第25話 ミイラ取りがミイラになって、そのあとは
真っ赤に点滅する画面と、ブザーが鳴りやまないシェルターの中で、私は回らない頭で何とか口を開いた。
「あの、ゲンゲさん、防衛軍、壊滅って……?」
「文字通りの意味よ。」
ゲンゲさんが頭を抱えて答えた。
「前も言ったけど、ここは第三地区との境目にある。だから怪獣の被害などが地区を超えて出そうな時は、シェルターと私の通信機の方に防衛軍から連絡が来るの。……あのメッセージは、防衛軍がもう機能しないほどの損害を受けた時しか出さない。」
「じゃあ、ダブルさんは―」
タビが泣きそうな声で言った時、外で激しい銃撃の音がした。そして、シェルターのドアが荒々しく開いて、ダブルさんとクナさんが転がり込んできた。
「ダブル!?どうして二人と―あぁ!?ちょっと怪我してるじゃ無いの!」
「なあに、視界不良なだけさ!」
ダブルさんはいつもと同じ口調。しかし、目のパーツにはひびが入り、腕や足の装甲がはがれて基盤がむき出しになっている。その横にいるクナさんに至っては、装着した武器の大半を失っている。バリスタさんが作った義手も壊れていて、バリスタさんが再び修理していた。
「皆が、どうして。私は、何を、間違えて―」
「ク、クナさん……?」
私が呼びかけても、クナさんは虚ろな表情のまま、ぶつぶつと小さな声で呟いている。以前あった時とはまるで別人だ。
「ゲンゲちゃん、よく聞いてくれ。」
ダブルさんが口を開いた。
「防衛軍は敗北した。敵は怪獣じゃない。同じ防衛軍だ。クビナシになった。この火山にまで迫って来てる。」
「嘘―。」
ゲンゲさんだけでなく、私達も言葉を失う。
「私のせいなのです!」
クナさんがわっと泣き出した。「私が、取り逃したクビナシが、み、皆を、飲み込んで、毒されて―」
「いいか、この建物は怪獣の攻撃には強いが、クビナシとなれば話は別だ。建物もシロイト由来だからな。今、無事な仲間がクビナシたちと交戦してる。アイツらが持ちこたえてる間に、お前らを逃がす。その為に来た。」
「ちょっと待って、アンタまさかその体で戦闘機に変形する気?」
「歩きで逃げきれるわけないだろ?大丈夫、俺が死ぬ気で第一地区まで送り届ける!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
ゲンゲさんが反論しようとした時、シェルターが大きく揺れた。また地震?
「違うのです!攻撃を受けてるのです!」
「大変!シェルターが」
タビが叫んだ。シェルターの天井にひびが入り、そこからクロワタが少しずつ漏れ出す。爆発音が響き、壁や天井にヒビが入った。
「時間が無ぇ!出るぞ!」
建物がクロワタまみれになる前に、私達は飛び出した。外では残った数名の防衛軍とクビナシになった元・防衛軍が激しい攻防戦を繰り広げている。
「人間の反応を探知。捕獲に移行します。」
「ほ、ほかく!?」
「クビナシはシロイトを取る行動をとる。希美たちをシロイトと認識しているんだ!」
バリスタさんが叫んだのと同時にクビナシとなったロボットが次々とこちらに向かって飛翔してくる。防衛軍が撃墜しようとするが、相手だって防衛軍だったロボットだ。一筋縄ではいかない。ダブルさんに変形する隙を与えないつもりらしい。
「皆さん、どいて下さい!」
「クナ?―止めろ!」
だが、クナさんの左手は既に光を帯びていた。
「一発で決めるのです。―それしか、出来る事ないのです。」
ズガーーーーーーーン!
