第24話 火を噴くのは火山かもしくは

 ゲンゲさんの案内について行くと、さっき浄化した川の支流にやって来た。周辺には背の高い真っ直ぐな木が等間隔に生えている。

「……違う、あれ建物だ!」

「ここ、大昔の遺跡なのよ。」ゲンゲさんが言った。

「植物にすっかり覆われちゃってるけどね。昔はここまでサイバーシティだったの。」

 その建物の一つに、ゲンゲさんが入っていく。黒曜石に似た石を積み上げて作られていて、表面にはツタを図案化した模様が刻まれている。中はいくつもの分かれ道があり、明かりも無いので先が見えない。しかし、ゲンゲさんが指で何やらなぞると、正しい行き先の道だけ壁の模様が青緑色に光り出した。すごい、太古に滅んだ超文明って感じ。

「希美、小説のネタ浮かんだの?」抱っこされているタビが言う。「シロイト凄い出てる。」

「やめてよ人の気持ち覗くの。」

「へへ、合ってるんだ。」

「あったわ!探偵!ボウズちゃん!」

「ん?」

「何すか?」

「二人なら届くでしょ。あの花が光っているとこ!」

 ゲンゲさんが指さした先は、ツタの模様が壁にそって上に伸びていた。そのてっぺんには花の模様が光っている。二人がその壁に触れると、音もたてずに花の部分がせり出した。

「お?引き出しになってる!」

「ボウズちゃん、中身出して。」

 先輩が取り出したのは、サイバーシティでダブルさんが地下に行くときに着せてくれたスーツに似た服。でも、見た目はそこまでロボに似せてない。

「ダブルが作ってくれた服よ。火山に行くときは必ずこれを着ないと消し炭になるわよ。」

「消し炭!?」

「当然でしょ?これから行く火山は活火山なのよ。今はシロイトの減少で火山活動に異常を来たしてるから静かなだけ。普段だったら紡であっても立ち入りは許可しないわ。管理者のアタシだって、スーツ着ないと割と危ないもの。」

 そんな場所に、今から行くのか。いや、でもこれはコウメイさんとの約束だ。ちゃんと果たさないと、ほのかを見つけられない。

「ちゃんと着たわね?じゃあ出発するわよ。」

「火山、ここから近いんですか?」

「近いとは言えないわね。だって近くにこれを置いたら、火砕流で全部パアになるじゃない。」

 あ、そっか。車で行けたらなあ……。正直、ちょっと疲れているんだけど、泣き言は言えない。

「タビちゃん、カクの時間は大丈夫?」

「うん、大丈夫!向こうはまだ夜の一時だよ。」

「結構歩くから、時間管理だけお願いね。じゃ、出発よ。」

 疲れた体に鞭打って進む。防護服が見た目のわりに軽いのが救いだ。

「……ゲンゲさん、俺のポッケ入ります?なんか飛ぶの辛そうじゃないすか?」

「だ、大丈夫よ。」

 ゲンゲさんはそう答えるが、成程、確かに飛び方がふらふらしているし地面に時々擦りそうになってる。

「まだクビナシ化のダメージが残ってるんすよ。」

「ゲンゲさん休も!ゲンゲさんがタビ倒れたら悲しいよ。道にも迷っちゃうし。」

「う。」

 タビの一言はてきめんだったようだ。ゲンゲさんは先頭を歩く先輩のポケットに入り、ナビだけは口ですることにした。

「でも、まだ地熱を使ってたのね。地下街の方かしら。」

「そ、そうなんです。」

 ゲンゲさんの問いに、内心どきどきしながら私は答えた。

「アタシ行ったこと無いのよね、地下。ダブルから止められるから。まあ、第三地区自体、あんまり行かないけど。ダブルがこっちに来ることの方が多いわ。」

「ダブルさんがここに……。」

「あんまり似合わないでしょ。」

 私が思わず呟いたのを聞いたゲンゲさんが可笑しそうに言った。

「遊びに来るわけじゃないわ。防護服を新調する時と、この辺りが危険な時よ。」

「危険な時?」

「怪獣が光線とか使うタイプだと、流れ弾がこっちに来るのよ。そういう時は知らせてくれたり、防衛軍を置いてくれるの。あとは、怪獣が地区の外まで侵食してきそうな時ね。そうなると、生き物を避難させるのを手伝ってくれるわ。」

「ギョク全体の防衛軍なんですね。」

「まあ、人間が思い描く正義のヒーローを集めて出来たような存在よね。あのノリはちょっとアタシ苦手だけど。」

 段々と背の高い木が減って来て、足元の草も減って来た。

「あ!え?あんなにクロワタまみれ!?」

「ボウズちゃん違うわよ!元々黒い山なの。」

 ゲンゲさんの言う通り、目の前にそびえる山の表面は真っ黒だった。しかし、全てがクロワタというわけではなく、黒い石がごろごろしているばかりで草木が全く生えていない山なのだ。所々、白い煙が立ち上っている。

「あそこ、有害なガスが出てるの。スーツを着ていれば大丈夫だけどね。」

 ひええ。やっぱり人が踏み入っちゃいけないエリアだ。

「湖がシロイトの源なら、ここはクロワタの吹き溜まり。で、地表にクロワタが増えて来る頃に、山が噴火するの。そうすると、マグマはシロイトを沢山含んでいるから、クロワタがきれいさっぱりなくなるってわけ。」

「ところが最近は、クロワタが増えてきているのになかなか噴火しないのだね。」

「そうそう。あそこで観測してるんだけど、どうもマグマの量が減ってるみたいなのよ。」

 ゲンゲさんが指さす先には、かまくらみたいな形をした建物。よく見ると、六角形のパーツを沢山組み合わせて出来ている。

「あれもダブルたちが作ったの。だから、頑丈さは間違いないわ。もしシロイトを紡いでくれるんだったら、あの中で―」

「俺、外でスケッチしたいな……。」

「話聞いてた?!」

 ゲンゲさんが怒っている。

「あー……じゃあ私が見張りに付くよ。」

 バリスタさんが手を挙げた。

「いざとなったら、車を描いて晃平君をここに連れて来よう。」

「はぁ、分かったわ。何かあればスーツの通信機で知らせるから。タビちゃん達は出かけないでよね?」

「はい、私は怖いのでここにいます。」

「では、出来たシロイトはここに。」

 バリスタさんがトラックを描いた。荷台が持ち上がって、上に乗せたごみとかをどさーっと落とせるタイプだ。ちゃんと運転手もいる。

「クロワタの近くまで運んだ方がいいと思うからね。でも、歩くのはさすがに疲れたろう?」

「ありがとう。正直、結構疲れてた。」

 先輩とバリスタさんを見送って、私は観測所に戻った。中はジャスティスタワーの作戦室をぎゅっと小さくした感じ。火山の様子の他、山に近い第三地区の一部をモニターしている。非常食や毛布なども置いてあった。

「じゃあ、アタシは山を見張ってるから。シロイトよろしくね。」

「分かりました。」

「えっと、久々の操作ね……。」

「タビも手伝うー!」

「タビ、邪魔しないようにねー。」

 私はそう伝えて、先ほどの遺跡の事を考えた。次の小説はあれを題材にしよう。現代よりはるかに優れた技術を持っていながら、滅んで緑に覆われ、誰からも忘れられている。元第三地区だというから、もしかしたらロボットもいたのかな。うん、すごく想像が広がる。想像が膨らむと楽しくなって、シロイトも生まれて来る。いいペースだ。抱えられるほどになったら、外のトラックへ入れ、シェルターに戻る。

「ふぅう。」

「希美ちゃん、ペース早いんじゃない?休んだら?」

 三回ほどそれを繰り返したところで、ゲンゲさんが声をかけて来た。

「あの遺跡ってどんな人が暮らしてたのかなって考えたら、ちょっと楽しくなっちゃって。」

「ああ。二千年くらい前は結構賑やかだったのよね。」

「えっ。まさかゲンゲさん見てたんですか。」

「誕生から滅びまで全部見たわ。」

 えええええ!?ゲンゲさんって一体いくつなのー!?

