第20話 緊急出動!
「やあ、おかえり!」
事務局に戻ると、局長がいつも通りの表情で私達を出迎えた。顔を見るや否やジャンプして、先輩の脳天に一撃くらわせた以外は、いつも通りだ。いつも通りじゃない事が他にあるとすれば―
「よっ旦那!ちょっとニュースがあって……と言いたいが、なんか騒がしいな?」
事務局にいる猫たちはみな走り回っている。明らかに切羽詰まった状況なのが分かった。
「そうねぇ、本当なら拳骨と説教のセットなんだけど、それどころじゃあない。ダブル、すぐに第三地区へ戻るんだ。」
「ん?緊急連絡はもらってねえが……。」
「第四地区の全域にクビナシが現れ、町そのものが変質してきている。地区長は音信不通。次に影響が出るとすれば、距離の近い君の地区だ。」
ダブルさんの表情は見えないが、動きが固まった。動揺しているのだろう。
「……すまねえ二人とも!案内は一旦待ってくれ!」
「えっ、でも」
「そうだ局長!俺の代わりに、二人を第二地区の火山へ!頼む!」
言うが早いか観測所を飛び出していくダブルさん。
「……希美さん。ダブルとどのような約束をしたのか分からないが、丁度いい。私も第二地区へ行って欲しいと思っていたんだ。」
「コテツ、何かあったの?」
「結論から言うと、ゲンゲさんの消息が途絶えた。」
「ゲンゲさんが!?」
私と先輩は声をそろえて聞き返した。局長は観測局にあるモニターを指さした。
「今の第二地区を上空から見たものだよ。」
そこには、半島にある森の三分の一が灰色に変色した映像が映っていた。息を呑む私達に、局長が続ける。
「いつもならすぐにここまで被害は広がらない。しかし、元々湖が蓄えていたシロイトの量が減っていたところに、その水が森に行き渡らなくなった。」
「確か、希美と迷子探しに行った時もゲンゲさん水が少ないって……。」
タビがはっとした顔になる。
「待って局長!この木の色、枯れてるんじゃなくて」
「そう。木がクロワタに侵され、クビナシ化している可能性が高い。」
えっ?クビナシって、カクの人がクロワタまみれになることじゃないの?
「クビナシはギョクの生き物なら何でもなり得るのだよ。カクの人と違うのは、簡単に言うと、ゾンビのようになるという事かな。」
「ゾンビー!?」
バリスタさんの説明に、私とタビは悲鳴を上げてしまった。タビも知らなかったんだ。
「だ、だって見た事ないもん。こんなにシロイトが足りないーってなった事も無いし。」
「クビナシが出現するとなると、かなり世界的なシロイト不足ですからね。」
バリスタさんが頷いた。
「クビナシになりきってしまうと周囲のシロイトを吸い上げながら周りにクロワタをまき散らしていき、それが次のクビナシを生み……という悪循環になるのだよ。」
「今はまだ川下の一部に留まっているけどネ。そらく、シロイトの源である湖はまだ無事なはず。」
「あそこ、川の水源でもあったよね。そこの水が届いてたら、こんな風にならないんじゃない?」
「おお、タビもそう思うよね。ワシも、おそらくクビナシ化した木によって川のどこかがせき止められているのではないかと思う。そして、ゲンゲさんがその原因を探っている最中に何かあったのではないかと。」
「タビ、行こう。」
考える前に口に出ていた。どのみち、火山を動かすためにシロイトを作る気でいたのだ。提供先が増えただけと思えばいい。
「場所は、以前希美と迷子探しをした森だね。」
「バリスタさん、体調は―」
「だいぶ良くなったのだよ。あのスーツで少々酸欠になったのかもしれないね。」
そう言って笑うバリスタさんの顔はまだ青い。
「バリスタさん、森はクロワタまみれっす。バリスタさんにとっては猛毒の中に突っ込むようなもんですよ。行くのは―」
「……晃平君、大変言いづらいのだが。何度か仕事を一緒にして思ったことがある。」
バリスタさんがやや顔を伏せて言う。
「君、方向音痴ではないかい?車のナビなしに、目的地までたどり着けるかね?おそらく、森は徒歩で進むことになるよ。」
「……。」
「無理だろネー。」
局長が代わりに答えた。「地図を渡しても、三歩歩けば自分の現在地を見失う男だから。」
いやいやニワトリじゃあるまいし!先輩!言い返せないの!?
「希美さんはギョクに来てまだ日が浅い。タビも、まだ少し不安が残る。バリスタさん、申し訳ないが、よろしく頼むよ。」
「始めからそのつもりですよ。」
バリスタさんは笑顔で頷いた。体調が心配だけど、いてくれるのは心強い。
「でも、バリスタさん。車は観測所から出してもらおうよ。体力は温存するに越した事はないから。」
「ん。一理あるね。局長、よろしいですか。」
「ほいほい。これが車の鍵と、森の地図ね。―頼んだよ、みんな。」
「車は、ここまでのようだね。」
森の中腹まで来たところで私達は車を降りた。以前来た時とはまるで景色が違った。木の幹も葉も全て灰色になっていて、まるで枯れたように見える。地面も見るからに表面がクロワタに覆われていて、森全体から色が消えたようだった。
「じゃあ、これをここに置いて……。」
私は車に積んだ大量のシロイトを降ろした。ここに来るまでに先輩と一緒に作っておいたのだ。
「すごいね朝倉さん。まだ紡になって数日でしょ。慣れてるなあ。」
「以前、ここの湖の景色見て感動して。それを思い出したら、結構できました。」
早速辺りにばらまくと、すぐに木に絡みついて浄化を始めた。
「すぐ消費されちゃいますね。少量ずつ使えたら、って思ってたけど……。」
「道すがらシロイト作って、浄化しながら進んだ方が良さそうだな。」
「バリスタさん、具合大丈夫?」
「大丈夫だ。足手まといにはならないとも。」
バリスタさんは笑って、コーヒーで作ったドローンを操作している。足元にはモニター。
「クナさんに教わったのだよ。先にこれで周囲の様子を見よう。足場が悪くて進めない所もあるだろうし、川のどこがせき止められているかも分かる。」
「そうか。ここの川、支流が多いもんな。」
先輩が頷いた。湖方面とは分かってるけど、あても無しに歩くのはきついよね。
「あった。待ってくれ、地図に書き込む。」
地図を広げると、バリスタさんがマークをかき込んだ。
「ここが目的地。普段ならここからまっすぐ登るのが近道だが、途中に大きな地割れがあって進めそうにないのだよ。」
「地割れ?地震なんてあった?」
タビが言うが、バリスタさんも顔をしかめて首をひねる。
「原因は分からない。しかし、クロワタが関係しているとは思う。その辺りだけ、地面の色が明らかに違ったからね。」
「バリスタさんの魔術で橋をかけるとかは―」
「それは止めた方が良い。私の魔術とてシロイトがエネルギー源だ。それが不足しているこの場所では、安全な作れるかどうか怪しい。」
頭の中で『ロンドン橋落ちた』が流れた。縁起悪すぎる。
「見た目上、熱帯雨林から回り込むルートが安全だと思う。ドローンで見る限り、クロワタの侵食が比較的浅い。足元もあまり荒れていないようだ。」
「じゃあ、ルートはそれで決定すね。まず俺が先頭でシロイトを紡いで道を作って、その後ろから地図を持ったバリスタさんに来てもらって。」
「タビは希美と一緒ね。」
「分かった。でも先輩、途中で先頭交代しましょうよ。一人でずっと紡いでたら、多分疲れちゃいますよ。」
「ありがとう。じゃあ、一時間ごとに交代って事で。」
私達は一列に並び、熱帯雨林を目指した。地図を持ったバリスタさんの指示する方向へ、先輩がシロイトを出しては放り投げる。クロワタが消えて綺麗になった地面の上を、私達が進む。この作業を繰り返しながら、私達は森の奥へずんずん進んだ。
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