バズーカがさく裂し、そこにいたクビナシが全て灰燼に帰した。
「……敵勢反応、消滅なのです。」
ぽつりとつぶやき、その場に膝をつくクナさん。煙が出る左腕を抱え、両肩を震わせている。背中を向けていても、泣いているのが分かる。
「……私は、軍の中でも一番未熟で、失敗ばかりなのです。先輩達に、いっつも助けてもらっていたのです。だのに、私が、生き残ってしまった。」
「……でも、クナさんのおかげで私達助かったんです。」
何か言いたくて、私は声をかけた。「生き残ってしまった、なんて言わないで下さい。」
「……。」
「クナ。生き残ったのは、誰かを生き残らせるためだ。まだ、平和は戻ってない。一人でも多く助けに行こう。」
「……。」
クナさんは答えず、左腕をぐっと押さえた。左腕からは絶えず煙が出ており、「OVER HEAT」の文字が浮かび上がる。
「いかん、腕の使用限界を超えたな。しばらく休―」
「ぁっ、うぎぃ、づぅうううあ……!」
「クナ?」
クナさんは左腕を押さえたまま、苦しそうにうずくまる。ダブルさんがスキャンを起動した。が、
「ああああ!!!痛い、痛いよぉ!!!」
クナさんが絶叫しながらのけぞり、のたうち回る。
「ちょ、ちょっとダブル!どうしちゃったのあの子!?」
「何だこれ…?」
スキャンをしたダブルさんが立ち尽くす。
「エラー!不明な感覚!痛い!エラー!ErROr!死ンデ死まウ!怖いいこわ」
クナさんの声にはますますノイズが混じり、言葉も支離滅裂になって来た。体があり得ない方向にねじれ、あちこちから火花が出ている。
「全員、クナの左腕を狙え!」
「だ、ダブル何言ってんのよ!」
ゲンゲさんが叫ぶが、仲間たちが一斉にクナさんの左腕を狙って攻撃した。クナさんの腕が消し飛ぶ。すると突然、それまで暴れていたクナさんが、ぴたりと動きを止めた。
「クナ!クナ!」
ダブルさんが呼びかける。クナさんの口がぱくぱくと動いた。
「なんで、お前が、生きてイルんだよ。」
クナさんの声ではなかった。何人もの人が一度に喋っているかのようだった。そしてどの声も怨念に満ちていた。
「お前なんか死ねばシニたくないぉマエ嫌だ痛いいなくて良いおまエ居なくてイごめんナサイごメンナさいごめんなさぁああああああ!!!!」
クナさんの全身が黒くくすみ、けばだった苔のようなものが噴き出て、体ごとドロドロに溶け出した。
「クビナシだ!」
隊員達が叫んだ時、クナさんは地面を蹴った。それまでもがき苦しんでいたとは思えないほどの俊敏さで、ダブルさん達も私達も反応できなかった。
「あっ!?」
「希美!?」
だから、逃げ切れなかった。クナさんは両手で私の腰をしっかりと抱え上げた。重い扉に挟まれたみたいに、体がぎゅっと押される感じ。
「えねるギーノ、カク保を確認。」
「痛い!クナさん!離してください!」
体が溶けているとは思えないほど強い力で締め付けられる。持ち上げられて足が地面から離れた私は、じたばたと暴れてクナさんの脚を蹴ったが、すぐに何かが私の足に絡みついてクナさんの体に固定した。クロワタか、溶けたクナさんの体そのものかもしれない。シロイトを急いで紡ぐが、とても足りない。頭の中に色んな映像が流れ込んで来る。私の脳の容量をはるかに超えていて、パンクしそう。
「エネるgい、充テん、じゅウtえN」
「ぃ痛いっ!や―むっ!」
叫ぼうとして、口までクロワタが登って来たので慌てて口を閉じる。足だけでなく、手も動かなくなった。クロワタが後頭部と耳を覆ったのが分かる。もはや自由なのは眼だけだった。何も出来ないまま、自分が覆われて行くのを見るしかない。全身から血の気が引いた。―食われる。怖い。
「離れろ!」
ダーン!という銃声と共に、私の体がクナさんごとつんのめった。同時に、私を覆っていたクロワタが解けて、手足の感覚が戻る。私が手を前に出すと、バリスタさんが引っ張って引き寄せた。
「バリスタさん!」
私はわっと泣きついた。すぐ横には、へたり込んだ先輩。そして、私に駆けよってくるタビとゲンゲさん。
「バリスタさんが撃った隙に、朝倉さんのいるところにシロイトを投げ込んだんだ。」
暗い顔をしたバリスタさんの手には散弾銃があった。
「クナさんは―」
「死なないさ。この程度の銃弾では致命傷にならない。セーフティーモードが発動して、一時的に止まるだけだ。」
バリスタさんが答えた。
「それを発動させるために、場所自体は急所を狙ったがね。―皮肉なものだ、設計図を見せてもらった知識を、こんな風に使うとは。」
「頭部、および右肩へノ損ショウ、軽び。問題hあ無し。セーフティモード解除。」
クナさんが起き上がった。またこちらに来る、とバリスタさんが身構えた時だった。
パリン パキキッ
ガラスが割れる様な音が聞こえて、クナさんの左腕がみるみる石の様に固まった。さらに、バリスタさんに撃たれた頭の一部も色が変わり、一瞬クビナシのように溶けたが、すぐに石化を始めている。
「Error!エラー!い状ジタイ発生、復旧かいシ、失敗。再試行―」
「く、クナさん!?」
うろたえるバリスタさんを見て、私は息を呑んだ。持っているライフルがどろりと溶け、クロワタと化し、やはり石化し始めたのだ。
「Error!エラー!い状ジタイ発生、復旧かいシ、失敗。再試行―」
クナさんは同じことを何度も繰り返し言いながら、その場でガクガクと震えだした。左腕と頭部から始まった変色がどんどん全身に広がっていき、さらにクモの巣状のひびが入る。私は、これを見た事がある。
「しっぱい、サイ試行―」
パリン!
クナさんは、無数の黒い小さな破片になり果てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます