第27話 一時撤退

「自動運転に切り替えます。全員、ベルトを外しても構いません。」

 コウメイさんはそうアナウンスし、自分もベルトを外して操縦席からこちらにやって来た。

「まず、状況を説明します。第二地区地区長のゲンゲから観測局に救助要請が入りました。第三地区の防衛軍が壊滅し、紡がいる第二地区の火山にも被害が及ぶ可能性が高いからです。そこで戦艦の出撃命令が下され、我々がこちらに来たのです。」

「遅いわよ局長!」

 ゲンゲさんが口を尖らせた。「おかげで希美ちゃん達が命の危険に晒されたわ!」

「申し訳ない。それについては、弁解の余地もない。」

 局長さんが、私に深々と頭を下げる。しかし、その横でコウメイさんが淡々と続ける。

「出撃が遅れたのは、局長が原因ではありません。当初、ここまでの戦艦を出す予定はありませんでした。しかし、火山のモニタリングをしていた局員が、クビナシの存在を検知しました。第三地区から侵入してきた、元防衛軍たちです。」

 クナさんが最後に倒したロボットたちだ。

「クビナシ化した防衛軍との戦闘を考え、より攻撃力の高い戦艦を使う事になり、準備に時間を要したのです。」

「……防衛軍が壊滅したって聞いたけど、こんな鉄の船が残っていたのね。アンタもダブルの部下なの?」

「肯定します。しかし、普段は隊長達と別行動を取っています。」

 コウメイさん、ゲンゲさんにはレジスタンスである事言ってないんだ。

「話を続けます。我々は火山に向かいながら周辺のスキャンを行いました。新たにNe-10通称クナのクビナシ化を確認、そしてその破壊後、W-74を含む防衛軍全員のクビナシ化を確認しました。」

「ダブルさん達、クビナシになってたんすか!?」

 先輩がかすれた声で言った。

「肯定します。」

「けど、体も溶けてなかったし、クナさんみたいに苦しんだりとかしてなかった。」

「しかし、思考回路の50パーセントがクロワタに汚染されていました。通称クナを撃破した後のW-74の行動は、全てクロワタによるものです。」

 先輩だけでなく、私達全員が息を呑んだ。

「クロワタはギョクにあるもの全てをシロイトに分解する力がありますが、時間がかかります。クビナシはいわば分解途中の姿です。どこから分解されたかによって、症状の現れ方は様々なのです。」

 私は、第二地区の森を思い出す。進んでいる時に見かけた木々は幹が溶けていたり葉っぱが変色していたりした。一方、休憩中に折れて私の上に倒れて来た木は、外側は何ともなかったが、中は空洞だった。

「ダブル達の場合、脳が真っ先にやられた。外見や声は本人でも、中身はもはや別人。……だから、コウメイに頼み、破壊してもらった。」

 局長が目を閉じながら静かに呟いた。

「ね、ねえ局長!ダブルさんが希美たちに酷い事したのもさ、クロワタのせいなんだよね!そうだよね!」

 タビがほっとしたような、でも泣きながら局長に尋ねる。

「じゃあ、本当のダブルさんは正義のヒーローだよね!ヒーローだったら、あんな事……しないもんね?」

「……そうだ。クロワタがそうさせていたんだよ、タビ。それは、ダブルの本当の姿ではない。気を落とさないで。―ボウズ、お前もだ。」

「!」

「戦艦から、バリスタさんに発砲されたのは確認した。だが、あれはクビナシがやったのだ。ダブルではない。お前は、ダブルの正しい姿を忘れないでくれ。いいね?」

 先輩は静かに頷いた。その目に涙が溜まっているのが見えた。

「―そうだコウメイ、ボウズ達に伝える事があったね。」

「依頼されていた竹内ほのかの消息について、報告があります。」

「何か分かったんですか!?」

 私は思わずかぶせ気味に尋ねる。

「第三地区の地下都市にある複数のトンネルにおいて、竹内ほのかの痕跡が見つかりました。分析の結果、竹内ほのかが現在いると考えられるエリアは、95パーセント特定できています。」

「ほのか、無事なんすか!?助かるんすよね!?」

 先輩が顔を上げた。

「生きている、という意味では肯定します。詳しい話は明日お伝えします。」

「そんな、今すぐ助けに―」

「否定します。あなた達のバイタル値では、救助活動は困難です。」

「焦る気持ちも分かるけど、一度カクに戻らないとネ。長時間クロワタだらけの空間に居たんだ。これ以上滞在してはハヲリになるリスクが上がる。」

「俺達紡だから、ハヲリぐらい自分で解決―」

「は~て。ハヲリになるリスクを背負ったままふらつき、挙句希美さんに助けてもらったのはどこの紡だったカネェ~?」

 局長は口元に赤い炎をチロチロさせながらわざと大声で言う。先輩がうなだれた。

「局長の言う通りにしよーよ希美。もうすぐカクは朝になるよ。」

 タビが言った。

「それに、二人にはぼけーっとする時間がいるよ。学校休んで、おうちでごろごろしようよ。」

「でも……。」

「だって今日、ずっとヒヤヒヤしっぱなしだもん。タビもだけど。心が疲れてるよ。」

助けに行きたいが、タビのいう事ももっともな気がする。今日は命の危険や恐怖を感じることばかりで、ずっと気を張っていた。正直、今も肩の力が入りっぱなしだ。ほのかを確実に助けるためには、自分を万全にしておくべきか。

「分かりました、一旦帰ります。」

 私が答えると、局長はほっとしたように頷いた。

「では、第一地区までまだ時間があります。着陸が近くなりましたらアナウンスします。」

 コウメイさんがアナウンスする。「それまで休んでください。給湯室に、軽食と飲み物があります。」

「ボウズちゃん、何か飲んだ方がいいわよ。」

「そうっすね……。」

「タビ、かつお節ほしい!」

「オーダー受諾。ご案内します。」

 ぞろぞろと給湯室へ移動する皆。

「希美さん、希美さん。」

ついて行こうとした時、局長が私を小声で呼んでいるのに気付いた。こちらに手招きしている。

「ちょっと、伺いたい事があってネ。バリスタさんの病室に行こうか。」

何を聞かれるかは、ある程度予想がついた。私は頷き、ついて行った。

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