第23話 制限時間付いーとーまきまき
元の広葉樹林エリアに戻ってきたようだが、被害はこちらの方がひどい印象だ。沼のように足が沈み込むし、クロワタが埃みたいに辺りを漂っているのが目に見える。地面だけじゃなくて、空間全体にもシロイトをばらまかないと浄化しきれない。
「こーへー、沢山作っといて良かったねー。」
「出来ちゃったって感じだけど……。」
まだ赤い顔をしている先輩がぼそぼそという。
「見えた。あそこだ。」
バリスタさんの指さす先には、おそらく川があったであろう大きな溝。そして、そこにある無数の倒木。その中のひときわ大きな一本の木の枝がおかしな方に伸びていて、それに絡み取られる形で他の木々も一緒に倒れてしまったようだ。でも、こんなに折り重なるように倒れて、しかも水の流れるすき間もないほど川をぴたりとせき止めるなんて。
「倒れている木がクビナシだからというのもあるだろうね。川の水が浄化に使われて、どんどん量が減ったのだろう。」
「でも、浄化したら木って消えるんじゃあ……。」
「浄化しきれないほど多い、という事か。もっと近づかないと。」
私達は倒木に近づいた。木の幹はやはりドロドロで、さらにその上からクロワタが苔の様にびっしり付いていた。
「げっ!なんか徐々に増えてないかこれ?」
「倒木の中にクビナシがいるのだろう。それに触れた木がクビナシになって、それがどんどん連鎖しているのかもしれない。」
「は、早く浄化しないと―ん?」
私は倒れている木々の間に、一段とクロワタが集まっているのを見つけた。ソフトボールぐらいの大きさで、こんもりとした山型になっている。一瞬、それが動いて、小さな白い手が見えた。
「ゲンゲさん!」
「希美待って!直に触っちゃ駄目だ!」
木々の間に手を突っ込もうとした私を、バリスタさんが止める。
「これほどのクロワタだ。触っただけでも呑まれかねない。」
「でも、あそこ!あの塊から、ゲンゲさんの手が!」
私はシロイトで手を覆い、もう一度黒い塊に触ろうとした。ところが、すき間が狭くて手が届かない。しかも、もたついているうちにシロイトは浄化で消費されてしまった。
「希美、晃平君。こっちでシロイトを紡いでくれないか。わたしがそれを使って重機を出し、倒木をどける。塊が出てきたらすぐにここから離すんだ!」
「分かった!」「うす!」
私達は少し木から離れ、シロイトを出す。バリスタさんがそれをスプーンで一度吸収し、ショベルカーを描いて出した。先がハサミのようになっている。これで倒木を掴んでは捨ててを繰り返す。だが、木に触れたそばからハサミの部分にヒビが入るので、間髪入れずにバリスタさんが修理しないといけない。
「ゲンゲさーん!起きて!」
木が撤去される間、タビが名前を呼びかけ続けた。
「声をかけてた方が、クビナシになりにくいの!希美の時も声聞こえたでしょ?」
確かに、遠くで聞こえてた!
「ゲンゲさん!起きてください!」
「最後の木を取り除くよ!シロイトを沢山用意してくれたまえ!」
ゆっくり木が持ち上げられ、ゲンゲさんがいるであろうクロワタの塊があらわになる。私と先輩は手をシロイトでぐるぐる巻きにしてから塊を掴み、木から出来るだけ遠ざける。
「ありったけ上に載せよう!」
先輩が作りためたシロイトをどさりと載せる。が、すぐに消えた。塊が小さくなったが、ゲンゲさんの姿は見えない。まさか、もうクビナシに……。
「だめだめっ!希美、もっと紡いで!」
「わ、分かってる!」
この状況下でさっきみたいに好きな事や楽しい事を思い浮かべるのは至難の業だ。気持ちばかり焦って、また少ししか紡げない。
「なんか最近嬉しかったこととかないのー?!」
「ええ!そんなの思いつかないよー!」
「朝倉さんの小説、面白かったよ!!」
「先輩!心にもない事言わないで下さい!」
「いや、マジだから!俺、コラボに当たって、去年の文芸部の部誌読んだから!」
「え!?そうなんですか!?」
まさかこんな近くに読者がいたとは!そしてそれをここで知るとは!出来ればもう少し落ち着いた状況で知りたかったなー!
「面白いなって思ったよ。メカと魔法使いが共存してるし。」
「あ、ありがとうございます!」
「好きなの?メカとか」
「え?えああ、まあ……。」
「そういえば、第三地区に初めて入った時もすごく興奮していたね。」
「~~っ、はい!正直興奮してました!」
なんか自分の性癖を暴露されてるようで、私は恥ずかしさも相まってやけっぱち気味に答えた。小さい頃、父の影響か車や大きなメカが好きになり、巨大ロボットが出てくるアニメや特撮映画だった。その一方で、勿論女の子が変身するアニメとか、魔法使いが出て来るお話も大好きだったので、日曜の朝はその2ジャンルのアニメをぶっ通しで見ていた。円谷英二の伝記を読んで特撮やりたい!と思ったこともある。もっとも、ミニチュア作りに挑戦してみて自分が恐ろしく不器用だと分かったので、その道は諦めた。おそらくこれで私の趣味嗜好が確立したから、小説もロボットと魔術が共存するものばかりになったのだろうと思った。近未来でロボットが人と生きる世界に、人智を超えた竜や魔法使いが居たり、魔法が使えるのが当たり前の世界で起こる事件に、ロボットと人が挑んだり。
「第三地区で怪獣見た時は、自分がテレビで見てた世界が現実にあったので、不謹慎ながら興奮してました。」
「良いのではないかな。まさにそういう気持ちが、あの町を作る素なのだからね。」
「ねーねー皆!今はのんびり話してる場合じゃないと思うー!」
タビの声に、我に返った。でも、好きな話をしたおかげでシロイトは一気に紡ぐことが出来た。それを黒い塊に載せる。シロイトが一回り小さくなって、
「ぷはあ!」
小さな声が聞こえた。シロイトに埋もれたゲンゲさんが肩で息をしていた。
「し、死ぬかと思ったわ……。」
「ゲンゲさん!大丈夫でした?」
「あら、あなたは確か、タビちゃんの。あ、ボウズちゃんもいる。」
千草先輩、ここでもボウズって呼ばれてる……。
「コテツ、じゃない局長から言われて第二地区を見に来たんです。そしたら―」
「わっ!そうよこの倒木!これのせいで森がめちゃくちゃなのよ!」
ゲンゲさんは怒った声でそこまで喋ってから、はたと気付いたように言う。
「もしかしてアタシ、もうちょっとでクビナシになるところだった?」
「そうっすね。朝倉さんがクロワタの塊から、ゲンゲさんの手が出てるのを見つけて」
「おえっ。それ以上はいいわ。想像しそうだから。」
ゲンゲさんが口を押さえながらもう一方の手をブンブン振った。
「それを今、希美が浄化したところです。」
「そうなの。でも希美ちゃん、私圧死するとこだったわよ。」
「す、すみません……。」
あれ、今私、名前で呼ばれた?
「でも、これだけあるなら、あの倒木もなんとかなるかしら。」
そうか、倒木を浄化できれば、川の流れが復活する!
「早速やろ!」
「わたしがやるよ。」
バリスタさんが言った。
「ずっと水がせき止められていたなら、浄化した瞬間水が一気に流れて来るはずだ。皆は念のため、少し高い所にいてくれないか。」
「んじゃ、そこでもう少しシロイト紡ぎますよ。大いに越した事無いし。」
バリスタさんが重機でシロイトを掴み、木に落す。私と先輩は、少し離れた所でシロイトを紡ぐ。数回繰り返したところで、突然バリスタさんが重機を消して私達の方へ走ってきた。
「水が!」
ごごごっという轟音と共に、倒木が一気に押し流され、水がバリスタさんがさっきまでいた岸にまで溢れ出る。濁流に呑まれた倒木はすぐに浄化され消えていった。
「ほらほら!手を休めない!」ゲンゲさんが私達の背中を叩く。「もっとシロイト!」
私達はシロイトを紡ぎ、激流の中へ放り込んだ。水の量が増し、色が徐々に茶色から透明に変わる。
「うん。今はこの程度でいいわ。」
「つ、疲れた……。」
私と先輩はへたり込む。散々泣いた後で疲れていた所にシロイトの追加注文で、へろへろだ。
「倒木が消えたから、多分下流は大丈夫。でも、湖からの水が濁ってたわね……。このままだとまたすぐ状況が逆戻りだわ。」
「あ、あのゲンゲさん。」
一人でぶつぶつ呟いているゲンゲさんに、私は声をかける。
「ありがとね、あなた達。今日はもう大変だったでしょ。あとはやるから帰っていいわよ。」
「だ、ダメなんです。私達、火山にいかないと。」
「火山?」
「はい。コウ―第三地区のロボットさんと約束があって。」
コウメイさんの名前は伏せて、私は発電所の話をした。
「はーん。赫吹山の事ね。案内……うーん。」
ゲンゲさんがちょっと考え込んでいる。
「ゲンゲさん?もしかして、行くのはまずいすか?」
「いや、案内するのはいいのよ。むしろ、シロイトは欲しいし。ただ、ちょっと紡を連れてくのが久々だから、不安もあるのよね。」
だが、ゲンゲさんは意を決したように私達を見た。
「よし、今から案内するわ。ただし、くれぐれも勝手に動かないで!いいこと?準備もいるから、しっかりアタシのいう事聞きなさいよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます