第21話 絵を描くときは殴り合い
「ひどいな。」
一時間ほど歩いたところで先輩が周囲を見回しながら言った。
「あの辺の木、クビナシになってる。シロイトを紡いだとしても、もう戻らない。」
「戻らない?」
「木の形こそ保ってるけど、幹の辺とか、溶けたろうそくみたいだろ?」
目を凝らしてよく見ると、確かに幹の表面がただれたようになっている。
「シロイトを出せば相殺は出来ると思う。でも、多分木ごと消滅だ。元々の木はほとんど残ってなくて、クロワタがその形に固まってるだけ。」
「全部クビナシになったらどうしよ……。」
タビが弱気な声を出す。クロワタのせいだろうか、考えれば考えるほど暗く重い空気になる。私は自分を鼓舞するように、わざと大きい声を出した。
「先輩、そろそろ交代の時間ですよ。」
「あ、もうそんなに経った?」
「希美、もう少し行くと森が開けるんだ。そこで少し休まないか?」
バリスタさんが言った。私も賛成。体の疲れもあるけど、気分がリセットできそう。
「よし。じゃあそこまでは俺が道を作るよ。もう一息。」
気持ちを切り替えた先輩と共に進み、休憩ポイントに到着。魔力となるシロイト節約のため、鞄を机代わりにして私達は地面に座った。勿論、浄化したうえでさらにシロイトを敷いてだ。
「カップやポットが実物で良かったのだよ。あ、タビさんはかつお節湯をどうぞ。」
「わーい!」
「こちらは希美と晃平君の分だ。」
「ありがとバリスタさん。」
「ありがとうございます。」
疲れた体に、コーヒーがしみわたる。一時間歩いただけなのに結構疲れてる。多分、クロワタのせいだけじゃなくて、森の中を歩きなれていないのも一因だ。もっと足腰鍛えておくんだった。
「あれ?こーへー何か描いてるー。」
タビが言う。先輩の手には、小さなスケッチブックと鉛筆があった。
「休憩中にクロワタが寄ってくると嫌だから。これだと沢山紡げるし。」
「絵が好きなのだね。」
「先輩、美術部の部長だから。」
「あー、好きではあるけど。最近は全く描いてないよ。」
「え?」
私がびっくりしていると、先輩は手を休めずに続けた。
「昔は、ほのかと一緒に絵を描いてたよ。で、その時からお互いボロクソ言い合って。」
「それ、いいんですか?」
「言われて悔しいから上手くなったとこあるし。上達するうちは、言われてもなにくそーって描けたんだ。」
私の問いに、少し寂しそうに笑いながら先輩が答えた。
「でも、俺は実力が中学で頭打ちになった。ほのかはまだまだ上達した。勝てないな、と思った時に絵を描くのが嫌になって。それで、絵は一切やめた。」
「えっ、じゃあ部活は?」
「一時期帰宅部だったよ。でも、ほのかがすぐ連れ戻しに来た。俺もガキだったからさ、『お前がいると絵を描くのが楽しくない。嫉妬してイライラする。』って突き放したんだけど。」
本人に言うんだそれ?
