第28話 あなたはなあに

 局長さんとやって来たのは医務室。白いベッドにバリスタさんが寝かされている。

「第三地区の技術でなければ輸血は難しかった。バリスタは、自分の血液型も知らないからねぇ。ここで調べながら処置して、今容体は安定しているそうだよ。」

「良かった……。」

 バリスタさんは静かな寝息を立てている。でも、肌は青白いし、手を握ると冷たい。

「それで、訊きたい事っていうのは。」

 言いながら、表情がこわばるのが自分でも分かる。局長が静かに切り出した。

「我々が駆け付ける直前、実はバリスタさんにもクロワタの反応が色濃く出ていてネ。そして、ワシがお二人を助けた時、そばにクロワタの破片があった。バリスタさんのスプーンから出ていたと思うのだが―あの時、一体何があったのかな?」

「……。」

 真っ先に浮かんだのは黙っていた方がいい、という考え。でも、局長は他の人に聞かれないようにしてくれた。ならば、本当の事を話しても、すぐにはバリスタさんをここから追い出す事はしないのではないか。でも、局長がそうでも、他の局員や地区長たちはどうだろう?

「……迷っているという事は、やはりクロワタを出したのはバリスタか?」

 背筋が凍る。局長は大きな目で私を見ている。

「周囲のクロワタが付着しただけなら、あれほど多くの破片は出ない。それに、あなたの泣きそうな顔を見れば嫌でもそう思っちゃうさ。」

「―!」

 目を押さえた。しかし、涙は止めようとするほど溢れてくる。

「……我々が事実を知って、バリスタを排除するのではないかと不安なんだね。」

「お願いです!バリスタさんを、こ、殺さないで下さい!」

 私は頭を下げた。

「確かにバリスタさんの術から、クロワタは出てました。でも!バリスタさんはクロワタを広げようとしてるわけじゃないんです。クロワタが出てた事に、バリスタさん自身がショックを受けていました。」

「希美さん。」

「く、クロワタがギョクにとって危険なのは分かってます。でも、バリスタさんがわざとそれを使っているとは思えないんです。そ、それに私にとっては、大事な人なんです。」

 まずバリスタさんがいなければ、今頃私はここにいない。あの時木から落ちてそのまま死んでいた。その後紡になった後も、何度助けられたか分からない。でも、何より、バリスタさんが自分を気にかけてくれているというのが一番の支えだった。危険を冒せば本気で叱って心配してくれたし、逆に恐怖や不安で動けない時は背中を押してくれる。それは紡の仕事に限った事ではない。ほのかと仲直りしたいという気持ちを押してくれたのだってバリスタさんだ。今私は、その心の支えだった人を失うのではないかという恐怖で頭がいっぱいだった。

「クロワタが増えるって言うなら、私がその倍シロイトを紡ぎます。だから、あのむぐ」

 私がさらに言おうとしたところで頭にふわふわしたものが覆いかぶさる。ちょっと気持ちいいけど、動いても抜け出せない!

「朝倉希美さん。声量を小さくすることを推奨します。」

 この声、コウメイさん?そう思った時、ふわふわが顔からはがれた。局長のしっぽだった。その横に、コウメイさんが立っている。という事は―

「あ、あのコウメイさん。クロワタの術からバリスタさんが出るというのはあの」

「否定します。クロワタに人間は作れません。」

「希美さん動揺しすぎだネー。ちょっと落ち着きましょう、ほいほい。」

 局長は再び私をしっぽで包んだ。猫の尾とは思えないほど太くてふかふか。

「大丈夫。コウメイは知ってる側だから。」

「むぐ?」

「私は戦艦と繋がっています。火山に到着時、戦艦はバリスタさんにクロワタの反応を検知しました。私は既にその分析を開始しています。」

「このデータは他のレジスタンスには内緒。知っているのは我々二人だけ。安心したカナ?」

 私が頷くと、しっぽがやっと離れた。

「だが、その分析に当たって、どうしても分かんない事が出て来ちゃってねぇ。現場を見ていた希美さんの話に手掛かりが無いものかと思ったんだ。ゴメンネ、怖がらせちゃった。」

「局長。新米橋渡し猫の研修である話し方講座の受講を推奨します。話し方がクソ胡散臭いから、相手を怖がらせるのです。」

「うゎー、容赦ないねえ。君の話し方も大概だよコウメイ。」

 そう言いながらほっほっほと笑う局長。「声がデカイです。」とまた注意されている。

「先に、ワシらが知っている事を話そう。コウメイ、頼むよ。」

「バリスタさんの体内には、今現在もクロワタの反応があります。しかし、クビナシ化しているわけではありません。艦内に運んでから今まで絶えずチェックしていますが、クロワタによる体の損傷は全く見られませんでした。」

「クロワタを抱えているのに、体のどこも分解されていないのはちょっと異常だよ。これは、ギョクの人間には不可能な事だ。」

「付いてるだけとか、ちょっと吸い込んだだけじゃあ……。」

「否定します。少し体内に入るだけでも、ギョクの人間の体には必ずダメージの痕跡が残ります。バリスタさんには、それがありません。それでいて、クロワタをそのまま保持している。」

「クロワタが体の中にいて、何かの拍子に出てきてしまうというのは、カクの人間に近いんだよねぇ。」

 局長が腕を組む。

「ホラ、希美さんも覚えてる?友達と喧嘩した時の事だ。あの時、希美さんの指からクロワタが出たね?でも、指先のが消えても希美さんの中にはまだ沢山、形になってないクロワタ、まあつまり、元になる感情があったよね。」

 私は頷いた。

「もしバリスタさんがカクの人なら何もおかしくはない。でも、それほどクロワタを抱えている人なら、ハヲリになっているはずなんだよねぇー。」

「でも、バリスタさんはハヲリじゃない。」

 私が言うと、局長もコウメイさんも頷いた。

「これまで希美さん以外の紡とも何度か仕事をしているが、誰一人バリスタさんをハヲリとは言わなかった。」

ギョクの人間、カクの人間、そのどちらにも当てはまらない。ダブルさん―ダブルさんの形をしたクロワタに言われた事と同じだ。そう考えたら、悲しくなってきた。クロワタに言われた事がデータで裏付けされてしまうなんて。

「……バリスタさん、ギョクに居ちゃいけないんでしょうか。」

「誰かにそう言われたのカネ?」

「はい。あの、ダブルさんのクビナシに……。」

私は火山での事を全て話した。バリスタさんの出したトラック、クナさんの左腕、ダブルさん達のクビナシが言っていた事、私を守るためにバリスタさんが出したクロワタの壁。

「―成程。辛い話をさせてしまったね。」

 全部話し終えると、局長は大きな手で私を撫でてくれた。

「クビナシと同じ分析結果というのは腹が立ちますね。しかも、W-74の顔で言ったのですか。尚更癪に障ります。」

 コウメイさんが吐き捨てるように言った。

「朝倉希美さん、先ほどの質問に答えます。否定します。バリスタさんに限らず、存在の拒否は誰にも許されることではありません。」

 コウメイさんがはっきりと言った。

「相手の存在の可否を勝手に決め、始末する。それは、最も私が忌避するコマンドです。」

「ほっほ。コウメイが熱くなってるなぁ。」

「その余計な一言を即抹消する事を推奨。」

「なんかワシごと抹消しそうだ、コワイナー。」

 局長は笑って殺意をスルーする。

「でも、コウメイの言う通りだ。私達は、バリスタを守りたい。その為に、クロワタの謎については分析を進めていく。その間は観測局で治療も兼ねて観測局の病院で保護するから、安心して欲しいな。」

「……本当に?」

「ワシは親みたいなものだからね。」

 局長がまた笑った。

「観測局の仕事を手伝うように勧めたのはワ・シ。あの、ギョクで困っている人の力になりたいという姿勢に、嘘はなかったと思う。親バカカナ?」

 私は首を横に振った。私も、バリスタさんは本気で皆の助けになりたいと思ってると感じてる。クロワタをまき散らすなんて事、絶対しない。

「良かった。君も信じてくれるんだな。」

「私はしばらくレジスタンスと観測局を行き来し解析を進めます。今日だけでなく、これまでの行動すべてを洗い流す必要が出てきたと思いますので。」

 コウメイさんが私を見た。

「その上で……一つお断りしておきます。もし、私と、観測局の能力を総動員し、バリスタさんがクロワタをまき散らし世界に深刻な被害を与える存在であると結論づけた場合は、始末も辞さないつもりです。」

「……分かってます。」

「ですが、それはやるべきことを全てやってからとなります。私は安易に誰かの存在を否定し消すような、BBとは違いますので。」

 淡々とした口調だが、いつものコウメイさんより熱がこもっているように思った。

「それも、分かってます。……バリスタさんの事、よろしくお願いします。」

「オーダーを受諾しました。」

 コウメイさんの口元が、ほんの少し上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る