第26話 悪をユルスナヤッツケロ

「……反応消滅。脅威個体はありません。」

 スキャンを終えた防衛軍の一人がダブルさんに報告する。

「ご苦労さん。本日の任務は終了だ。」

 ダブルさんは黒い破片を見つめたまま答える。「全員、一度タワーに戻れ。俺は―」

「待ってください。」

 別の隊員が声を上げた。隊員たちは一列に並び、こちらに向きなおった。

「まだ、仕事が残っています。」

 そう言って、バリスタさんに突然発砲した。とっさにコーヒーでバリスタさんは防御したが、いくつかの弾丸はスーツをかすめた。

「ちょっと、何してンすか皆さん!」

 先輩が怒ったように叫ぶ。あんまり驚いたのか声が裏返っている。他方、防衛軍の隊員達は冷静に答えた。

「私達は、クナを殺したバリスタを無力化させなくてはなりません。」

「はっ?」

「クナのクロワタは、あの義手から発生していました。つまり、クロワタを生み出したのはそこにいるバリスタです。」

「私の、義手が?」

 バリスタさんの声が震えている。

「―俺さ、クナの左腕を壊せって命令しただろ。あれは、スキャンの結果を受けてそうしたんだ。」

 ダブルさんが破片を見つめたまま言った。

「あの時、クナの内部には急速にクロワタが広がっていた。だから、元を叩かないといけないと思ってな。」

「もしかして……。」

 ゲンゲさんが声を漏らす。ダブルさんは俯いたまま言った。

「発生源は左腕だった。」

「―!」

「さらに、バリスタが人間を助けるため使ったライフルもクロワタです。」

「待ってくれ。」

 隊員の言葉に、バリスタさんが声を上げた。

「これは私の魔術で出したものだ、ギョクに住む人間は、そんな事は出来ない!」

「ですが、事実は事実です。見てください。」

 バリスタさん、そしてゲンゲさんや先輩達もスプーンの先を見た。ライフルはすっかり真っ黒な石に変わり、粉々に砕けた。クナさんのように。

「……クビナシだわ。」ゲンゲさんが言った。

「勿論、撃たれた場所もすぐにクロワタが集まり、ああなりました。―バリスタさんがクナを殺したのです。」

 隊員たちの声は無機質だった。バリスタさんの方は目を見開いたまま、スプーンの先を見つめている。唇がかすかに震えていた。そのバリスタさんに、再び銃を構える音がする。

「ま、待ってよ!結論出すの早すぎるって!」

 先輩が叫び!ダブルさんの手を引く。

「ダブルさんも止めてよ!こんなのいつもの防衛軍じゃねえって!義手から出たのだって、その前のクビナシとの戦いでクロワタが腕についただけかもしれない!ライフルだって、俺達はずっと第二地区でクロワタまみれの所を歩いて来た。だから、それがバリスタさんのスプーンについてて」

「いえ、それは違います。ただスプーンにクロワタが付いているだけなら、コーヒーの形でシロイト由来の魔力を集める際に相殺されるはずです。」

「クナの左腕にクロワタが付着したというのも可能性は低い。」

「それならば武器が大破していた右腕や足からクロワタが発生するはずです。クナはクビナシからの攻撃でそれらを失ったのですから。」

「だけど……。」

 隊員たちに代わる代わる否定され、先輩は言葉が続かない。

「ボウズ。」

 不意に、ダブルさんが先輩の肩を叩いた。

「ありがとな、俺達を心配してくれてんだろ?クナの事は、実際かなり堪えてる。こう言う時、冷静さを欠く決断をしちまうのは、よくある話だ。」

「ダブルさん……。」

 先輩がほっとした顔になる。が、

  ズダン!