「ひどいなって自分でも思う。ただほのかには『彫刻でも映像作品でもやればいいだろ!そもそも私はこー兄みたいにロボットも風景も描かない!ジャンル違うし!嫉妬される筋合い無いし!』って言い返された。」
「タビ知ってる。これ倍返しっていうんだ。」
「どっちも絵には違いないのに……。」
「ほのか的には違うみたいで。『野球選手がカバディ選手に嫉妬するか!』とか言われたよ。」
そんなに違うって言う認識なんだ。いくらなんでも離れすぎでは。
「なんかそのあともわーって言われて、結局最後は先生に俺を退部させないようにするって強硬手段を取った。」
「わはー似たもの同士だ。ほのかちゃんも先生の職権乱用してるー。」
実に的を射たタビの一言。その横で、バリスタさんがぽつりとつぶやいた。
「……ほのかさんは晃平君がいないと寂しいのかもしれないね。」
「へ?……いやいや、ないっすよバリスタさん!」
「そうかな?希美にも率直な意見を求めるような人だし、自分の作品を歯に衣着せぬものいいで評価する存在が居て欲しいのだと思うよ。」
バリスタさんの言葉に、ないない!を連呼する先輩。耳の先まで真っ赤になっている。その横で、シロイトがずんずん積み上がっている。心が相当動いている。
「とにかく、結局ほのかのしつこさに負けて、部には戻って。それに、あいつのいう事も一理ある、絵だけが美術じゃないしなって、色々やってみることにして。最終的に立体作品に落ち着いて。」
「……今も、嫉妬とかするんですか。」
聞くのはよくないと思いつつ、私はおずおずと尋ねた。
「ないことはないな。前みたいに、頭がいっぱいになるほどじゃないけど。矛盾するようだけど、俺はあいつの才能が妬ましいとは思いつつ、絵はすごい好きなんだ。」
先輩は口元に笑みを浮かべていた。それも、楽しそうな笑顔だ。自嘲ではない事は、先輩の周りからシロイトが出ていることからもよく分かる。
「俺に限らず、他の誰にも出来ない色使い、題材選び、構図。唯一無二って言う言葉がしっくりくる。そんな絵を、誰でも一回は使ったことあるクレヨンでやる。素直にすごいと思う。見ているだけで楽しい絵だし。」
「それ、すっごい分かります。」
私は思わず言った。
「でもさ、嫉妬してると良い絵を良いと素直に思えない。自分でもそれが嫌だったし、まずいと思った。だから、『自惚れるな。』って自分に言い聞かせた。」
「自惚れる?」
「ギターを練習してる人がプロのギタリスト見て嫉妬したりしないだろ?俺も、ほのかをプロの絵師と思う事にした。自分はほのかと違う。素人だからプロに敵いっこない。だから、せめて昨日より上手くなれよって。」
「戦う相手は、昨日の自分!」
「タビさん良い事言う。」
先輩が言うと、タビはドヤ顔でしっぽをピンと立てた。昨日の自分より上手く、か。そう考える事が出来ていたら、もしかしたら中学の友達とも喧嘩せずに済んだかもしれないな……。
「希美!」
「え?」
バリスタさんが私の腕を引っ張って引き寄せた。直後、軋むような音がして木が傾き、
地響きとともに倒れた。地面からクロワタがぶわっと舞い上がる。
「ね、根元から折れた!」
タビが素っ頓狂な声を上げた。全員避ける事は出来たけど、テーブル代わりだったバリスタさんの鞄がぺしゃんこになってしまった。
「ごめんバリスタさん。ありがとう。」
「怪我がなくて何よりだ。」
バリスタさんがそう言いながらむせた。クロワタを吸ってしまったのかもしれない。
「……残念だが、ここを離れた方が良さそうなのだよ。」
バリスタさんが倒れた木を見ながら言った。外見は普通なのに、中は繰りぬかれたように空っぽだ。この木もクビナシなのだろうか。先輩がシロイトを木の上にばらまくと、木は消えてしまった。
「次の休憩は、熱帯雨林まで取れないかもしれない。」
「大丈夫。コーヒーでリフレッシュできたし。」
「俺も。さっき木に使っても、まだ余ってるよ。」
先輩がシロイトの束を抱えて言う。
「急がなくっちゃな。こういう状態がギョク全体に広がったら終わりだ。コテツの話だと、ギョクがクロワタまみれになったら、カクにも災いが降りかかるって。」
「カクも?」
「地震とか火事とか、そーいうのじゃないけどね。」タビが補足した。
「でも、ギョクがボロボロになる時、大体カクでは戦争とかが起きるの。あと犯罪とか自殺が増えるって局長言ってた。」
「災いには違いないね。―希美、行こう。」
「うん。次はどっち?」
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