「あなたねえ。何でもヒト基準で考えるんじゃないわよ。森から見れば千とか二千なんて大した数字じゃないわよ。」

「す、すみません……。」

「中の生き物は、確かに数年で死んじゃったり一年も生きられないものもいるけどね。でも、子孫を残したり、あるいは死体すらも何者かの命をつなぐ糧になる。繋がりが絶たれない限り、森は永遠の命ともいえるのよ。」

 永遠。中では生死が繰り返されてるけど、森全体としては続いているもんね。

「けど、クロワタが来たらおしまいよ。根こそぎ絶たれてしまうから。」

「クビナシになった木は、次の世代を生まないんですもんね。」

「そうね。死体が歩いているようなものだから。……クビナシになった生き物って、その後どうなるか知ってる?」

「?」

「今度こそ死ぬの。真っ黒な石になって、砕け散る。クビナシがシロイトをむさぼるのは、そうなりたいくないから。先延ばしにしてるのよ、死ぬのを。」

 クビナシになった生き物は、悪意があってクロワタをまき散らすわけではない、という事だろう。ただ苦しみから逃れたくてシロイトを取り込んでいるだけ。そう思うと、少し可哀そうになってくる。

「……ごめんなさいね、暗くなったわ。」

「いえ。聞かせてもらえてよかっ―」

  どどどどどどどどっ!

「ええ何々!?」

 轟音と共に、シェルターが大きく揺れ、モニターからブザー音が鳴る。三十秒ほどすると、揺れが止まった。

「今の地震は火山のせいね。」

 ゲンゲさんが言った。

「シロイトを作ってもらえたから、ちょっとずつ山が元気になってるわ。」

「じゃあ、もうこーへー呼び戻す?」

「その方がいいかもね。あれだけ揺れたら、二人も帰ってくるとは思うけど。」

「私、これだけトラックに積んできます。」

 遺跡のお話を聞けたおかげで、シロイトがまた一束出来ていた。早足で外に出たが、トラックがどこにもいない。おかしいな、最後に積んでから時間は結構経つし、エンジン音がしてたから戻ってきてるはずなのに。

「あっ、あった!」

 車は観測所から100メートルほど離れた場所に停まっていた。エンストでもしたのかな、と思いつつ近づくと、車がガクン、と傾いた。左の前輪がぺしゃんこになっている。

「え?パンクかな?」

 だが、タイヤはパンクどころか、跡形もなく崩れていた。あちこちからピシピシというガラスが割れるような音がして、荷台、ドア、タイヤにクモの巣状にひびが入っていく。明らかにおかしいのに、中に居る運転手は動かない。

「ちょっと、もしもし!」

 ドアを開けた途端、運転手がこちらに向かって倒れてきた。避ける間もなく私はぶつかる。

  パーン!

 運転手、そしてトラックは私の目の前で粉々に砕け散った。後に残ったのは、黒いガラスのような細かい破片だけ。おそるおそる触ってみると、心が冷え切っていくような嫌な感じがした。

「な、に、これ……。」

「希美―!」

 タビが大声で呼びに来た。

「早く戻って!また地震が来る!」

「た、タビ。今、トラックが」

 私が今起きたことを話そうとした時、車のエンジン音がした。バギーに乗った先輩とバリスタさんが戻ってくるところだった。

「なんか、地震があったよな。」

「そう!火山が元気になってきたの。ゲンゲさんが、観測所に避難しろって!」

「成程。でも、これならコウメイさんとの約束は果たせそうだね。」

 バリスタさんがそう言った時、再び地面が揺れた。さっきのより大きい!

「うわ!朝倉さん、早く入ろう!」

「ま、待って立てない!」

 私はドアを支えにしながら何とか立ち、ドアを開ける。ところが、観測所の中はけたたましいブザー音が鳴り響き、画面は真っ赤に点滅していた。

「げ、ゲンゲさん?」

 転がり込むように中に入った先輩が戸惑った声を上げる。「どうしたんすか?これ、地震の警報?」

「違う、わ。」

 ゲンゲさんが呟いた。画面に釘付けになったその顔が引きつっている。私はつられるように画面を見た。そこには

「え?」

 半壊した町。しかし、そこには怪獣はいなかった。映っていたのは、銃撃戦をする戦闘機たち。巨大な剣を振り回し、町を壊すロボットとそれを阻止するロボット。

「な、なんで!」

 タビが叫んだ。「なんで防衛軍が町を壊してるの!」

 画面には『警告』の文字と一緒に、短い文章が映し出された。

『防衛軍壊滅 至急避難せよ』

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