 閃光と、熱風。バリスタさんの体が宙に舞い、落ちる。

「だがそれは人間の話だ。俺達はお前らの50倍の情報を一気に処理してる。その上で、アイツが!クナを殺したと判断した!そこに狂いがあるか!」

「―バリスタさん!」

 ゲンゲさんの悲鳴、防衛軍の雄叫び。へたり込む先輩。私とタビはバリスタさんに駆けよる。

「ぁ……。」

バリスタさんは苦悶の表情を浮かべたまま、呻く事しか出来ない。スーツは勿論その下に着ていた服も消し飛び、わき腹からは真っ赤な血が流れている。

「希美!これ使って!」

タビが包帯をくれるが、止血したそばからすぐに真っ赤になっていく。どうしよう、こんなに血が出てたら死んじゃうかもしれない。早く、病院に行かないと。

「スーツのおかげで命拾いしたな。普通人間が食らうと即死だ。」

 ダブルさんの声に、私はとっさにバリスタさんを自分の方に引き寄せた。バリスタさんの体が冷たい。

「どけよ。」

「嫌です!」

「そいつがクロワタを出したのは、お前も見ただろ!野放しにすれば、クナみたいな被害者が増えるだけだ!」

 ダブルさんの部下たちも銃を構えたまま近づいて来た。タビがひゅっと息を呑んだ。

「バリスタ、アンタも悪いやつだ。俺達だけじゃなくて、カクの人間の信頼まで利用するのか?そうやって自由に動き回って、クナの腕みたいにクロワタの時限爆弾をばらまいたのか、この殺人鬼!?」

「地区長なら、バリスタさんが観測局に今までどれだけ協力してきたか知ってるでしょ!」

 相手は銃を持っているのに、私は怒りに任せて叫んでいた。

「私を含めて、助けてもらったカクの人もいっぱいいる。それを殺人鬼よばわりしないで!」

「協力回数は勿論把握してる。クロワタまみれで危険な任務もあった。ギョクの人間ならまずやらねえ仕事を、こいつは進んで引き受けた。クロワタを操れるから、怖くねえんだろ。」

「今のダブルさんは、事実を見てない!自分の中でバリスタさんは危険な奴って先に結論付けて、それに合うように過去に意味づけしてるだけ!それは、情報の処理じゃない。こじつけよ!」

「だが、クロワタを作ってるのはお前さんも見たろ。ギョクの人間に出来る芸当じゃねえところが気になるが―」

 ダブルさんがバリスタさんの方を見た。

「そうだ。お前、記憶ねえんだろ。本当に、ギョクの人間か?」

 私は言葉を失う。ダブルさん、何言ってるの?

「バリスタさんはハヲリじゃない。だからギョクの人に決まってるでしょ。」

「まあ、ハヲリではないだろうな。けどよ、じゃあギョクで知った人間に今まで会ったか?もう観測局を手伝って結構経つだろ。」

 バリスタさんが俯く。手のひら越しに、肩が震えているのが伝わる。

「シロイトは生みだせないし、ハヲリでもないからカクの人間ではない。だが、クロワタを操る時点でギョクの人間でもない。お前、一体何者だ?」

「……。」

「お前さん、記憶喪失じゃなくて元々無いんだろ?バリスタって人間は最初からギョクにいなかったんだよ。」

「いいや、いてはいけない存在だった!」

 隊員の一人が声を上げた。「クロワタを操る、災厄の具現だ!」

「成程なクビナシより質が悪い!クビナシは結果的にまき散らすだけだが、てめえは分かっててクロワタを作ってる!やっぱり人間じゃねえ、世界そのものの敵だ!」

 ダブルさんと隊員が、交互に声を上げて罵る。

「世界の敵!」「災厄!」「破壊者!」

 その異様な熱狂ぶりに、私は嫌悪を覚えた。でも、バリスタさんは何も言わなかった。痛みで苦しそうだった表情は消え、洞のような目から、光るものがつたうのを私は見た。

「……こんなの、正義のヒーローじゃないよ。」

 タビの呟きに、ダブルさん達が静まり返った。

「タビさん、今なんつった?」

 ダブルさんの凄みに、タビがきゅうっと体をすぼめる。

「―こんな寄ってたかって一人を沢山で罵倒するのは、正義のヒーローのやる事じゃないって言ってるの。」

私は、静かに答えた。タビが「何で言うの!」という視線を向けて来る。

「クロワタを生み出すのは自己否定。それなのに、誰かの存在を否定するような事を言ったら、クロワタを生む気持ちが助長される。それを平気でやってる今のダブルさん達の行動は、間違ってる!」

 本当は、さっきみたいに怒りを爆発させて、ダブルさん達の倍ぐらい罵ってやりたかった。そばにある石ころを投げつけてやりたかった。でも、それをやったら、ダブルさん達と同じだ。相手そのものの否定になる。クロワタを生み出すような事を、自分の手でやりたくない。

「……コウメイに会った時も思ったが、やっぱ希美ちゃんは肝座ってんなア。今はそこが気に食わねえ。」

 一瞬、元のダブルさんのようにケラケラっと笑ったものの、すぐに気配が変わった。背筋が冷える。さっき、クナさんに取り込まれそうになった時に感じたのと同じだ。死ぬかもしれない、という本能的な恐怖だ。

「あの状況を見て、あれほど俺達が言ったのになぜそこまで庇うんだ?お前さんも紡なら、ギョクの為になる事をしろよ。それともあれか、お前らはグルなのか?」

「ぐ、グルって」

「ジャスティスだと思ったんだがな!同じ穴のムジナってなら容赦しねえぞ!カクの人間のへの武力行使はご法度だが、悪人なら仕方ねえだろ!」

 ダブルさんの声に、隊員たちが雄叫びを上げた。まずい。せめて、

「タビ、ごめん!」

「え?にゃああああ!?」

 タビを先輩の方に放り投げた時、ダブルさんの銃が光ったのが見えた。

「―!」

 私とダブルさんの前に、大きな壁がせり上がる。火山の観測局と同じ壁だ。

「ば、バリスタさん!」

「はっ、早く、逃、げて!」

 バリスタさんは右手だけを動かしてスプーン握りしめ、地面に突き立てていた。そこからコーヒーが溢れて壁を作っているが、すぐに黒くなり始め、ひびが一気に入る。バリスタさん自身も肩で息をしているし、額に脂汗が浮かんでいる。

「ハ!やっぱしクロワタ使いじゃねえか!」

 ダブルさんの嘲る声と、二発目をためる音が聞こえる。バリスタさんは表情を歪めながら、再び壁を作る。だが、

「!?」

 轟音と、立っていられないほどの振動。隊員のロボットが武器を使ったのかを思ったが、揺れはどんどん激しくなる。

『目標確認。発射。』

 ヒューン!という風を切る音がしたと思うと、壁の向こうで爆発音がした。壁のヒビ割れから見えたのは、白い光とそれで弾け飛ぶダブルさん達。

「希美さん、バリスタ!」

「!局長!?」

 私達の後ろに局長が居て、さらにその後ろには大きな戦艦。青白い光を発しながら浮いているが、音はとても静かだ。

「説明は後、逃げるよ!」

 局長は言うが早いか私達二人を片手ずつで担ぎ、戦艦の中へ。

「希美ぃいい!」

「タビ、タビ!」

 艦内には泣きながら走って来るタビだけでなく、先輩やゲンゲさんもいた。その周りにはロボットたちがいる。さらに、操縦席にいたのは

「コウメイさん!?」

「こんにちは。約束通り、火山を戻していただいてありがとうございます。」

 コウメイさんは会った時と変わらず棒読みで答えた。コウメイさんがここに居るという事は、もしやさっきのロボットはレジスタンス?

「ベルトを締めて下さい。離陸します。」

「バリスタさんは救命室に運んでおきます。希美さんは座席に。」

 局長が私を降ろす。心配だったが、ひとまず言われた通り座り、ベルトを装着。戦艦はゆっくり浮上し、上空で旋回して飛び立つ。

ドゴガアアアアアン!!!!

 窓から、火山が真っ赤な炎と真っ黒な煙を噴き上げ噴火したのが見えた。赤赤と光る溶岩が火口から一気に流れ落ちる。

「ダブルさんが!」

 先輩の悲鳴に近い声。溶岩は倒れた防衛軍たちをあっという間に覆い隠し飲み込んだ。

「……。」

「ボウズちゃん。」

うなだれる先輩の肩に、ゲンゲさんがそっと手を置いた。鼻をすする声がする。私もタビも、黙ってそれを見つめるしかない。

「これより、第一地区に向かいます。」

 静まり返った船内に、コウメイさんのアナウンスが響いた。

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