロボットの命を救う事が出来ました。」

「良かった。」

 地下街で、壁に無気力にもたれかかっていたロボットたちを思い出す。あのロボットたちのために、少しは役に立てただろうか。

「安定した供給を手に入れたことで、私もこの機体を使う事が出来ます。レジスタンスも装備を強化してバリスタさんの行方を追っています。クロワタについては秘密にしていますので心配なく。」

「私も引き続き探す。希美さん、もう少し待っていて欲しい。必ず見つける。」

「……分かりました、よろしくお願いします。」

 私が言うと、二人は頷いた。

「では、ワシは早速捜索に戻るよ。コウメイは―」

「私がここに来た用件は、竹内ほのかの救出についてです。」

「!」

 そうだ、昨日居場所が掴めたって言ってた!

「千草晃平さんも観測局に到着しています。作戦を説明しようと思いますが、体調は」

「大丈夫です!」

 私は立ち上がった。

「では、こちらに。」

 私はコウメイさんに付いて病室を出た。

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